魔物売りのお仕事 3

「失礼します」


「おお、ソラか。ありゃ? 一昨日来なかったか?」


 ハンの街、東の広場。

 そこには雑多な露店が所狭しと並べられており、食材や薬草、装飾品に雑貨――様々な店が連なっている。ある意味でハンの街における交易の中心であり、この街に来た者はまず東の広場で装備を整えることから始まる、と言われているほどだ。

 そんな東の広場において、カルロスの店は唯一の騎魔屋である。


 人間に従うよう調教した魔物を、従魔という。その中でも、背中に乗ることのできる魔物は騎魔と呼ばれる。

 そして人々が買い求めるのは、そのほとんどが騎魔だ。

 従魔を自身の護衛として買い求める者も少なからずいるが、売れる魔物の九割は騎魔だと言っていい。国内を巡るにも他国に赴くのも、結局のところ足が必要だからだ。そのため馬よりも早く駆ける騎魔は、彼らの需要を満たすものとなる。その代わりに、魔物売りが捕らえて調教する手間があるというのもあり、一般人には買えないほど高価なものとなっているが。

 カルロスは突然声を掛けてきたソラの、その後ろにいるケルピーに対して、にやりと笑みを浮かべる。


「丁度良く、大迷宮に入ったところでケルピーが捕まえられたんですよ」


「そりゃ運がいい。お前と契約できた、俺もな」


「とりあえず、確認してください」


「おう」


 カルロスが立ち上がり、ソラの連れたケルピーの全身を確認する。

 ソラは今のところ、カルロスと売買契約を結んでいる。魔物売りが一つの職業になっているとはいえ、結局のところ買う者がいなければどれほど捕らえたところで意味がない。そのため、ソラは二年ほど前に師からの紹介もあり、カルロスと専属契約を結んでいるのだ。

 東の広場に拮抗するくらいに広い土地に、様々な露店が並んでいる西の広場にも騎魔屋はあるが、そちらには決して売らない。その代わりカルロスは、ソラの連れてきた魔物は必ず買い取る。そういう契約だ。

 ソラにしてみれば、必ず買い取ってくれるカルロスは助かるし、カルロスも安定して騎魔を供給してくれるソラの存在は助かっている。


「うん、いいケルピーだ。これなら金貨一枚半ってとこだな」


「え、そんなに貰っていいんですか?」


「流れならそんなに出さねぇが、お前さんなら信用できる。その代わり、今後も頼むぜ」


「ええ」


 カルロスは金貨袋から、金貨を一枚、小金貨を五枚、ソラへと差し出す。

 白金貨、金貨、小金貨、銀貨、小銀貨、銅貨、小銅貨の順に存在している貨幣の価値は、それぞれ十枚で一枚という形になる。そして最高の白金貨以上の貨幣は存在しない。市井で働く男の月給が、大体銀貨五枚程度だと言えばその価値も分かるだろう。

 ソラは貨幣を懐に入れて、ケルピーの縄をカルロスへと手渡す。

 グリフィン、ケルピーと連続で捕らえることができたことだし、数日くらいは休むかな――そう何気なく、ソラが考えた矢先。


「ちょっと!」


 そう、カルロスの露店――その店先から声が上がった。

 ん、とソラが眉を上げると、そこには腰を手に怒りの表情を浮かべている少女が立っていた。年の頃は、ソラとほぼ同じくらいだろう。ちなみにソラは十六才だ。

 鮮やかな波打つ紅の髪を、背中に流している少女である。髪型に相応してその顔立ちには幼さの残滓があり、しかし十分に整っていると言えるだろう。その目元が、怒りに歪んでいなければ。

 着ている服は、一目見て高級品だと分かるほど整ったもの。こんな場末の露店には、相応しくないほどに。

 そんな少女はカルロスとソラを見て、再び声を上げる。


「どういうことよ! ケルピーが一匹あたり金貨一枚半って!」


「何がだよ、嬢ちゃん」


「あたしには、金貨十枚って言ったじゃない! ぼったくりよ!」


「当たり前だろうが」


 カルロスはうんざりした表情で、大きく溜息を吐く。

 騎魔屋には当然、騎魔を求めて客が来る。そんな客に対して、懐に見合った騎魔を売るのがカルロスの仕事だ。

 だが、当然ながら商売であるため、カルロスも慈善的な値付けはしていない。そもそも手に入れるのが難しい騎魔であるからこそ、相応の値段になるのだ。


「あの兄ちゃんは、捕まえた騎魔をうちに持ってくるだけだ。その金額が金貨一枚半なんだよ」


「だったら、あたしにも金貨一枚半で売りなさいよ!」


「てめぇ馬鹿か? あの兄ちゃんから買ったケルピーも、すぐに売り物になるわけじゃねぇ。調教して、きっちり騎魔にするにはまだ金がかかる。んで、騎魔をうちで預かっている間の餌代はうちが持つ。仮に逃げ出したら、その分が損金になる。嬢ちゃん、その辺の理屈が分かんねぇのか?」


「うっ……!」


 カルロスの理路整然とした言葉に対して、少女が僅かに身じろぐ。

 事実、カルロスの言うことは間違っていない。騎魔というのは一匹一匹が高価な分、その費用もかかる。買い取った魔物が運んだ先で暴れて逃げ出して処分された、なんて話も枚挙に暇がない。その場合、買い取った金は無駄になってしまうし、暴れて逃げ出したから金を返せ、なんて魔物売りに言うわけにもいかない。それは全て、カルロスの損金となってしまう。

 結果的に、騎魔は高級品になってしまうのだ。場合によっては、原価の十数倍にもなるほど。

 そう考えれば、カルロスの値付けはまだ良心的な方だろう。


「だ、だったら、そのケルピーでいいから売りなさいよ! 金貨一枚半でしょ!」


「調教もしてねぇ魔物が、お前に従うと思ってんのかよ。今は沈静の香でおとなしくなってるだけで、効果が切れたらお前を食うぞ」


「で、でもっ……!」


「だから言ってんだろうが。予算がねぇなら、安いのを見繕ってやる。だが、金貨一枚半で買える騎魔は、うちには置いてねぇ。よそに行っても見つかんねぇだろうよ」


「うぅ……」


 カルロスの言葉に、少女が顔を伏せる。

 ソラはそんな少女の様子を見ながら、ただ溜息を吐いた。こういう輩は、どこにでもいるものだな、と。

 服装も高級そうであるし、恐らく良家の生まれなのだろう。金貨一枚半といえば、庶民からすれば大金だ。少なくとも、それだけの金額を出せるというのだから。


「だ、だったらっ!」


 きっ、と少女はその吊り上がった目で、ソラを睨み付けて。


「魔物売り! あたしに騎魔を売りなさい! あたしに従う騎魔を!」


「……え?」


 そして。

 そんな少女の叫ぶような言葉に、ソラはただ呆然とするしかなかった。

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