姫たちの恋模様
苦手なはずの果汁を搾ったお茶を涼しい顔で口にするローデリオにこれじゃちっとも意趣返しにならないと苛立ち混じりにお茶を飲む。
顔には出さないけれどエリレアが怒っているのが伝わったらしくグラスをテーブルに戻して顔を上げる。
「まだ怒ってるんですか?」
笑みを貼り付けたままの顔が憎たらしくて顔を背ける。
「いい加減機嫌を直してください。
ちゃんと説明したじゃないですか」
微笑みを保ったまま髪に触れてこようとするので髪を反対側に流して触れられないようにする。
一瞬虚を突かれた顔になったのをいい気味だと思っているとローデリオが笑みを深くする。
「髪で我慢しようと思っていたのに、こんなに無防備にさらけ出してくれるなんて、誘っているんですか?」
意味を問い質す前にローデリオがすっと顔を近づける。
髪をまとめたことで露わになった首元へ息が吹きかけられた。
「~~~!
何するのよっ!」
「何って、美しい肌を晒して誘われたのでお応えしようとしただけですが」
「どこをどうとったらそうなるのよっ!」
「貴女にそんなつもりがなくともそのように艷やかな肌を見せられてはつい吸い付きたくなるのが男というものですよ」
作った笑みを浮かべたままの男の言うことなんて聞く必要がない、のに。
羞恥に熱くなる頬にそっぽを向いて無視をする。
あからさまに頑なな態度にローデリオが笑みを消した。
「俺はちゃんと未来を作りましたよ」
真剣な声に視線を戻すと、痛いくらいの強い意志の篭った目とぶつかる。
本当はエリレアだってわかっている。
ローデリオがアクアオーラを守ってくれたことくらい。
権力欲の強い親族が女神様の祝福を受けたアクアオーラを手に入れようとするならどういう手段をとるか。
自分が率先して動くことで親族を牽制しつつアクアオーラが逃げられるようお膳立てをしていた。
表向きアクアオーラが橋渡しを望んだとして。
自分が協力したとわからなければ一族への裏切りとは言われない。もしバレたとしても『祝福の御子』に願われては断われないと言い逃れるつもりで。
「貴女は喜んでくれませんか?」
「……それだって黄大臣との全面戦争を避けるためでしょ」
十年間に
両家と王家を巻き込んだ大きな争いになったはずだ。いえ、下手したらその傘下や他の大臣家すら巻き込んだかもしれない。
その懸念からアクアオーラの頼みに応じたのでしょう。
それもありますけれどねと苦笑を見せる。
「貴女を望んだとは信じてくれませんか」
「それは……、だって信じられるものを何もくれないもの」
言葉なんていくらでも言い繕えると思うけれど、言葉すらくれない。
「エリレア」
冷たくも思える声で名前を呼ばれ肩を揺らす。怒っているのだと本能的に感じた。
「俺にはアイオルド殿のような全てを傾けるような愛し方はできませんよ」
貴女もでしょうと咎めるような声をされてバツの悪さに顔を伏せる。
相手を責めているのにエリレアだってローデリオに何も言ってはいないのだ。
黙ったエリレアにローデリオが肩をすくめる。
「良いように解釈すればその可愛くない拗ね方も可愛く見えてくるものですけれどね」
「……可愛くなくて悪かったわね」
可愛いと言っているじゃありませんかと眉を寄せるローデリオを睨みつける。
一言も言ってないじゃない可愛いなんて。
「じゃあ協力してください」
怪訝な顔をするとローデリオが妖しく笑った。
「婚姻したらいくらでも愛を囁いてあげますよ」
交換条件のような言い方にムッとする。
私が求めているから応じるみたいに。睨むと溜息を吐かれた。
「貴女も万が一違う相手と婚姻することになった時のことを考えて『好ましく思っている』以上の言葉は言ってくれませんよね」
「……っ」
事実を言い当てられて言葉に詰まる。
万が一覆ってローデリオ以外の相手と婚姻することになったときにローデリオに想いを傾けていた事実があるとやりにくい、そんな保身までローデリオには透けて見えているようだった。
「悪い?」
「いえ?
だから早く婚姻してしまいましょう」
刺々しい声音に飄々とした声が返ってくる。
「は?」
「婚姻してしまえばもう万が一を恐れる必要はなくなりますし、愛の言葉も囁き放題です」
もちろんそれ以外もね?と秋波を送ってくるローデリオがわからなくてただ顔を見返す。
「私と婚姻するのが嫌というわけではないのでしょう?」
「そ、それはもちろんよ」
エリレアがローデリオがいいと父に話して決まったのだから嫌なんてあるわけがない。
それだけに一度でもアクアオーラに求婚したことが気に入らないのだけれど。
ローデリオがエリレアの思考などお見通しというように艶然と笑う。
「そうすれば俺は貴女のものです。
余所見はしませんし、もしそんなことがあれば俺を罰してください」
懇願するような瞳と甘く誘う声に危険を覚える。
「余計なことは考えないで流されて……?」
ね?と囁く声は自身の魅力を熟知している者特有の有無を言わさない強さを持っている。
「……っ」
言葉を返すのは危険だと告げる理性に従って沈黙を返す。
しばらく待って反応を返さないことを悟ったローデリオから甘さが消える。
「仕方ないですね……。
では婚姻を早く結ぶ利点から申し上げますので貴女の懸念事項を上げてください。
それが解消されればよいのでしょう?」
ローデリオの全力の魅了に抗ったことで疲労したエリレアは無言で頷く。
一つ一つエリレアの懸念を潰していってくれるローデリオを見ながらある意味これも甘やかしなのかもしれないと働かない頭で思った。
長い説得の時間が終わり部屋を出ていくローデリオが振り返ってにこやかな笑みを見せる。
あれが俺の全力だと思わないでくださいねとの言葉にもう思考は放り投げた。
「何なのっ! もう!!」
自分を叱咤しても顔が熱くなっていくのは止められない。
あの余裕の顔を崩したいのに失敗は続くばかりだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エリレアのところに行っていたローデリオから進捗を聞いたリトスがのんびりとした声で感想を述べる。
「なんだかんだ
「そうね、エリレアも素直じゃないんだから」
自分が気に入ってると言ったのに余所見をされたのが許せなかったのはわかるけど。
ちょっと素直になって他の人を見ないでとか言ってみれば……、まあ無理でしょうね。
自分の思考に自分でツッコミを入れる。
「ローデリオもあれで結構エリレア様のことを気に入っていたんだねえ。
わりと必死でおもしろかった」
「そう見えたの?」
終始余裕そうな顔にしか見えなかったけど、シオネよりも関係の深いリトスが言うのならそうなのだろう。
「それにしてもやっとこれで安定しそうだね、良かった」
白大臣の次男でありシオネの婚約者になったリトスはアクアオーラを巡る今回の騒ぎには参加せず静観していた。
「ねえどうしてリトスは何の働きかけもしなかったの?」
もちろん先にシオネが打診をしていたこともあるだろうけれど、女神様の祝福を得た王女は政治的に見てやっぱり魅力的だと思う。
絶対に欲しいものではなくてもちょっと手を伸ばしてみたくなるものじゃないのかしら。
「ウチには兄さんがいたし。
それに……、アイオルドを見ててアクアオーラ様に手を出そうって思うのがもう正気じゃないよね」
「どういう意味?」
「いや、ウチってアイオルドの
来る度に観光してはアクアオーラ様への贈り物を買ったり何か土産話に面白い話はないかって聞いてくるんだよ?
婚約したばっかりの10歳かそこらくらいからずっと」
いいお客さんではあるんだけどさ、と笑うリトスの顔をまじまじと見つめる。
そんなことしてたの?10年間ずっと?
「いくら好条件でもそんなアイオルドと10年過ごしてきたアクアオーラ様が他の男に
っていうか靡かれたらそっちの方がショック」
リトスの言葉に尤もだと頷く。
「なんていうか今回お父様たちがしたことってホント余計なお世話だったのね」
「そうだよー、アイオルドが怒って王都を経済封鎖とかしちゃうんじゃないかって僕たちは戦々恐々としてたんだよ?」
そんな大袈裟なと言いかけてそれが全くの杞憂ではないことに背筋を冷たいものが流れた。
「冗談じゃなくね、アイオルドにはそれだけの力があるし。
アクアオーラ様が望んだのなら泣く泣く引き下がっても、アクアオーラ様の意思を無視して婚姻を結ぶようなことがあったら絶対許さなかったと思うよ」
怖いよね、と軽く言うけれどその恐ろしさがより明確に想像できているのか顔色は良くない。
不思議と寒気がしてきた。アクアオーラの部屋と違って何の空調もないのに。
「それにアクアオーラ様も冬の国の血を濃く引くおかげか水の力に長けているみたいでさ、あの方が作る水の魔晶石は僕らの家にとっては結構重要なんだよね」
医療にも使える高品質の魔晶石は火の力に偏った常夏の国では数が少ないから、アクアオーラ様を攫ったアイオルドが王宮と経済戦争になるのが一番ウチ的にまずいシナリオだったと語るリトスに彼のお兄様がアクアオーラに声を掛けた理由を悟って憮然とする。
「ただの役割分担じゃない」
「っ、違うからね?!」
シオネの呟きを拾ったリトスが焦った声を出す。
「僕はシオネ以外に求婚したりしないよ!」
アクアオーラ様の魔晶石が魅力的じゃないとは言わないけどさ?!とちょっぴり本音を零しながら反論するリトス。
相変わらずからかい甲斐があるわね。
同い年のはずなのにどうしてこんなに落ち着きがないのかしら。
「もう、焦らせないでよ」
にやにや笑うシオネの表情にからかわれたことがわかったのかリトスが口を尖らせる。
「見ててよ?
結婚したら絶対やり返すから」
「それはそれで望むところだわ」
ちょっとしたことで大きく反応したりする今のリトスも良いけれど、反対に翻弄してくるようなリトスも……、それはそれで見てみたいわ。
「……君って結局僕の顔が好きなの?」
どっちも見たいと返したシオネを疑わしそうな目で見つめるリトスに正直に答える。
そこは自分でもよくわからないと。
「わからないけどリトス見てると飽きないんだもの」
「……!!
もーっ! わけわかんないよっ」
絶対結婚したらやり返すんだからと呟いているリトスに口元がにやける。
ひねくれた自分を自覚しながらも改める気にはならない。
どこを好きかって聞かれるとわからないけど。
私の言葉をいちいち拾って反応を返してくれるリトスがいいと思ったんだもの。
「リトス」
「何!」
「結婚式楽しみね?」
「……っ!!」
真っ赤になるリトスに微笑む。
楽しみなのはホント。
結婚したら私のどこが好きなのか聞いてみよう。
いっつも態度では私のことを好いていると表してるけど。
聞くと真っ赤な顔で黙ってしまうから。
本当にわからない。
私のどこが好きなのか。
こんなひねくれて天邪鬼で生意気な女のどこがそんなに好ましいと思えたのか。
私が答えを見つける前にリトスの答えが知りたい。
それは
胸をくすぐる感情に笑みを零しながらその日を楽しみに待つのだった。
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