第24話 未来への作戦



 アクアオーラが王宮から家出してから二週間ほど。

 アイオルドと蜜月を過ごしていたはずのアクアオーラは屋敷の応接室でシオネと向かい合っていた。

 訪れを知らせる手紙とほぼ同時にやって来てのんびりとお茶を楽しんでいたシオネがようやく本題を切り出す。


「それにしてもアクアオーラがあんな思い切ったことをするとは思わなかったわ」


 からかうような悪戯な瞳でシオネが笑う。

 怒ってはいないようで意外さに目を瞬く。勝手なことをしたと叱られるかと思っていたのに。


「怒ってないの?」


「別に私が怒ることじゃないじゃない。

 エリレアは思うところあるだろうけど」


 エリレアに言及されて眉が下がる。


「アクアオーラも別に悪くないんだから気にしなくていいのよ」


 確かにアクアオーラは舞をしただけでその後の騒動は周りで勝手に起こったことだけど。


「シオネも私が舞をしたこと良く思ってなかったんじゃないの?」


 祝福をもらった翌日の朝食のときの会話を思い出す。

 シオネも少なからず不快感を抱いていたように感じた。


「あー、あれはまあ。

 ちょっとした嫉妬っていうか、……ごめん」


 ばつの悪そうな顔で謝られてしまう。

 別に文句を言ったつもりじゃなかったので、意地悪に聞こえたらごめんなさいと謝り続きを促す。


「エリレアもアクアオーラに本気で怒ってるわけじゃないのよ。

 ただ自分が選んだ相手がアクアオーラにちょっかいを出したのが気に入らないだけ。

 プライドが許さなかった、って話よ。

 伴侶にどうかって打診をする前だったら飲み込んで何も言わなかったと思うけど、ほぼ内定した後の話だからねえ」


「そう……」


 好きになった相手が違う人に興味を持ったら嫌よね。

 アイオルドが別の女性に興味を持って声をかけたりなんてしたら……。

 ……、……。―――。

 想像力が及ばなくて上手く思い描けないけれど、きっととても嫌。


「でも一番悪いのはお父様よね。

 自分が決めたことなのに後から反故にしようとするからおかしなことになったんじゃない?

 お母様もお父様に同調してたのにアクアオーラが家出したって聞いて嘆いてるわ。

 盛大な結婚式で送り出すつもりだったのにーって」


 そんな話は聞いたことがなかった。

 でもお母様にしたら娘が家出して勝手に嫁いだなんて酷い話かもしれない。


「お父様とアクアオーラが喧嘩を始めた段階でもっと話をするべきだったって言ってたわ」


「喧嘩って……」


 今回の件を喧嘩と言い表していいものかわからなくて言葉が止まる。

 アクアオーラの戸惑いを余所にシオネが笑う。


「私とエリレアは喧嘩なんてしょっちゅうだったわよ。

 でもアクアオーラは喧嘩なんてしたことないじゃない?」


「でも喧嘩は良くないことでしょう?」


「それはそうだけどわかってほしいって気持ちのぶつかり合いでもあるから、悪いことじゃないわ」


 内容にもよるけどと微笑むシオネにそんなものなのかと思う。


「私もアクアオーラが怒るとこなんて初めて見たし、アイオルドのことがそんなに好きなんだなーって今さらながら感心したくらいよ」


 にやにやとした笑みを向けられて困る。

 わざわざここまでからかいに来たのかしら。そんな疑いが湧いてしまう。


「それでこれ、お母様から預かってきたから」


 取り出された物を見て小さく息を呑む。

 銀色に光る装飾品は大きな赤い宝石を中心に周りを透明と青の宝石が飾っている。


「これ……」


「アクアオーラが結婚するときのために用意してたんだって」


 首元を覆う繊細な細工と一際目を引く大きな石はアクアオーラに合わせたのだとわかる色。


「私たちと違って早くから嫁ぐことが決まっていたでしょう。

 だからその日のために準備してたらしいわ。

 それが無駄になったってお父様に当たり散らしてたみたいよ」


 そんなことを言われて戸惑ってしまう。

 お母様がこんな風に結婚の品を用意してくれていたなんて初めて聞いた。


「もう結婚しちゃったからあれだけど、良かったらこっちでのお披露目の時にでも使ってほしいって」


 するならだけど、と笑うシオネに力が抜けていく。


「……いいえ、こちらでは使わないわ」


 一瞬残念そうな顔をするシオネに微笑みかける。

 だってそれではわからないじゃない。


「これはエリレアの結婚式のときにでも着けていくことにするわ。

 お母様に見てほしいもの」


 アクアオーラの返答にシオネはほっとしたように笑う。

 わがままでもアイオルドに嫁ぐって決めたのはアクアオーラ自身だけど、それで家族との関係が終わりになるわけじゃない。

 ここまで訪ねて来てくれたシオネのおかげでそう思えた。

 テーブルに置かれた装飾品に目を移す。お母様の想いも知れてうれしかった。

 言ってくれれば良かったのにとも思うけれど、それはお互い様ね。

 今回のこともちゃんと話をしたら理解してくれたのかもしれない。

 もしかしたらの話だけれど、的外れでもない気がした。


「うん、それが良いわ!

 お母様も喜ぶと思う」


 結婚式がいつになるかわからないけどねーと笑うシオネに苦笑する。

 エリレアとローデリオはそんなに揉めてるのかと聞くと痴話喧嘩よと口の端を吊り上げた。

 深刻なものではないけどエリレアはまだ怒っているしローデリオはそれを宥めるのに苦心しているとか。

 でも二人のやり取りを見ているとそんなに心配はいらなさそうだと言う。


「そういえばシオネのお相手はどうなったの?」


 思い出したので聞いてみる。確か青大臣の長男と白大臣の次男と顔合わせをすると言っていた。

 その後の話は聞いていないので知らない。


「別にどうもなってないわよ。

 ……求婚の言葉はくれたけど」


「……どちらの方から?」


 最後の声が小さくて聞き落とすところだった。

 表情こそ大きく変わらないものの若干視線が逸れているのはシオネもやっぱり恥ずかしいのかと口元が綻ぶ。


「白大臣の次男の方よ」


「シオネが最初から素敵と言っていた方ね」


 口元を緩めて聞くとからかわれてると思ったのかシオネの目つきが少し鋭くなる。


「あ、でもそうなるとシオネの結婚式の方が早いかしら」


「さすがにそれはないでしょ、アクアオーラのは仕方ないとしても私まで先を越すとまた面倒なことになるし」


 これ以上の混乱は御免よとため息を吐くシオネは状況を理解しつつも残念な気持ちがないわけではないみたい。

 エリレアの性格からして納得して許すまで婚姻の話を勧めたりはしなそうだし、困ったわ。


「合同でやったらどうかしら」


 ふと口にした思い付きにシオネの目が輝いた。


「結婚式を合同ですればシオネもそれほど待たなくていいだろうし、期限があればエリレアもそれに向けて折り合いをつけやすそう」


「アクアオーラっ、よく言ったわ!

 まず私がリトスに求婚されたことを話して焦らせて、それから合同で式をしたらどうかと持ち掛ければ……。

 お母様から提案してもらうべきかしら?」


 嬉しそうな声を上げた後は口元に手を当てて何か呟いている。

 漏れ聞こえる内容からは望む方向に持っていくための作戦を立てているようだった。

 策士だと感心していると笑みを深めたシオネの目がアクアオーラを向いた。


「アクアオーラも協力してねっ!」


「かまわないけれど何を?」


「それはもう色々とよ!」


 曖昧な内容に少しだけ警戒心が湧くけれどみんなが上手くいくのなら協力はしたい。


「それじゃあまずはお母様宛てに近況報告とアイオルドの惚気をたっぷり書いて送ってね☆」


 私宛てでもいいわよと片目を瞑るシオネに苦笑を向ける。

 楽しそうな姿を見ていたら気にしていたのがおかしくなってしまった。




 来たときに同様慌ただしく去って行ったシオネを見送ってアイオルドを庭の散歩に誘う。

 挨拶以外は気を利かせてシオネと二人にしてくれたアイオルドの手を取って微笑むといつものような温かい笑みが返ってくる。

 シオネから聞いたこと、話したことをひとつひとつ話しながら夕方の風の混ざり始めた庭をゆっくりと歩く。

 遠くの空に星が瞬き始めていて、随分長い時間話していたのだと思った。


「お母様たちに手紙を書こうと思うの」


 優しく頷いてくれるアイオルドに勇気をもらう。

 まだ少しだけ不安はある。お母様やシオネたちは許してくれてもお父様はまだ怒っているかもしれないって。

 でも黙って逃げたままじゃいけないわね。


「アイオルドに嫁いで毎日幸せですって」


 口にすると笑みが零れてしまう。

 ふふっと笑い声を漏らしたアクアオーラにアイオルドが嬉しそうに笑む。


 王宮を出ると決めたのはアクアオーラ自身なんだから、あれこれ考えるよりアイオルドと幸せな日々を過ごしてそれを理解してもらうようにすればいい。気持ちをぶつけることだって大事だとシオネも言っていたし。

 シオネの作戦を聞いていたらあの日飛び出したことも笑って話せる時が来ると思えた。


 きっとそれはそんなに遠い日じゃない。

 繋いだ力強い手の感触にその思いを強めた。




 Fin.









 読んでくださってありがとうございます。

 あと数話番外編がありますのでよろしければお付き合いください。



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