74話  未来のお義母様との会話

浅風あさかぜ ゆう



「ちゃんと親御さんたちに連絡は入れたの?」

「あ、今入れておきます。そもそも両親は共働きで帰りが遅いので」

「そっかそっか、分かった。あ、安心してね?時間も遅いし、そんなに長く引き留めるつもりはないから」

「あ………はい」



5分ほど歩いてたどり着いたカフェには、時間が遅いにも関わらずけっこう人で混んでいた。


そんな中、俺は母に簡単なメッセージを送ってから、真っ正面にいるしずくさんに向き直る。



「ふふっ、よかった~~優君とこうして二人きりで話してみたかったの~」

「あ、ありがとうございます……!」

「なんで固くなってるの?本当に負担をかけるつもりはないけど~~でも、彼女のお母さんに会ってるんだし、まぁ仕方ないっか」

「あ、負担に思ってるわけじゃないんですよ。ただ、その……やっぱ、ちょっと緊張してきて」

「ふふふっ、そっか」



どういうことか、さっきから雫さんの顔には笑みが消えなかった。


まぁ、気に入ってもらえてるのかと思うとすごく畏まった気持ちになるけど、今まで娘を泣かした前科がある身としては…………うぐっ、ダメだ。コーヒーのせいか胃がキリキリしてくる……。


両手をぐっと合わせて視線を泳がせていると、雫さんは次第に体を前に乗り出して、さっきよりもっとほんのりとした声色で言ってきた。



「ありがとうね、優君」

「あ………え?何でですか?」

「何って、娘の彼氏さんじゃない。あの子の親にしては、なんだかんだ言ってほっとするんだよね~」



そこから雫さんは伸びをして、再びニヤリとした表情になる。



「ほら、あの子ってけっこう一本気というか、自分を追い込むタイプなんでしょ?私も最近になって気付いたことだけど、やっぱり親としては心配なのよ。幼い頃に父親とも別れてしまって、私はとにかく仕事で忙しいから。だから、君のような子が柚子ゆずの傍にいてくれて、本当に助かってるわ」

「あ、いえ!そんなことないです!!むしろ俺の方が柚子に救われた感じですから。本当に、柚子には普段からたくさんのモノをもらってて………えっと、その」

「あっ、恥ずかしがってる~あはは!!いいね、いいね!!羨ましいわ~高校時代の恋愛……!ああ、私までキュンキュンしちゃう!」



両手を振りながら否定したら、益々こっぱずかしい状況になってしまった。俺が発したさっきの言葉によって、余計に顔に熱が上がってくる。


救われたって。俺、あいつのことそんな風に思ってたのか……まあ、あながち間違いではないが。



「あっ、さっきの言葉は優君にちょっと重かったのかな?ごめんね?別に私は君に圧をかけたいわけじゃないの。ただ単に、娘が骨抜きにされた子と話してみたかっただけだし!」

「は、はは……なるほど、そうですか」



雫さんにそのような意図がなかったとしても、俺が勝手に圧を感じるんですけどね……ははっ。


いや、でも……いいのかな?俺、どうせあいつと結婚するんだろうし。未来のお義母様との会話ってことで……。


……ちょっと待って、もう結婚なんて俺もけっこうヤバくなってないか?



「学校での柚子はどうなの?ちゃんと上手くやってる?」

「あ……そうですね。上手くやってますよ。元々あいつ人気もありましたし、かなり人懐っこいじゃないですか。俺から見たら、はい。上手くやってると思います」

「ふうん~~?それじゃ、二人きりの時の柚子は?」

「はい?」

「優君と一緒にいる時の柚子はどうなの!?私、それが知りたいんだよね。あの子私に似てるから、たぶん優君をめちゃくちゃ困らせると思うの」



………すっげー。そっか、甘えん坊のところは雫さん譲りなのか……今納得したわ。



「そうですね。お察しの通り……えっと、愛を感じています………」

「ぷふっ、どれくらい?」

「………………押しつぶされるくらいですかね」

「あはははっ!!!あはっ!!あははは!!だと思った!!さっすがは私の娘!!あはははっ!!」

「いや、そんなに笑うことなんですか!?」

「だって……あはっ。昔の私みたいなんだもん~~昔にあの子のお父さんと恋愛した時もね?ちょうどそんな風に甘えてたんだ。私もむちゃくちゃ愛が重い方だったから」

「ああ……やっぱり」

「こら、今なにを納得したの?」

「いえ、なんでもありません。なんでもありませんから!!」

「あはっ、冗談だよ~~いじり甲斐があるね!優君は」



うわ……初めてお会いした時も思ってたけど、やっぱり雫さんってめちゃくちゃテンション高いよな。俺にしてはちょっと明るすぎる。まぁ、気楽に接してもらえるのは純粋に嬉しい限りだけど。


……でも、そっか。柚子のお父様か。


前に柚子のお見舞いに行った時にちょっとだけ聞いたけど、詳しい事情を教えてもらったことはなかった。もちろん、俺はそれでも別にいいと思ってる。


どうせ、これから長い付き合いになるのだ。家の事情はまだ部外者の俺が深堀していいことじゃないし、いずれ自然と知る時が来るはずだから。



「ぷふふっ、とにかく。ウチの柚子をこれからもよろしくね?優君」

「はい。約束します」

「おおっ、頼もしいな~ふふっ、優君」

「はい?」

「ウチの柚子はね」



それから雫さんは若干間を置いて、深い息を突いてからニッコリと笑みを湛えたまま、言葉を紡いで行った。



「短気で我儘で意地っ張りで、とにかく涙が多いの。心も繊細で、普通の人なら受け流す一言にもよく傷ついて、勝手に傷心してふさぎ込むことだってあるんだ。そのくせに完璧主義で自分を追い込んでるから、たぶん相手して疲れることもあると思うの」

「…………………………はい」

「でもね?根は誰よりも優しい子なんだ。ちゃんと他人に対して気配りもできて、自分の過ちをすぐに認めて他人に謝罪する方法も知っている、素敵な娘なの。メンタルはちょっと弱いかもしれないけどね?その分立ち直るのも早くて、目標に対する粘り強さも備えていて………親の贔屓目を抜きにしても、ちゃんと素敵な子に育ってくれたと思うの」

「……はい、そうですね」

「おや~~?優君、平然な顔してるね?」

「まぁ……元々あいつとは長い付き合いでしたから。さすがに雫さんほどではありませんが、ある程度は……あいつのこと、知っているつもりです」



本当に、雫さんの言う通りだった。俺の彼女はめんどくさくて、想像もしてなかった時に急に癇癪を起したり人を困らせたりする厄介者だけど。


……でも、そんな否定的な面を全部覆い隠せるほど優しくて、可愛くて、素敵な女の子だということを、今年に入ってからはもう身に染みるくらい痛感しているから。


俺には不釣り合いだと思うほど、天知柚子は素敵な人間だ。あいつはこんなこと言われたら、むいろ俺が自己否定してるって怒るだろうけど。



「ふふふっ、よかった~~私も一安心ね。柚子に素敵なパートナーができて」

「まあ、まだまだ至らないところばかりですが」

「ううん、そのままでもいいの。優君と付き合ってからの柚子、毎日が幸せそうで本当にキラキラしてるんだから。母親としてはいくら感謝しても足りないんだよ?本当に」

「………こちらこそ、ありがとうございます。雫さん」

「ふふっ、ああ~~嬉しいな。私こんな時をけっこう夢見てたんだよね~柚子が選んだパートナーと二人きりで話してみるの、本当に夢だったから」

「あはっ、あははっ………」

「そんで、式はいつ頃に?」

「………………………えっと、二人とも経済的に自立するようになってからは……はい。したいと、思っております」

「あははっ!!いいね!!めちゃくちゃ真面目じゃん!あはっ、ああ~~私まで幸せだわ、本当に」



終始一貫笑顔の雫さんを見てると、こっちまで心が温かくなってくる。


そうか、柚子との未来か……まだ学生の身分だから気が早いかもしれんが、いずれにせよちゃんと考えなきゃな。


柚子を幸せにするために、柚子の隣にいるために……ちゃんと、雫さんも幸せにできるように、頑張らないと。


思いのほか、その後も雫さんとの会話が弾んじゃって家に着いた時刻はけっこう遅くなってしまったけど。


胸いっぱいに張り詰めている未来の思いを巡らせていたら、やはりちっとも気にならなかった。

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