第50話 ブレる私、ブレない彼女
宿に帰った。
初めて自分の手で人を殺し、眠れなくなったゲルダを抱いて、一緒の毛布にくるまった。
1年前の話を聞いた。
ゲルダはマツクロ領の南東にあるイサン村の出身。1年前は両親、妹夫婦、ゲルダと夫が同じ敷地内に家を作って暮らしていた。
イサン村の近くでマツクロ子爵の三男が狩りをしていたとき、ゲルダの妹を見初めた。そして口説こうとした。
すでに結婚し、子をなしていた妹は断ったが、三男が食い下がり村の人間と一触即発の状態になった。
そのときゲルダは、国で1つだけ冒険者ギルドがあるサルスの街に依頼で出掛けていた。
移動速度を買われて、稼ぎがいい仕事をしていたそうだ。
「いつものように、みんなにお土産持って村に近づいたら、柵が燃え尽きてた。村に入ったら、みんな1ヵ所で殺されてた」
「1ヵ所?」
「村の集会所に集められて殺されたみたい」
「・・」
「間違いであってと思ったけど、両親、妹夫婦、姪っ子、私の夫のトム、みんなが見つかった。特に妹の遺体がひどかった・・」
「・・」
「盗賊かと思い、隣の村に行って聞いたらマツクロ子爵、三男、四男、五男が村に難癖をつけて「正規軍」を率いて村に攻め込んだって話だった」
「それから1年も待ったんだ」
「1人でダンジョンに入ったりしたけど、子爵家の戦闘集団に立ち向かえるほど強くなれなかった。闇討ちで1人だけでも倒そうと考えてたとき、サーシャを見つけた」
「ごめん、結果的にそんなゲルダの気持ちを利用した」
「いえ、復讐の手助けをしてくれるサーシャには感謝してる。私こそ、あなたを利用してるから謝らないでよ」
ゲルダは打つ手がなければ、子爵を殺しに行って死ぬ気だった。
そんなゲルダだから、悪魔の提案に二つ返事で乗った。
なのに「悪魔」の私の方がブレブレなのだ。
「ねえゲルダ、新たな提案よ。神器持ちが来ると、私も危険。勝っても怪我を負って捕まる可能性が高い。だからタイミングをずらしたいの。神器持ちが子爵領から離れるまで、あなたは私とダンジョンでレベル上げしない?」
「そっか・・。神器持ちが1人で来て、私を殺してハイさよならはないよね。他の戦闘員も来るよね。ごめん、サーシャの退路のことまで考えてなかった」
「それに、レベリングのことなら私のスキルでなんとかなるわ」
運命共同体? いや、ただゲルダを死なせたくない。だから沼の「経験値10倍効果」を使って強化しよう。
メロンやカリナのときと同じだが、これしか引き出しがない。
◆◆
ゲルダの調べで、やって来たのは東に5日間高速移動したサヤマナ特級ダンジョン。
洞窟型にしては通路が広めの10メートル。全80階。制覇記録は43年前、S級冒険者13人によるものが最後だ。
「なるほど。普通なら止めるけど、サーシャのスキルを見たらサヤマナで正解そうだね」
大型の草食系キメラが中心で、上層でも魔鉄並、下層ならミスリル並みの硬度を持つ体が厄介と言われている。
攻撃は物理一本。
だから、このダンジョンを選んだ。私には飛行系の敵がいる初級ダンジョンより、敵が地面を走る特級ダンジョンの方が攻略しやすいのだ。
「けどサーシャ、サーシャはここで戦えるけど、私じゃ太刀打ちできないよ」
「大丈夫、これ使って」
「拾った」収納指輪を漁って、ようやく見付けたのは「水切りの暴刃」。
「わお、S級武器を貸してくれるんだ」
「私のスキルは「沼」。それが人食い水魔法の正体。獲物をとらえて沈むまでにタイムラグがあるから、沈み切るまでに攻撃して」
「ふ~ん、「沼」にサーシャが高レベルになった秘密があるんだ。いくつくらいか聞いていい?」
「最後に計ったときは129だった。そっから単独で特級ダンジョンの69階まで降りたから、レベル140前後だと思う」
「へえ!何十年かかったら、そんなに上がるの」
「1年前にスキルを得る前はレベル4だったわ」
「嘘でしょ。そんなの聞いたことがない」
「ふふふ。ユニークスキルの恩恵は、レベルの上がり方にあるの。ゲルダはレベル24でしょ。1ヶ月で最低でも60までは上げるつもり」
「私までレベルが上がる秘密があるんだ。じゃあ、私は「沼」に落ちないように気を付けながら獲物にダメージ与えるんだね」
こんな話が普通にできる。やっぱりゲルダといるのは楽だ。
◆◆◆
「ねえ、半日で10階まで来たよ」
「さすがにここからはスピードも鈍るよ」
「いや、問題はそこじゃない。特級ダンジョンの10階なんて最低でもS級冒険者3人が10日かけて来るって言われてる。なのに私はC級、あなたがB級だよ」
「もう特級も3ヵ所目だから慣れちゃった。さ、フロアボスだよ」
ゴゴゴゴゴ。
「角ウサギの顔に猪の体。体長3メートルくらいか。ガードもそれの小型。これもサーシャにかかれば・・」
「80センチ沼、80センチ泥団子同時発動」
ぽちょん、ぺちょっ。
しゅるるる。どぽっ。
「きゅ?」
「ほい、泥団子」
ぺちゃっ。
「ぎぎぎきぃ!」
沼を足元に出し、泥団子を頭に投げた。
「ゲルダ、ボスがちぎれる前に攻撃」
「あっはい。「暴刃の水弾」」
しゅりゅりゅ。ガスッ。
「ぎゅぶぎゅぎゅ・・」
ぶちぶちぶちっ、とっぷん、とっぷん。
沼と泥団子で下と上から同時に引っ張る倒し方。空飛ぶ亀の時に思い付いた。一体しか対応できなくて素材がダメになるけど、反撃させず獲物を倒せる。
レベル24のゲルダを推奨レベル100以上のダンジョンに連れてきた責任がある。
「さて、10階の転移装置からひとまず帰ろうか。近くに村があったし、テント張らせてもらおう」
1階に転移して、ゲルダから待ったがかかった。
「待ってサーシャ」
「どうしたの、ゲルダ」
「あの角を左に300メートル行って右に曲がると出口でしょ。左に曲がって40メートルの地点に18人いる」
「転移装置使いたいのかな」
「う~ん、なんだか殺気が溢れだしてる。恐らく追っ手?」
「ここは私が戦う。ゲルダはフルプレートアーマーとミスリルの大盾で防御固めて」
「お言葉に甘えるわ」
久々に私が表に立って戦うことにした。
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