第4話 願い事を聞こう

 自分の住むアパートへ着いた上木。仮にも大手広告代理店勤務の身だ。給料は少ない訳じゃないが、不必要に広いアパートに住む気はない。上木のような独り身が暮らすには、狭いくらいのアパートで十分なのだ。


 自分の部屋へ入った上木。通勤用リュックは適当に床に置き、着替えることを優先させる。手洗いして、部屋着に着替えた上木。この後は、夕食。そして、風呂。

 さっきの本は、後回しでも構わないだろう。事実、あの後に幻聴は無いのだ。



                  ※※※※※



 酒は好きだが、翌日が休みではない限り、基本的にいえみはしない主義の上木。

 夕飯、風呂の順番で、いつものルーティンをこなす。ベッドの前には、小さなテーブル。古風な言い方をすれば、か。


 ここにきて、ようやく通勤用リュックを持ってきた上木。

 中を開けると、くだんの本があった。どうやら、これはではないようだ。先ほどは夜の屋外だった。だが、こうして部屋のあかりのもとで見ると、改めて値打ちのありそうな本だと感じる。

 繁々しげしげと本を眺めた上木は、また本を開いてみる。


 やはり、本には何も書かれていない。改めて、隅々まで確認するが、何の記載も無い。それを確認した上で、上木は本に話し掛けてみた。

「僕の願い事を叶えてくれるのか?」

『勿論』と、真っ白なページに字が浮かび上がる。

 それをみて思わず唸る上木。どうやら、幻覚ではないようだ。イタズラや、ドッキリの類にしては、余りにもが使われている。こんな技術があるなら、もっとマシな使い方があるだろうに。


「魔法の本か・・・」

 上木が呟くように言うと、本に次の文章が現れる。

われは、九つの騎士の書なり』

「九つの騎士の書?それがキミの名前?」

『九つの騎士の書、第三の書なり』

「第三?他にも本はあるの?」

『我を含めて、全てで9冊』

「ふうん・・・」

 まるでチャットでもしているかのような気分になってきた上木。


なんじの願いを叶えん。願いを述べよ』と、本は上木に促すように、次の文章を浮かび上がらせる。

「願い事ね」

 上木は、食事と風呂の最中さいちゅうに考えていた。どんな願い事が叶うかわからないが、


「じゃあ、僕の願い事を言うよ。『数字を操る力』が欲しい。これで、いい?」

 上木がそう言うと、『承知した』との文章が浮かび上がる。

 しかし、何も起きない。何か使になったような気分とか、何もしない。

 真っ白なページに次の文章が浮かび上がる。


上木かみき将与しょうよと契約し、貴殿をあるじとして仕える。これよりわれなり』

 どうやら、これで正常に契約が済んだ。らしいが、あまりにも静かというか、何も起きなさすぎて実感が湧かない上木。

「これでおしまい?」

『契約完了。数字の願いを述べよ』

「数字の願いとな?」

 何か頓智とんちみたいだな。そう思う上木。

 なら、手っ取り早く確かめる方法はある。それを実行するは明日にしよう。そう思った上木は、とのチャットを終えて就寝することにした。



                   ※※※※※



 翌朝、いつものように出勤した上木。

 いつもと変わらない一日の始まりのはずなのだが、心なしかスッキリした気分だった。

 上木は本の能力魔法を試すため、午後になるのを待った。


 昼食を駅の立ち食いそばで済ませた上木。彼は駅のベンチでを取り出す。今朝までにわかったことが一つある。それは、本を召喚するような形で持ち運びができること。念じれば、何時でも、どこでも本を召喚できる。これは持ち運びに便利だし、紛失の心配がない。


 この駅には改札の側に宝くじ売り場があった。ベンチに座り、仕事用の鞄から本を取り出すような仕草をして、を取り出す上木。


 上木はが、本当に魔法の本なのか確かめるため、宝くじを買うことにした。

 それが『ワンコイン宝くじ』だ。紙のカード型宝くじで、硬貨コインで銀色の塗装部を削る。削って、そこに出てきた絵柄で、当たりや当選金額が変わってくる。これが『ワンコイン宝くじ』の由来である。

 ワンコイン宝くじには3種類ある。1枚百円で買える『ワンコイン・キング』。1枚五百円で買える『ワンコイン・クイーン』。そして、1枚千円で買える『ワンコイン・帝国エンパイア』。


 各ワンコイン宝くじは、10枚一セットで販売されている。

 ワンコイン宝くじは、4つの同じ絵柄が揃えば当たり。くじの種類と、絵柄によって当選金額が異なる。

 例えば、『ワンコイン・キング』は、一等が50万円。二等が10万円、三等が3万円、四等が1万円、五等が3000円。

 そのワンランク上の、『ワンコイン・クイーン』は、一等が200万円、二等が50万円、三等が10万円、四等が5万円、五等が1万円。

 そして、最高ランクが、『ワンコイン・帝国エンパイア』。一等が5000万円、二等が1000万円、三等が500万円、四等が100万円、五等が50万円だ。


 お試しなので、上木は『ワンコイン・クイーン』を買うことにする。その上で、本を読む振りをしながら、に向かって念じる。

『ワンコイン・クイーンで、200を当てたい』

 これでいいのだろうかと半信半疑だった上木。すると、真っ白なページには文字が浮かび上がる。

『目の前の宝くじ売り場でワンコイン・クイーンをワンセット購入せよ。そこに一等あり』

 それを読んだ上木は本を閉じる。そして、仕事用の鞄に、数字の書を戻すフリをしながら、本を消す。


 言われるがまま宝くじ売り場へ向かった上木。

「すいません。『ワンコイン・クイーン』をワンセット下さい」

 ワンコイン・クイーンは、1枚五百円なので、ワンセットで五千円。決して安い買い物ではない。

「はーい。お待ちくださいね」

 宝くじ売り場の女性従業員がワンコイン・クイーンを用意する。

「五千円になります」と、売り場の女性。

「はい」

 少しドキドキしながら五千円札を1枚差し出す上木。

「はい。ちょうど頂きます」

 そう言って五千円札と引き換えに、ワンコイン・クイーンの入った袋が上木に渡された。

「ありがとうございました」

 売り場の女性従業員の声を聞いた後、上木はワンコイン・クイーンの袋をスーツの内ポケットに入れた。その上で、彼は駅近くの喫茶店に向かう。

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