第4話 裁判員の背景
四番裁判員は、結婚した夫からDVを受けていた。
ご主人とは、お見合いで知り合い、八年前に結婚した。そして子どももすぐにできたと言う。
「初対面のときは、落ち着いてどっしりと構えた印象で、話す内容も大人の男性として尊敬すらできる感じの方でした。豹変したのは、結婚してからです。」
四番裁判員の夫は、家庭では、喜怒哀楽が激しく、妻のことは常に下に見ていてきた。
『お前は駄目だ。親父も高卒だろう。だから工場勤務で苦労しているんだよ。』
『お前自身も学歴も低く。何にもできない。お前には期待できない。』
など常に罵倒にさらされる日々を送るようになった。
「でも機嫌が良い時は、ニコニコでとても優しい。でもちょっとしたことでスイッチが入り、すごく文句を言われ、肩や背中を突き飛ばされたり…。でもその後で、『ごめん。ほんとにごめん』と泣きながら謝ってきたりするんです。」
子どもがすぐできたため、子どものためにも離婚はできないと考えていたが、ある日、会社でのイライラを持ち帰り、子どもを壁に投げつけ暴れ始めたのだと言う。四番裁判員の悲鳴は、涙声になっても続いた。
「このままでは、子どもが殺されると思い、実家に避難しました。そして今まで受けてきた暴力をすべて親に話し、主人の親も交えて話し合い、離婚が成立しました。今は旧姓に戻り実家で子どもと暮らしています。私も夫から暴力を受けていた日々は、本当に精神的に不安定になり、子どもと共に死のうかとまで考えました。精神安定剤も服用したこともあります。だから被告人のあの法廷で見せる情緒不安定な行動はよく理解できるんです。自分の思い通りにならないからと言って、勝手に相手を見下して暴力を振るうような男は、この世から抹殺されればいい!北朝鮮のように、パブリックな場でDV男たちを銃殺していくべきです!そうです、見せしめですよ。見せしめの罰を与えることこそ、DV男をこの世からなくす方法なんです。私は、被告人は、夫を殺して正しかったと思っています。私もあの時、殺しておけばよかったと何度思ったことか!」
「四番裁・・・」
「いい。四番裁判員さん、随分とお辛い経験をされたんですね。話してくださってありがとうございます。どうぞ、お茶でもゆっくり飲んで下さいね。」
萩原裁判長は四番裁判員に対して何か意見しようとした向井裁判官を手で制し穏やかな言葉をわざとかけた。離婚後、実家で暮らしているとはいえ、まだ精神不安定中ですよ、と逆にアピールするような形になった彼女を見て、裁判員に選んだ者としての責任を痛感したのかもしれない。確かに精神不安定者を見抜けなかった責任は大きい。しかし今、補充裁判員と交代する的な話を出して、また彼女をエキサイトさせるようなことになっては、この場が崩壊してしまう。
萩原裁判長は向井裁判官に、四番裁判員を別室で少し休ませるよう指示を出した。向井裁判官に肩を抱かれ、四番裁判員がゆっくりと退出した後、裁判長はお茶を一口含んでから、六番裁判員を見た。
「では、評議を続けていきましょう。では六番さんの意見を聞かせて下さい。」
六番裁判員は、首も取に当てていたペットボトルを下ろし、正面を見た。
「僕は、裁判をずっと見てきて、被告人は殺意がなかったんじゃないかなって考えているんです。検察側は心臓に対して垂直にマイナスドライバーが刺さっている点や争った形跡がない点を挙げ、明確な殺意があった主張していましたが、自分を守るために胸の前でマイナスドライバーを構えたとしたら、垂直に刺さることも考えられると思うんですよね。計画的犯行に関しても、被告人の言うように毎日、暴力を受けていたのならば、計画性は感じられないですね。もし計画的にするならば、遺体をどっかに隠すとか、捨てに行くとかしそうだし。精神鑑定の扱いに関しては、僕はその辺に関して知識がないので分かりませんが、精神異常者の芝居をしているようには見えなかったんですよね。まぁ、もしかしたら僕がそう感じてしまうのは、先ほどの四番さんの思いを目の前で聞いたからかもしれませんが…。」
一番裁判員、二番裁判員、五番裁判員の顔も同時にゆがむ。四番裁判員の弁論は、明らかに被告人・立花京香に有利な流れを作ってしまったようだ。郁恵は裁判長に指名される前に、さっと手を挙げた。
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