合同結婚式の一幕 3
迎えに来てくれたアイオルドと共にその足でお父様のところへ向かう。
不安もあったけれど、先延ばしにして結婚式に不安を残したくない。
お母様の『会ってあげて』という言葉も後押しになった。
先触れを出していたためかすぐに通される。
謁見に使用される部屋ではなく執務室に呼ばれたのは謁見室の窓から飛び降りたことを思い出すからかしら。
執務室に入るとお父様が立ち上がる。
久しぶりに見たお父様は最後に会ったときよりも精彩を欠いた様子だった。
挨拶を済ませると応接用のソファを勧められる。
そっと顔を窺うとやっぱりいつもより顔色が悪く体調が悪いのかと思うほどだった。
沈黙するお父様の視線がちらりとアイオルドに向かう。
席を外してほしいのかと思ったけれどお父様は何も言わなかった。
アイオルドもアクアオーラが側にいてほしいと思っているのを知っているので何も言わない。
膠着状態を続けるのも結婚式の準備で忙しいところ悪いので自分から話を切り出そうかと口を開く。
「アクアオーラ」
「……はい」
アクアオーラが話す前にお父様に名前を呼ばれる。硬い声に急激に緊張が高まってくる。
大丈夫だからと背を撫でるアイオルドの手の感触にゆっくり呼吸を整えお父様と視線を合わせた。
「……すまなかった」
「は……、い?」
いきなり謝られたことが上手く呑み込めない。
「お父様が謝ることなど……、私こそ勝手をいたしましたし」
アクアオーラの勝手を許したという形で結婚式への参加が叶ったのだと思っていたのにお父様からのまさかの謝罪にただ驚く。
「いや、私が悪かったのだ。
お前の意思を無視して押し付けたこと、本当にすまないと思っている」
「……お父様はどうしてあそこまで反対されていたのです?
これまでも私とアイオルドは睦まじく過ごしていましたし婚姻に当たって問題はなかったと思うのですが」
以前言っていた罪悪感が問題なのかしら。
アイオルドを見ていたら罪悪感が根底にあるようには見えないと思うのだけれど。
「一番はお前たちの関係が罪悪感を元に育っているのではないかと思っていたからだ。
今は上手くいっていても、いつか不和を招くのではないかと心配していた」
お父様の視線が私とアイオルドをなぞる。ずっとそんな心配を抱えていたなんて全然気づかなかった。
「他の者であればその心配はないと思ったのも事実だし、どうしてもアイオルドが良いなら嫁ぐのではなく王宮で暮らし目の届くところであれば安心だと考えていた」
考えていたようにアクアオーラが王宮に留まるのであれば婚姻は許されたということ。
それを嫌だと飛び出してしまったのだから心配させたでしょうね。
「お父様、私は……」
「何も言わなくていい。
お前が選んだ道を不安から勝手に否定した私が悪かったのだ。
心配であればそれを余すことなく口にして頼れと言えば良かったというのにな」
信じて送り出すことのできなかった自分の過ちだと語るお父様に黙っていたアイオルドが口を開いた。
「陛下、私の態度がそう思わせてしまったのでしょうか」
「別にそういうわけではない。
ただ、アクアオーラが倒れた件の後すぐに婚約を申し出たそなたにアクアオーラへの愛情があると思う方が無理があるだろう。
罪悪感か、王女を娶れる好機と捉えたのかと思うのが普通だ」
近くでアイオルドを見ているアクアオーラからするとそう思う方が不思議なのだけれど。
「当時まだ10歳かそこらの子供だぞ。
今度は守ってやらなければという負い目を愛情だと勘違いしたのかと思うだろう」
申し訳なさそうな顔でアイオルドがお父様に向かい直る。
「すみません、俺がアクアオーラとの話を拙速に推し進めた
お父様と私の視線がアイオルドに向く。
「俺が婚約の話を早く進めたかったのは他の男に話を持って行かれたくなかったからです。
どうしてもアクアオーラの一番側にいられる存在になりたかった」
アイオルドの琥珀の瞳がこちらを向き、手をそっと握られる。
「初めて会ったとき、噴水を見せてあげると言ったときのアクアオーラのあの笑みに俺は心を奪われたんだ」
罪悪感なんかよりも先に恋に落ちた。
「出会った時に俺が後悔をしたことがあるとしたら君の体調に気づかず無理をさせてしまったこと、それだけだ。
笑顔にさせてあげたかったのに、自分が悪いと泣かせてしまった」
それだけは後悔してると語るアイオルドの手を握り返す。
「私もそれだけは後悔しているわ。
もっと自分の体調に敏感だったら、無理をしないでゆっくり行こうとしていたら一緒に噴水を見られたかもしれない。
そうしたらアイオルドに迷惑をかけないで済んだんじゃないかって」
目を見開いたアイオルドに首を振る。アイオルドは優しいから私のせいじゃないときっと言ってくれる。でもそうじゃないの。
「でもそれは今の私たちの問題にはならないわ。
あの時見られなかった噴水は今日初めて見たけれど、その時の話をしても苦しい気持ちになったりしない。
アイオルドと出会った時のことは私の大切な思い出よ。
思い出すときはいつも引いてくれた手の感触とアイオルドの笑顔が浮かぶの」
思い返す度に幸せな気持ちになる大切な思い出なの。
私が浮かべた笑みを見てアイオルドも微笑みを見せた。
アイオルドの手を離して、だから心配しなくて大丈夫とお父様へ視線を向けると悔いるような寂しそうな、でも安堵しているような複雑な顔をしている。
「そうか、私が余計な心配をしなくてもずっと幸せだったんだな。
……遅くなったが結婚おめでとう。
アイオルド、アクアオーラをよろしく頼む」
頭を下げるお父様にアイオルドも深く頭を下げる。
顔を上げたお父様はすっきりした表情をしていて、顔色も部屋に入ってきたときよりも良くなっていた。
表情が明るくなったことを指摘すると緊張してたんだと苦笑いを見せる。
意外な一面を見たけれど、お母様の胸で甘えることもあるのよね。
一国の主として鷹揚な姿ばかり見ていたけれど、そうじゃない一面があっても当然。
エリレアたちの結婚式が終わればまたしばらく会えなくなる。
忙しい時間を縫って時間を作ってくれたことにお礼を言うと家族なんだから当たり前だと笑う。
退出するときに大きな手で頭を撫でられたときには思わず涙が滲んでしまった。
お父様の目も赤かったけれど、それは気づかなかったことにした方が良いのよね?
◇ ◇ ◇
開かれた王女二人の結婚式は盛大なものだった。
それぞれ自分の婚礼衣装を身に纏ったエリレアとシオネはとても美しくて、それぞれの伴侶も誇らしそうに隣に並んでいる。
最高に綺麗でしょと言っていたシオネの言葉通り、幸せに輝く二人は本当に綺麗だった。
式の前に会いに行ったとき先に準備を終えて待っていたローデリオとリトスに挨拶をした。
昨夜食事したときにも感じたけれど、終始ローデリオはエリレアも言っていた綺麗な作った笑みで、リトスはシオネに可愛いと言われるのがわかるくらいくるくると表情を変えて。とても対照的な二人だった。
婚礼衣装を身に着けた二人が姿を見せたときの反応も正反対だったわ。
リトスは顔を真っ赤にしながら可愛い似合っていると口にしていて一生懸命に想いを伝えているのがよくわかった。
ローデリオはわずかに瞠った目を緩めてエリレアの美しさを賞賛していた。エリレアが顔を赤く染めてもういいからと言い出すまで褒める言葉が尽きなくて、素直にすごかった。感心したわ。
お母様もにこにこと笑みを浮かべて二人と、時々お父様を見ていた。
そのお父様も嬉しそうに笑んでいたけれど、時折明後日の方向を見ていて。目の端に滲むものをみんなで知らないふりするのがおかしかった。
お母様が微笑ましそうな顔で見守っていたのが印象的だったわ。
アクアオーラもお母様からいただいた首飾りを彩りの中心に据え、シンプルな白の衣装を身に纏っている。地味にならないのは施された刺繍と羽織ったガウンのため。
羽織っているガウンの袖や裾には細やかな刺繍が施されていて、エリレアたちを近くで見た者には同じ紋様の刺繍だとわかる。
いつから揃えようと準備をしていたのかと驚いたし、とてもうれしかった。
少し離れた天幕の中からみんなを眺める。
にこやかな笑みを浮かべ重鎮たちと会話を交わすエリレアとローデリオ、友人たちと笑い合い祝福に感謝を告げるシオネとリトス。
やっと王女たちが全て婚姻の時を迎え未来も安泰だとグラスを打ち鳴らすお父様たち。
盛大で華やかな結婚式への賛辞をうれしそうに聞いているお母様もずっと笑みを浮かべている。
アクアオーラとアイオルドも時折やってくる人と挨拶を交わし祝福への感謝を返す。
空を見上げれば綺麗な蒼天で、まるで二人の門出を祝福しているようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます