第23話 #22
「昔もさ、オレのミスのせいでチームのムードが悪くなって全国大会、あと一歩のところで届かなかっただろ。普段は強気な気持ちでいることを心がけてんだけど、やっぱりオレは土壇場に弱いんだよな……」
高校最後のバスケ県大会。僕らは第4Qの残り2分で8点差をつけて勝っていた。このまま進めば3分後には史上初の優勝、そして全国大会出場を掴むことが出来た。その一瞬の気の緩みが魔物を呼び、ダイキのパスミスが3Pプレーに繋がり5点差に。勢いづいた相手に僕らの動揺は隠せず主導権はあっという間に入れ替わり、じりじりと点差が縮んでいった。そして最後のプレー、最後のブザーが鳴る瞬間に相手の3Pシュートがゴールに吸い込まれていった。ブザービーターで試合が決まり、僕らは高校生活最後の涙をそこで出し切ったのようにその場で泣き崩れた。今でも鮮明に思い出せるけれど、改めて思い返すとすでに10年くらいが経っている。ある意味トラウマのその出来事をダイキも抱えているようだった。
「あの試合はさ、お互いのチームがベストを尽くしたんだ。だから誰のせいで負けたとかそういうのじゃない。むしろ、ダイキがいなかったらおれたちはあの場まで行けてない。絶対に」
「今でも夢に見るんだよ。あの時の瞬間が。どれだけ状況が良くても天国と地獄は紙一重。表裏一体だ」
はははと力無く笑うダイキの掠れた声。まるでダイキと再会する前の死にかけていた当時の僕がそこにいるように見えた。ダイキは顔を伏せてうずくまる。そして眠ったかのように静かになった。店内のエアコンの音が異様に大きく聞こえる。僕はそんなダイキをじっと見つめた。そして、僕は決めた。
「3年くらい前にさ、ダイキと久々に会った時のおれみたいにどんよりしてるよ。今のダイキ。何が起こるか分からない未来を怖がっていたら何もすること出来ないよ」
僕の言葉はダイキの耳に届いているのだろうか。視線を床に向けたままダイキは石のように固まっている。僕はそれでもダイキに言葉を届けるべきだと直感的に思った。
「あの日、ダイキが誘ってくれたからあのスナックに行けてチハルさんとも出会えた。ダイキもハルカさんに出会えた。おれはあの日からダイキに感謝してるんだ。あと、今のダイキに一番言いたいことがある」
床を向いていたダイキの視線が少しずつ上の方へ向き、じっと僕の視線とぶつかるように目が合った。
「行動することがいちばん大事だって。つまり、何事も自分から動き出さなきゃ始まらないってことだよ。逆に言えば、今ダイキが動いたら物事は大きく動くと思うよ」
ゆっくりとダイキが顔を上げて僕の方を向いた。弱々しかった表情から少しずついつもの強気な表情へと変わっていく。
「ハルカさんもダイキのこと大好きだろうし、とても大切にしてると思うよ。大丈夫。ダイキは当たっても砕けない。もちろん良い意味でね」
「カケル! お前、オレを励ましてくれる天才だな!」
「それは勘違いしてるかな。本当に思ったことを言っただけだし」
「ハハ! 素直じゃねえな! 相変わらず! けど、ありがとうな! おかげで元気出たわ!」
「それは良かったよ」
「オレの背中を押してくれた礼に今日は奢らせてもらうわ!」
「お、ホントに? サンキュー」
「サンキューはこっちのセリフだよ! あと、カケル! もうひとつ」
「ん? 何?」
「オレもオレで頑張るからさ、お前も頑張れよ! チハルと」
ダイキはニシシと笑いながら僕の髪をくしゃくしゃと力強く撫でた。その笑顔が今日見たダイキの表情のなかで一番良い表情をしていた。
「ありがとう。うん、おれもおれなりに頑張るよ」
「お前とチハルは絶対に一緒になれる! オレが保証する!」
「フフ、それは頼もしいや」
僕らはそれから10分ほど話をしてから会計を済ませてファミレスを出た。ダイキの車が豪快なエンジン音を立てながら走り去っていった。僕は車の中でひと息ついてからスマホのロックを解除した。午前2時45分。久々にこんな時間まで話し込んだな。最近は忙しかったから夜もすぐに眠っていた。とっくに日を跨いでいるけれど、今日は運良く休みだったので家に帰ったら思いっきり寝ようと意気込んでエンジンをつけた。
「人には人の世界がある。僕が見ている世界。チハルさんが見る世界。ダイキが見ている世界。ハルカさんの見る世界」
不意に出た独り言。どうして今の言葉を呟いたのかは自分でも分からない。ただ、当然だけれど人生は自分の、自分たちの思い通りにいかない。予想外の出来事が起こる可能性の方が圧倒的に高いと思っている。それでも僕は辛いあの時期を乗り越えて今を生きている。当然ダイキも自分を追い込んで努力して今のダイキがいる。もちろんチハルさんもハルカさんも。何事も挑む気持ちが大切なんだ。臆していたならそこで何もかもが止まる。これからの自分に理想像があるのなら行動をするしかない。だから僕はダイキを本気で応援している。そして、今現在の僕自身にもそのことを言い聞かせて今日は目を閉じた。
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