甘やかし合う夜明け



 夜の庭園で星を眺める。

 先ほどまで爪弾いていた楽器は傍らに置き肩を寄せ合う。

 幕を揺らす風の音を聞き言葉が零れる。


「ねえアイオルド、わがままを言ってもいい?」


 二人の間に流れる空気があまりに穏やかだったからかもしれない。

 秘めていた願いが口を突いたのは。


「アクアオーラのお願いはわがままなんかじゃないよ。

 なんでも言って?」


 たくさんの願いをアイオルドには口にしてきたけれど、どうしても言えなかったことがある。

 きっと困らせると思ったし、そんな顔をしてほしくなかったから。

 私の心を読んだみたいにアイオルドは安心させるような微笑みを浮かべる。


「これまでも困ると思ったことはないし、難しいことなら一緒に考えればいい」


 そうだろう?と囁く声の優しさに触れ合う肩だけでなく心が温かくなる。

 アクアオーラの心配なんて全部杞憂にしてしまう強さに救われる。

 そうだったわね。アイオルドは困ったりしない。

 いつでも無理難題に思えるアクアオーラの願いを楽しそうに聞いてどうやったらできるかなと目を輝かせる。そんな人だもの。

 勝手に心配していたことがおかしくて笑い混じりに冗談を口にする。


「そんなこと言っていいの?

 町に一人で行ってみたいとか海を見たいとか言い出すかもしれないわよ」


「君がしたいならもちろん。

 完全に一人にはできないから護衛と付き添いは付けるけれど、いいと思う。

 それに、海を見ることも。

 馬車に使っているガラスを応用すればいけるんじゃないかな。

 薄さとか強度の問題とかを調整する必要はあるけれど。

 ……魔晶石を砕いた溶液を塗る方法とかで、いや、色の問題があるか」


 冗談で口にしたのにアイオルドは事も無げに解決策を見出す。

 改めてアイオルドの凄さを実感する。そんな簡単に見つけられることではないと思うのだけれど。


「ああ、ごめん。

 それでアクアオーラのお願いって何?」


 解決策に思考が入っていたことを謝って話を元に戻す。


「夜明けを見たいの」


 この舞台の中でならそれが叶うと思った。

 これまで夜が明ける前の時間は好きにはなれなかった。どうしても陽から隠れないといけない身が世界から切り離されていくような気になってしまって。

 けれどここに来て日中の陽のもとでも外に出て関わることができるようになって、少し気持ちが変わった。



 アクアオーラの言葉にやっぱりと顔を綻ばせる。


「全然わがままなんかじゃない。

 そんな可愛いお願いならいくらでも聞きたいくらいだ」


 夜風で身体が冷えないように上掛けを持ってくるからと一度部屋に戻った。

 朝まで長いからと持ってきた布団を丸めクッション代わりにもたれかかる。

 外でこうして空を見上げて横たわっているなんて悪いことをしている気分。

 それも愛しい人と一緒にしているというだけで特別なものに感じた。





 白んでいく空を眺め日が顔を出すのをどきどきしながら見つめる。

 囀りが聞こえ始め空の色が変わり始めた。

 徐々に明るさを増す空。世界が劇的に変わるわけじゃない。

 けれど不思議と清々しい気持ちだった。

 朝の空気が広がり完全に夜が明ける。


「ありがとう、アイオルド」


 急なお願いにも関わらず夜更かしに付き合ってくれた。

 お礼を言うとこれくらい何でもないよと返ってくる。


「これからも難しく思えてもなんでも言って?

 こうしたらアクアオーラと一緒にできるかもって考えるのすごく好きなんだ。

 アクアオーラの一番の願いは何?

 どんなことでも言ってほしい」


「私の一番の願いはもう叶っているわ」


「え?」


「私が一番願っていたのは次を待たなくてもアイオルドと一緒にいることだもの」


 アイオルドも言っていた、帰る時間を気にしないで一緒にいられるのがうれしいと。

 アクアオーラも同じ気持ちだった。


「そっか」


 うれしそうな声で囁きこめかみに口づける。


「アイオルドは?

 今したいことはない?」


「んー?」


 少し考える顔になったアイオルドが悪戯な笑みを浮かべた。


「アクアオーラを抱きしめたい」


「それはいつもしてることじゃない?」


「いつもしてるけど何度でもしたい」


 手を広げるアイオルドの胸に身を寄せると優しく抱きしめられた。

 すりすりと頭を寄せるアイオルドにくすぐったいわと笑う。


「次はこのままアクアオーラを抱きしめたまま寝たいかな。

 明るいうちから眠るってすごい贅沢じゃない?」


 夜更かしで眠いとは言わない控えめなお願い。

 急に夜更かしすることになったから眠いのは当然よね。


「アイオルド、私を甘やかし過ぎではない?」


 ダメなことはダメと言っていいのよとわがままを棚に上げて苦言する。


「なぜ? 甘やかしているつもりはないよ」


 眠くなってきているのかゆっくりとした声が否定する。


「俺の方が甘やかされてる気がするし」


 アイオルドが不思議なことを言う。

 どうしてそう思うのかと思っているとアイオルドが言葉を継ぐ。

 だってこのまま一緒に寝てくれるでしょう、と。

 重みを増してきた頭にここで寝ちゃダメよと肩を叩く。

 アイオルドの言葉を否定はしなかったことに、ほらやっぱり甘やかしてるとうれしそうに笑う。

 これくらい甘やかしたうちに入らないと思うわ。


「じゃあ子守唄でも歌いましょうか」


 用意よくベールも持ってきていたアイオルドがアクアオーラを包んで抱き上げる。

 それもいいねと呟いた声がもう眠そうで子守唄は必要なさそうだけど。

 よく眠れるよう歌ってあげたい。

 以前アイオルドが子守唄を歌ってくれたときのように。

 穏やかな眠りを得られるように歌う。



 ベッドに戻ったアイオルドが眠りにつくのはあっという間で。

 アイオルドの腕の重みに安心したアクアオーラに眠気が訪れるのもそう時間はかからなかった。



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