第9話 絶対に許さない
「ええ。ほんと最近、定着してきましたね。専門機関に相談してもやはり暴力被害が収まらない場合など、シェルターに一時避難するような方が増えてきました。逃げ場所を知られたくない方、逃げ場所のない方が主にご利用されていますね。」
小島裁判官は隣に座っている四番裁判員に気遣いながら、シェルターの解説を軽くした。四番裁判員は視線を少し上げ、右手を少し上げた。
「はい、四番さん、どうぞ。」
「はい。私がDVの被害に遭っていた八年くらい前と違い、今は相談所やシェルターの数も増え、またインターネット上でも相談をし合うSNSが誕生したりと、すごくDV被害に対する対応が手厚くなったなと感じます。警察での取り調べの中において、被告人は夫に後頭部を殴られ気を失ったことがあると話したそうですね。法廷で弁護士がそう話していましたよね。今、三番さんのご指摘通り、子どもが母親を庇う様子が見られないという指摘は、そういえばそうだなぁと感じていました。それよりも私が気になったのは専門機関に相談したとか、シェルターに逃げたという話題が出なかったことです。後頭部を殴られて気を失うくらいなら、命の危険も感じたでしょうから、相談ぐらいしていると思うんですよね。三番さんの指摘を聞いて、私が審理中に感じた疑問を思い出しました。」
「あれじゃない?旦那が怖くて、外に出れなくなる人もいるじゃない。だから外部機関に頼れなかったんじゃないの?」
「友人誘ってSPAに行っている奴だよ。外、出てるじゃんか。」
「あぁ・・・・・」
五番裁判員は二番裁判員の指摘を、ぴしゃりと跳ね除けた。二番裁判員は五番裁判員に指摘されたのが恥ずかしかったのか、俯いて、汗を拭き出した。
「周囲の人から出た証言って、一緒にSPAにいったお友達がDVでできたらしい傷跡を見た、くらいですよね。こういう風に対処したみたいな話は、確かに出てきてないですね。四番さん、良い指摘をありがとうございます。私の指摘と四番さんの指摘を合わせて考えてみて下さい。本当に被告人はDVを受けていたのでしょうか。被害者は本当に暴力を振るうような方だったのでしょうか。友人が見せられた傷あとは本当にDVで出来たものなのでしょうか。DVを受けていたと主張するには、あまりにも疑問が残ってしまいます。ご検討お願いします。」
郁恵は長々と自分に時間を取ってくれた周囲の人々、特に裁判長に向けて、深々と頭を下げた。
「分かりました。三番さん、いろいろと裁判で出てこなかった指摘をしてくださりありがとうございます。今日は皆さんもお疲れでしょうから、明日に回しましょう。是非みなさん冷静になって、家でちょっと頭の中を整理してきてください。三番さん、とても力強い意見を論説的に出され、議論が活気づくようにして下さっている点は、本当に感謝しておりますが、幾分か有罪にしなければならない!と固執しているように感じてしまう節も見受けられます。全ての裁判というのは、『疑わしきは被告人の利益に』、という方針で運営されています。どうか被告人・立花京香が罪を犯したから、絶対に罰を与えなければならないという観点で見ないで下さい。一度、被告人の立場からこの事件を見ると、違った風景が見えてくるかとも思います。どうか今晩、ご自宅では被告人の立場に立ち、頭の中を整理して頂けませんでしょうか。」
荻原裁判長のお願いに対し、郁恵は返事をしなかった。そして解散後も黙って席を立った。この姿勢で十分、裁判長に対し、私は被告人の立場に立って考えるつもりはないと言う頑なな意思が十二分に伝わったはずだ。
郁恵は真っ先に評議室を出て、裁判員が使用しなければならない、一般人が使用するエレベーターとは異なるエレベーターに飛び乗った。裁判所内で事件の関係者と顔を合わせないよう、所内では、一般の人は使えない裏の通路やエレベーターで移動するよう配慮されている。後ろから追いかけてくる二番さんの姿に気づかなかったわけではないが、早く一人になり郁恵の体内に篭っている熱を冷ましたかった。熱を発している郁恵の心は既に茹であがっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます