第8話 誰よりも笑顔でいてほしい人 <アイオルド視点>



 俺が勝手に作っていた舞台にアクアオーラはとても感激してくれた。

 説明をする度にすごいと驚いて真剣に聞いてくれるからつい専門的なことも話し過ぎてしまう。

 舞台の魔道具は数年前から構想し試作をしていた品物だ。

 部屋で舞の練習をしている姿を見て、空間さえ整えられればどこでも舞えるんじゃないかと思ったのが始めだった。

 すでに日を遮るベールは実用に近づいていてそれを応用すれば難しくはなく、そうすれば祭事で舞を踊ることもできると。

 実現して良かったと嬉しく思う。

 傘から出ないように注意を払いながら色々な角度で舞台を見つめているアクアオーラ。目を輝かせている様子が本当に可愛い。

 こうしてアクアオーラを喜ばせることは俺の楽しみの一つだ。


 あの時、散々後悔したから。

 アクアオーラの泣き顔はもう見たくない。

 たくさん幸せな顔をさせてあげたいと思うんだ。

 俺も彼女の笑顔を見ていると幸せな気持ちでいられる。






 ――ごめんなさい。

 ――私が悪いの。

 ――アイオルドは悪くないの。




 あの日の泣き声が蘇って胸が潰されるような気持ちになる。

 出会った時の過ちを思い返すと今でも苦しい。






 あの日太陽の下に連れ出されて倒れたアクアオーラは、目覚めてすぐ俺が捕らえられている部屋に駆け付けた。

 扉の前にいた兵士の制止も耳に入らないかのように何度も繰り返す『ごめんなさい』と叫ぶ声に俺は軟禁されていた部屋の扉を開いた。


 ――アイオルドっ!


 俺の姿を認めた途端に駆け寄ろうとした足がくずおれる。

 慌てて取ったアクアオーラの手はまだ熱があるのかほんのり熱かった。

 早く引き起こさなければと引こうとした手が震えていることに気づく。


 ――私のせいで、ごめんなさい。


 どうして謝るの、君は何も悪くないのに。


 ――私が無理やりお願いしたの。だから悪いのは私なの。


 違うよ、俺が勝手に君と一緒に行きたいと思ったんだ。

 君へ手を伸ばしたのは俺が先だったのに、そんなことを言わないで。


 ――アイオルドは悪くないの。


 必死に言い募る彼女が見ていられなくて小さな肩を抱き寄せる。

 本当なら今すぐ彼女が休める場所に連れて行きたいのに、抱き上げる力もない無力な自分が嫌だ。

 きつく閉じた目より次から次に零れる涙を拭いアクアオーラは悪くないと繰り返す。

 こんなに自分を責めるようなことを言わせてしまったのは俺の短慮が原因だ。

 彼女が現れたときにもっと疑問を持たなければならなかった。

 王宮の廊下に一人でいた赤い瞳の女の子が誰なのか。なぜ一人でいるのかと。


 何よりも、もっと君をよく見ていなければならなかった。


 噴水を見せてあげたい、そうしたらどんな顔を見せてくれるんだろう。

 そんな自分勝手な考えでアクアオーラを危険にさらした。


 ちゃんと彼女を見ていれば体調の変化に気づけたはずなのに。

 まだ寝込んでいると聞いていたアクアオーラがここにいるのはきっと目を覚ましてすぐに駆けつけてくれたんだろう。

 自分のせいで俺が捕らえられたと聞いて。

 事情聴取のために軟禁されているが大臣の息子というだけで申し分のない待遇を受けていた俺はのんきに王宮に留め置かれているのはアクアオーラの容態をすぐ聞かせてもらえて都合がいいなどと考えていた。

 君がこんなに苦しむなんて思いもせずに。


 後悔でいっぱいの俺はただアクアオーラの手を握ったまま君は悪くない、俺が勝手にやったことだと繰り返す。

 この言葉では彼女の心が軽くなることはないと理解していながらも。

 落ちる涙を何度も拭い、背を撫でてもアクアオーラの涙は止まらず、結局周囲の大人たちが動き始めるまで俺は何もできなかった。

 落ち着かせないといけないからと握っていた手を離すように促され泣きじゃくるアクアオーラが抱き上げられて連れて行かれるまで、何一つ。


 初めて無力を感じた日だった。








 結局アクアオーラの取り成しのおかげで俺はお咎めなしで済んだ。

 釈放されて父親と共に改めてお礼と謝罪に行ったときの安堵を浮かべたアクアオーラの赤らんだ目元が忘れられない。

 もうそんな顔をさせないと誓った。

 その想いはずっと変わらずこの胸にある。

 俺の原動力はいつもアクアオーラの喜んでくれる顔だから。



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