死人語り
南雲ぜんいち
第1話「家」
暴力が渦巻く家庭に生まれた。
優しい母は身を
そんな私の救いは母が歌ってくれる子守歌や、楽しいおとぎ話。その時だけは傷の痛みも忘れることができた。
ある日の晩、母の帰りが遅く、父と私は二人きりに。父は酒を飲んで既に
酒癖の悪い父は酔うと暴れることが多い。だから私は父の機嫌を損ねないよう、部屋の隅で小さく縮こまっていた。音を立てると父の機嫌が悪くなり、暴力を振るわれるからだ。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか突然、父は私に対し口を開いた。
「風呂に入れ」
突然の父の言葉に私は驚く。日頃は父が当然のように1番に入り、私たちは冷めた湯に浸かっていたからだ。
驚きながらも私は、父の気が変わって激高するのが怖くて言われたとおり先に入ることにした。
久し振りの温かいお湯は私の心を緩ませた。
恐らく私は、お湯の温もりに落ち着き……そして油断をしていた。
父が何を考えて私にそんな命令をしたのか。そこに頭が回っていなかったんだ。
そんな時、浴室の扉が突然バンッ!と大きな音を立て開かられる。
驚いた私は扉の方向に目を向け……絶句した。
思わず目を向けたその先にいたのは、裸の父。
私はその日────犯された。
どれだけゆすいでも取れないドロッとした感触。抵抗しても殴られ、痛みで叫ぶと殴られ、私は勝手に揺れる自分の体に吐き気を
ただただ異物が入ってくる痛みと、その感触に耐えながら拳を握りしめる。
握りしめた指の力が強かったせいか、自分の爪が手の平に食い込み、突き刺さり、血がタラーと流れていく………………。
どれぐらい、時間が経ったのだろうか。
父は事を終えると浴室からいなくなり、気がつくとお湯は冷たくなっていた。
指先が震える。爪で自分を引っ
その日から寝ても覚めても頭の芯にへばりついた悪夢にうなされながら1週間が経った頃、私は誕生日を迎えた。
誕生日当日、母はケーキを取りに行っていた。
あの日いなかったのは、チョコレートに私の名前を入れたケーキを店で予約していたからだろう。
私はあの日以降、母の目を盗んでは犯されていた。
夢にも出てくる悪夢は暴力以上に私を
もうあの日のように抵抗はしない。痛いことをされるのは嫌だ。抵抗しなければすぐ終わる。
ただ掻き傷が増えるだけ。
その日も私は寝そべって、父に体を揺らされる。軽く首を絞められ、腹も殴られたが、もう慣れた。
しかし、その日は少し様子がおかしかった。
いつもなら何度も何度も動く父が突然止まった。覆いかぶさっていた父はそのまま体勢を崩し、私を押し潰すように倒れる。
「パパ……?」
父はぐったりとして動かない。
私はしばらくして、上に乗っかったその重い体をなんとか押しのけて脱出。はぁはぁと息を切らしながら、そのままふと目線を上に向けると、そこには──母がいた。
いつも優しく私に微笑んでくれる母。
私以上に殴られても弱音をはかない母。
そんな母は、手元に何故かナイフを持っていた。
赤いものがポタポタ……と刃先から落ちている。
赤い何かが母に飛び散るように付いている。
「ごめんね……」
謝る母は私にいつもの笑顔を見せてくれた。
吹き出る血はとても暖かい、でもお母さんの体は冷たくなっていく。
なんだか眠くなってきた……きっと温かいご飯とお母さんの笑顔が起きたら迎えてくれる。
お父さんも機嫌が良くて嫌なことをしない。みんなが笑顔で揃って「いただきます」って────。
その後、私は児童養護施設に入って新しい家族と暮らした。そこは殴られることもなく、音を立てても怒鳴られない。物も飛んでこないし、何より体が痒くない。それがとても嬉しかった。
でも、お母さんが消えて寂しかった。
そんな私は高校を卒業を機に上京し、資格の勉強をしながら働いた。学のない私だったが努力が実を結び、資格の取得を足がかりに転職。それなりの会社に入社した。
そこで知り合ったのが今の旦那だ。
それから月日が経ち、私は子宝に恵まれて『
そんな幸せな日々が続いていたある日、旦那が死んだ。
原因は窒息死。
大切な人を、家族をなんで私が殺さないといけないんだ。ふざけるな。
自身の愛する人が奪われ、怒りと悲しみで正直おかしくなりそうだった。でも、私がへこたれている暇はない。私はあの子を守るんだ。
捜査は難航し、警察は結局事件から手を引いてしまった。それからの私はシングルマザーとして空を育てるため、懸命に働いていた。
夫を殺した犯人も気になるが、とにかく食い
それから月日が経ち、生活に慣れてきた私たちは貧しいながらも平穏な日常を過ごしていた。
「おやすみ」
そろそろ高校生になるのに私にべったりな娘。寝るときも同じ布団で寝ている。
教育としてコレが正しいのかは分からない。でも、子供に好かれているのは正直嬉しい。
そんな子煩悩な事を考えながら寝入った晩。
私は体の異変に気が付き、目を覚ました────正確には、目だけが開いた。
そこには私に覆い被さった半透明な女がいた。
体が一切動かない。
その女は恨みでも晴らすかのように私の喉元を締め上げ、訳の分からないことを叫んでいる。
叫んでいるが声は出ていない。口がパクパク動いていたのでそう見えたが聞こえはしない。
ギューーーーッと強くなっていく力に抗えず、私は苦しみながら息が切れた。
そうか、コイツが夫を………………。
私は死に際、隣で寝ていた娘を見ようと目を横に動かした。子供は小さい時が可愛いと言うが、今も可愛い。きっとこれから成長して、結婚して、おばあちゃんになっても可愛いだろう。
もっと、『お母さん』って呼ばれたかった。もっと『おはよう』や『おやすみ』って言いたかった。
一緒に生きていたかったな。そんな事を考えながら事切れた私を見て、半透明の女は離れていき────娘の方に移動した。
「は?」
おい待て、その子は私の宝物。汚い手で
待て待て待て待て待て待て待て待て待て!
「殺す」
私の命なんてどうでもいい。私はどうせ生きる価値のない人間。
でも、そんな私に生きる希望をくれた人を奪い、あまつさえ生きる意味をくれたその子に手をかけると言うのなら──────私がお前を殺してやる。
私自身がたとえ、お前と同じになってでも。
窒息した私は気が付くと、クソ女の後ろに立っていた。「うぅ……」と呻き声が聞こえる。
顔がうっ血し、苦しそうにする娘を見た私は死人だというのに頭に血が上った。
「その手を
私は怒りに身を任せて腕を握った。
掴めた。本当に私はコイツと同じになったんだ。でも、そんなことどうでもいい。
今はただ、コイツを殺す。
私は娘に触れている手を引き剥がし、思いっきり押し飛ばした。そして今度は私が奴に覆いかぶさって首を締め上げる。万力のような力で首元を握り締めた。
すると奴は苦しそうに
この場の状況とは似つかわしくない。しかし、心の底からの言葉だと、私はその姿を見て理解した。
「ごめんね…………」
首を締められ涙を流すこの女は、私の母だった。
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