第14話 評決
郁恵がしゃしゃり出てきて、その通りの量刑に話し合いがまとまりそうもなくなったため、焦り始めてきたのだろう。この二人の本音は実に面白い。
「市民が裁判に参加することで、それぞれの市民の視点や感覚が裁判の内容に反映されることになるわけで、その結果、裁判が身近になり、市民の司法に対する理解と信頼が深まることが期待されています、って私たち選任手続きの際に見せられたDVDで流れていたけど、現場の裁判官は、そうは思っていなかったわけですね。」
六番裁判員は、そう言いながらiPhoneを鞄にしまった。
「すみませんでしたね、すぐにふて腐れるおばさんで。」
「別に雑談しに来たわけじゃないんだよ。あたしなりにはね、真面目にこの裁判員に取り組んでいたんだけどね。」
「仕事の都合を付けて、客先に頭まで下げてここにきているのに、こんな言われ方あるかよ。マジで。ふざけんじゃねーよ!」
DV女と罵られた四番裁判員は、嗚咽が止まらないのか机に突っ伏してしまった。
「小島さん、向井さん、裁判官としてどういうつもりだね。謝罪してもこれは収まらない問題だよ!裁判員の人に守秘義務やら生意気に語っていたのに、これじゃ、説得力がないじゃないか。君たちは自分たちの仕事をどう思っているんだね。」
萩原裁判長は怒りが収まらないのか、しきりに円卓を乱暴に叩きつけた。
「申し訳ありません。本当に皆さん、申し訳ありません。」
二人の裁判官は立ち上がり、頭を下げ続けた。当然だが赦そうという空気は出そうもない。皆、表情が強張り、二人の裁判官を睨みつけている。
(面白い、面白い。実に面白い。愉快な展開になってきた。)
郁恵は必死に笑みをこらえた。
「六番裁判員さん、この音声、マスコミに流しましょうよ。現場でこの制度と向き合っている人の本音は、みんな知りたい情報です。」
「待ってください。そんなことしたら、日本の裁判のシステムが根底から壊れてしまいます。下手したら、人が人を裁けなくなるのです。」
二番裁判員の提案を、萩原裁判長は急いで取り下げるよう頭を下げた。
「壊そうとしてんの、お宅らだろうが。」
五番裁判員はネクタイを外し、評議テーブルに投げつけた。
「僕はこう考えます。ボイスレコーダーは流さない。その代わり、今回の事件の量刑は裁判員六名のみで決める。裁判官は法律的な言い回しのみ、助言する。私たちが決めた量刑は、萩原裁判長に責任を持って午後の法廷で被告人・立花京香に伝えてもらう。」
「六番さん、それでは、裁判員裁判の意味がない。」
「裁判員裁判に意味を感じていないのは、そちらでしょう。もう一度、この音声を流してもらいましょうか?」
二番裁判員が金切り声をあげだした。
(いいぞ、その調子だ。もっともっと大げさに叫べ。)
「六番さんの提案はいいね。俺らでやろうぜ。会社を休んで今日まで頑張ってきたんだよ。この条件が飲めないのなら、六番さん、これをマスコミに渡しましょう。」
「そうですね。マスコミに渡します。国民には知る権利がありますからね。」
六番裁判員は裁判長の汚物を見るような目で睨みつけて、iphoneを胸ポケットに片付けた。裁判長はただ、ただ、項垂れるしかなかった。
「三番さん、あなたは教師をしていて、とても知識を持っておられます。今日は仕切ってもらえますか?」
六番裁判員の発言に、皆が一斉に郁恵に視線を送る。その視線に、熱を感じる。
「分かりました。」
郁恵はゆっくりと立ち上がり、ホワイトボードの前に立ち、皆に一礼した。三人のプロ裁判官は、既にうつろな目を周囲に晒している。
(もう邪魔しないでよ。)
郁恵は三人をゆっくりと時間をかけて睨みつけたあと、ホワイトボードのペンを握った。
「では、ご自宅でも皆さんは、今回の事件に関していろいろと考えてきて下さったと思います。まず、この被告人・立花京香を有罪にするか、無罪にするかについて評決を取りたいと思います。評決は多数決で行います。多い方を採用します。多数決は奇数で行わないと意味がありません。裁判員は六名ですから、裁判長、評決のみ参加して下さい。二人の裁判官は参加しなくて結構です。」
萩原裁判長は軽く会釈し、同意を表した。二人の裁判官はうつむいたままだ。
「では評決を取ります。被告人・立花京香は無罪であると思う方、挙手してください。」
郁恵は円卓を囲むメンバーを舐めるように見渡した。誰も挙手するものはいない。
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