ぼくと向日葵

一夜目 尋

ぼくと君

ぼくはひまわりが怖かった。


ひまわりの花の黒い中心部は黒く塗りつぶされた顔に不気味で、静かにこちらを向いて生えているさまは、話の通じない、理解が及ばない恐怖を湧き立たせる。

ぼくはそんなひまわりがお化けよりも何よりも恐ろしかった。

だから小学三年生の夏休み、おばあちゃんちになすびを届けるおつかでひまわり畑の前を通ったぼくは、どうしようもない恐怖に襲われて何もできなくなっていた。

ひまわりを見ないようにして歩み出したはいいものの、歩くたびにひまわりの視線を浴びている感覚が増して歩みは遅くなって、ついには立ち止まってしまったのだ。

そんなとき、小さな君はぼくを心配してひまわり畑から声をかけてくれた。

それが君との出会いだった。

恐怖に体を支配されていたぼくはおびえて固まっていたけれど君は根気強く質問を投げかけ続けてくれて、どうにか質問に答えていくうちにぼくの体はほぐれていった。

それでもひまわりへの恐怖で顔を上げられずにいたぼくに君はこう話してくれた。


「向日葵はね、お日様を見てるんだよ。私たちを照らして支えてくれる太陽が大好きでたまらなくて見つめているんだ」


君はわかりやすいよにかみ砕いてぼくに優しく話してくれていた。だけど、ぼくより小さい君に諭されているような気になったぼくは認められなくて反論した。


「でも、ひまわりはお日様を見上げているんじゃなくて、こっちを向いているよ」


自分でも生意気に思う反抗だった。それでも君は表情一つ変えることなくすぐに答えてくれた。


「それはね、きみとは見えているものが違うからなんだよ。お友達の好きな食べ物ときみの好きな食べ物が違うように、向日葵ときみの感じ方はそれぞれなんだ。だから向日葵は空にあるお日様だけじゃなくて、きみの中のお日様もみているんだよ」


先生に言われたらはぐらかされているように感じる説明だったけれど、君が発した言葉には温かみと説得力があって、ぼくは視界が開けた気がした。

まだひまわりの見た目は好きになれなかったけれど、ひまわりの気持ちがわかったような気がして、ひまわりがぐっと身近な存在になってくれた。


それからなすびに気づいた君に送り出されて、ぼくは君と別れた。

ぼくを迎えたおばあちゃんはおつかいをほめてくれて、おいしいごはんを食べさせてくれた。いつの間にかお父さんもお母さんもおばあちゃんちにきてみんなで夜ご飯を食べた。その日はそのまま家族と家に帰って、すぐに寝てしまった。とても楽しい夜だったけども、ぼくより小さくてぼくより大人びている君が頭から離れなかった。

だからぼくはいつもより早く起きて、あれほど怖かったひまわり畑に向かった。君は昨日と同じくひまわり畑にいて、たくさん話をした。

それからぼく達は夏休み中いつもここで話すようになった。


「君はどうしてここにいるの?」「うーん、ここにいるのがお仕事だから、かな」「じゃあ君はここを守っているんだね」「ふふ、そうだね。そうともいえる」

君のことを知ることが楽しかった。


「どうやら私はきみの背を抜いてしまったみたいだね」「・・・ちょっと悔しい」

「大丈夫だよ。きみはまだまだ大きくなるよ」「君もなるじゃん」

君になら背を抜かれてもよかったけど、構ってほしくてふてくされたこともあった。


君と過ごす時間はしあわせに満ちてた。

かけがえのないものだった。

大切なものだった。


なのにぼくはのんきで、その時間が失われるとはちっとも思っていなかったんだ。


夏休みも終盤となり、宿題に追われていた日のことだった。

前の日に遅くまで宿題をやっていたせいで、その日は早く起きれなかった。

だから、ぼくが眠っている間にすべてが終わってしまった。

いつものように起きたぼくがひまわり畑を訪れたとき、そこには君が倒れていた。

道に面したひまわりが倒れていて、ひづめに踏まれたあとがくっきりと残っていた。

後で聞いた話によると、朝方に鹿たちがが出没して各地の畑を食い荒らしていたのだという。そして鹿たちは君の畑まできて、ひまわりの葉を食べようよしていたのだという。きっと賢い君は、いち早くそれに気づいたんだろう。周りの農家の人がやってきたときには、君はひまわり畑の壁になっていて、農家の人が鹿を追い払おうとしたときに、鹿が転んで下敷きになってしまったんだという。

ぼくは君に駆け寄った。


君は無残にも鹿に葉っぱを食い荒らされ、茎も割れて、花が散ってしまっていた。

の君は、とても弱っていた。

君はぼくに気づくと、つぶやくように話した。

「来てくれたんだね。ごめんね。私ときみの命の長さは違う。だから別れがすぐに訪れてしまうことをもっと早く伝えなくてはいけなかった。こんなにはやく別れが来るとは思っていなかった。覚悟もないままこんな場面をみせて悪かった」

ぼくは涙があふれるばかりで、声が出なかった。

「大丈夫、きみは長く生きて、きっ、といい。出会いが、ある。じゃあ、ね」

そう小さくいった君はもう二度と話すことがなかった。

片づけをしていたひまわり畑の持ち主がこちらに気づいて声をかけてくれた。

「ああ、坊主はそのひまわりを気に入ってたんだもんな。悲しいよな。どうだ、別のひまわりはいらないか」

優しさで放たれたその言葉は、ぼくには君とほかのひまわりが掃いて捨てても困らない命であるように聞こえ、気づけば走り出していた。

それからのことは覚えていない。

ふと意識を浮上させれば、宿題は全部終わっていて、ぼくは教室に座っていた。

心ここにあらずで、その日は流れすぐに放課後になった。

ぼくは重い足取りで、君がいないとわかっているひまわり畑に向かった。

ひまわり畑のひまわりは肥料と一緒くたにされて耕され、ひまわり畑はまっさらな畑になっていた。しばらく胸に穴が開いたような気持ちでながめていた。


君の証がなくなってしまっていた。

だが、ぼくは君がいたところに一つ、ひまわりの種が落ちていることに気づいた。


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