72話  エッチでダメダメな女

天知あまち 柚子ゆず



「うひっ、うひひひひひ……」

「……………………食欲失せてきた。私ちょっと用事あるから」

「ちょっ、日葵ひまり!?なんでよ!!用事なんてないじゃん!!一緒にいてよ!!」

「さすがに柚子が悪いかな~~」

千弦ちづるまで!?」



お昼休み、いつもの女子4人組で弁当を食べている最中にとんでもないツッコミを受けてしまった。


本当になんで!?わたし何もしてないのに!?



「ふふふっ、柚子ちゃんは顔によく出るからね」

「それ、莉緒りおにだけは言われたくないんですけど~!?」

「あの、二人とも似たようなもんだからね?おかげで私と日葵がどんな思いで過ごしてるのか、ちゃんと考えてる?」

「それは……って、わたし最近は全然惚気てないじゃない!!」

「…………マジでイラっと来た。ちょっと浅風あさかぜに言っとこ」

「ちょっ、日葵!?」

「はぁああ……休み時間になる度にあんなにべたべたしてるくせに、どの口が言ってるんだか」

「うんうん、本当にね。千弦ちゃん、その気持ちよく分かるよ」

「いや、莉緒も同じだからね?」

「ウソ!?」



そんな、ごく日常的な会話をしている内に弁当を食べ終え、私はいつものごとく優の席に向かった。


私の存在にすぐ気付いたのか、優も困った笑みを浮かべて首を振り続ける。



「今日もウチに来るんだよね?」

「ああ、もちろんお前さえよければだが……えっと、ちょっと場所移すか」

「うん?どこへ?」

「……とにかく人目のないところにな」



少しだけ頬を赤に染めて、優はさっそく私の手首を握って教室から出て行く。


連れて行かれた場所は、一番上の階にある空き教室。古びた机が並んでいる空間にたどり着くと、優は安堵の息をついて私に振り返ってきた。



「えっ、どうしたの?」

「いや、お前恥ずかしくもねぇの?」

「………あ。さてはみんなの視線が気になるんだ?」

「気にならないわけねーだろ!?夏休み明けてからずっとべたついてくるし……!いや、それが嫌ってわけじゃねぇけど。でも、やっぱ恥ずかしいのは恥ずかしいんだよ」

「………ふうん~~そっか。学校では赤の他人みたいに接して欲しいんだ」

「なんでまた拗ねてんだよ!!」

「拗ねてません~全然拗ねてませんから~~」

「全く………」



すごく困ったようにカリカリと頭を掻くから、思わず笑ってしまった。一応、優が何を言いたいのかは分かる。


実際、私たちの関係は夏休みに入ってから急速に変わってしまったから。1学期にも付き合っているという噂は学校中に流していたものの、あの時とは思いの丈が全然違うし。


今は本当に、目の前にいるこの人といつまでも一緒にいたいって願ってるから。


だから、事情を知らないクラスのみんなからすると、びっくりするほど豹変したのかもしれない。



「じゃ、二人きりの時はいいんだよね?」

「そりゃ当たり前だろ」

「………じゃさ、今の私たち、二人きりだよね?」

「……………………………おまっ、まさか」

「えっ、今何を想像したの~?エッチぃ……」

「っ………」



………スケベ、ヘンタイ、エッチ。


表では綺麗なこと散々言ってたくせに、結局は私と触れ合いたくてこういう場所に連れて来たんだ。


本当にいやらしいんだから……もう。



「実はね、最近うがい薬使い買ったんだよね、私」

「………何のために?」

「………知ってるくせに」

「………偶然だな。俺も最近、うがい薬使い始めたんだ。主に昼飯食べた後のためにな」

「……今日も、使ってるの?」

「……ああ」

「ぷふっ、私も」



………もう、お互いめちゃくちゃその気じゃん。


愛情を確かめ合った私たちは、本当にどちらからということもなく抱きしめて、ゆっくり唇を近づけて行った。



「うん………ちゅっ」



………不思議。


初めてのキスは、正直感覚とかよく分からなかった。夏祭りにした時のキスはとても刺激的で、心臓がはち切れそうなほどドキドキしていた。


でも、近頃のキスはドキドキより安心感の方が強い。もちろん、今も心臓がぎゅっと握られるような感覚がするけど……とにかく、暖かくて心地よかった。



「あむっ、ちゅっ……ゆぅ………優……優、好き、好き、すきぃ…………」



口臭で嫌な思いをさせないためにうがい薬を使い始めた彼氏の気持ちも、唇に注がれる愛情も、大事そうに私を抱えてくれる優しい腕も、全部が気持ちよくて。


ようやく唇が離れた瞬間にはもう息が上がっていて、お互いの唾液が混ざった糸が視界に映って…………余計に、また興奮してくる。


私は、既に知っている。


こんな風にキスで溶かされてしまえば、私はもう歯止めが効かなくなる。



「優……優、ゆうぅ……」

「あっ、ちょっ……柚子、ちょっと落ち着け」

「やだぁ……キスして、チューして……」

「家でいっぱいしてあげるから……って、うなじ舐めるな!」

「意地悪……優がいつもお預けするから……」



思いっきり体重をかけたら優もさすがに立っていられなかったらしく、倒れるように壁際の床に座った。それでも、私を抱き留めている腕は解かなくて。


私はもう、赤ちゃんになってひたすら甘え続けるだけだった。


……優の顔が、上気しているのか分かる。もちろん、私だって大好きな彼氏を困らせたくはないんだけど………やっぱり、気持ちを全然抑えられなくて、自制が効かない。


正直に言うと、このまま授業をサボって最後までしたいという気持ちも……なくはなかった。



「んちゅっ……ふふっ、ううん~~うん………」

「完全に首筋に顔うずめてるし……後で覚えてろよ?」

「ふふん、何されるのかな。楽しみだな……」

「……………この淫乱なヤツめ」

「ふふっ、ふふふっ……ああ、幸せ」



ただ頬を擦るだけでも体温が伝わってきて、幸せな気持ちになる。ああ、早く学校終わってくれないかな……もちろん、このままずっと包まれたいって気持ちもあるけど。


優の首筋にキスを降り注ぎながら、私はそっと聞いてみた。



「あのね、優」

「うん?」

「……すっごく今更だけど、負担に思ったりは……してないよね?」

「は?なにを?」

「その……今みたいな状況とか。私、普段から色々とくっつきたがるから」

「いや、知ってるなら今すぐ離れて欲しいんだが」

「…………ムッ。質問に答えろ。このヘタレめ」



抗議の意味でうなじを甘噛みしたら、優はビクンと体を震わせてからも仕方ないと言わんばかりの顔で、私の後ろ頭を撫でてきた。



「正直、お前ってスイッチ入ったらめちゃくちゃヤバくなるけどさ」

「おい」

「最後まで聞け。でも、別にそこまで負担に思ってるわけじゃねぇし、もちろん全然嫌でもねーから。お前が甘えてくるのは純粋に可愛いし……その、なんていうか」

「…………………」

「不安に思わなくても、別にいいんだぞ?お前の寂しがり屋なところもちゃんと好きだからよ。お前、なんだかんだ言ってストレスを溜め込むタイプだから、こっちも精一杯応えてあげるつもりでいるし」



…………………………本当に、この男ったら。



「………お昼休み終わるまで、何分残ってるの?」

「うん?どれどれ……あ、後10分だな………って、いや、離れろ。今すぐ離れろ!!」

「やだ、離れない。絶対に離さない。あの、早めにしたらなんとか――――」

「なんとかじゃねぇよ!!離れっ………こら!!抱き着いてくんな!!そこも触んな!!」

「なんでよ、男しょ!?こんなのズルい!!自分だけすっきりした顔して!!」

「お前がチョロすぎるだけだろ!!こらっ、学校では本当にダメだって……!!」

「バカ、バカバカバカバカバカバカ!!!!」

「離れろ……!!ふぁ!!ふぅ、ふぅううう……はぁ、マジで……マジで何しようとしてんだよお前!!」

「…………………バカぁあああ………」

「ああ………くそぉ……!我慢!!少しは我慢しろよ……!家に帰ってからたっぷりしてあげるから!!」

「…………ぶぅうううう………」



………付き合ってから分かったことだけど。


どうやら私は、自分が思っている以上にエッチでダメダメな女らしい。

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