第2話 神器発動せよ
私はスコップを高く掲げた。
「私の祈りに応えて。神器スコップ発動!」
「なにっ」
「ふせろっ」
「・・・・」
使い古したスコップは、やっぱりスコップだった。
「恥ずかしいじゃんよ。ちくしょ!」
か~ん。投げたスコップは兵士の鎧に当たって、先が欠けた。
「ヤバい、ヤバい。空間収納に女神が何か入れてないの?」
スコップ2本、銅のナイフ1本。投石用の石3個。今朝確認したのと、何も変わらない。
残念です。
「捕らえろ。サーシャだったな。薄汚れているが、若い女だ。裸に剥いて、好きに尋問していいぞ」
くそっ、ヤられた上に殺される。
盗賊に捕まるより最低じゃないか。なんだよ、この泥沼にはまったような最悪の展開。
まるで泥沼・・
そうだ鑑定士が言ってた「水溜まり」を作るスキル。
新しいスキル。
私は、このスキルの本当の名前を知っている。
「沼」だ。
「観念したか」
「するか!」
これでダメでも死ぬまで抵抗してやる。
「沼・・発動」ピピピ
ピピピピピピ・・
「沼」レベル1
ゆらゆらゆら。腰くらいのとこに黒い円が浮かんだ。
そいつが落ちて、水が跳ねる音がした。
ぽっちょん。
接見の間に敷いてある大理石の上、漆黒の丸い円が私の足元に出来上がった。
直径80センチ。
なぜか、正確な大きさが分かる。
ゆらゆら、ゆらゆら。
私は、手を伸ばした。
「足元に、水溜まりができてるよ。鑑定士が言ってた通りだ」
「ギャハハ、この人数を相手に、なに出してんだ」
「うっかり踏んだら、足を濡らされるぞ~」
兵士Aが私に接近。沼を右に避けようとした。私は同じ方向に手を動かした。
その前に、沼も猛スピードで動いてた。
とぷんっ。
ずぶっと、兵士Aの片足がいきなり膝まで床に沈む。
ただ、大理石に黒い水溜まり。なのに大きく沈んだ。
「ぐわっ。何が起こった?」
「お、お前、なんで大理石に沈んでんだ」
驚愕の表現を兵士Bが見せた。
私も同じような顔になっていたと思う。
「なんだ、うらああ!」ぬぽっ。
パニクった兵士Aが沼を叩くと、今度は両腕が黒い水溜まりに沈んだ。
「助けろ、おい女!」
声で正気に帰った私は、「沼」の使い方を理解していた。
「強姦して殺そうとした相手に命乞い?あんたで二人目だよ」
顔面を踏んだ。どんどん沈んで、やがて兵士Aが床に飲み込まれた。
最後に音がした。とっぷん・・
蹴るときに沼の端を踏んだけど、私は沈まなかった。
呆気に取られてる兵士たち。
ここがチャンス。というより、今を逃したら殺される。
私を殺す指示を出した、兵士長の足元に沼を移動した。
「うわっ沈む。おい、誰がその女を殺せ」
「はい、お待ちください」
不味い。
剣を抜いた兵士Bの足元に、沼を移動させようとした。
沼には兵士長を捕まえたまんまだ。
破れかぶれで意識すると、嬉しい現象が起きた。
「うわああああ!」
ばきっ。「ぐえっ」
なんと兵士長の両足をとらえたまんま、沼は兵士Bのとこに高速で移動して、二人は激突した。
沼は、うつ伏せに倒れた兵士Bの顔面の下に移動していた。
とぷん、と音がして、兵士Bの首を吸い込んだ。
兵士Bは生きている。足がバタバタと動き、兵士長を激しく蹴るった。
「やめろ、いでっ、でっ」
わずか80センチの穴に大人二人がはまって、片方が暴れている。
ぐったりした兵士長は沈みかけ。だけど、相手は待っていない。
それは、私も同じだ。
走りながら、右手を目まぐるしく動かし、どんどん沼を兵士の足元に移動させた。
「うわあ!」
「離せ!」
「謝るから、助けてくれぇぇ」
「ひいゃああ」
体の一部を沼に引っ掛けられたら、たとえつま先であっても逃げられない。
悲鳴を上げる兵士の塊を容赦なく左右に振りまくった。
重さも感じない。軽快に沼が動く。ゴンゴンゴン!
一度に捕まえられるのは4人が限界。だけど、回転しながら沼を移動させると、鎧を着た大男の塊は最高の武器。
私を捕まえて犯す気だった。舐めきってて、反応が遅れたのもラッキーだった。
一人が沈むのに15秒。
空いたスペースで次の獲物を引っ掻ける。
最後は私を殺す気だった、こいつら。
容赦なし。
「沼兵士ハンマー」で動かないやつにも追い討ちをかけた。
2人の兵士が反撃をあきらめ、貴族が去った方の扉に逃げた。
そいつらに向かって沼を走らせた。
ピタ。止まった瞬間、「沼」射程距離は10メートルと知った。
「うげ、ぐげ」
眼前では、わずか80センチの穴に5人の人間が吸い込まれている。
骨が圧搾される音、苦悶の声が同時に聞こえてくる。
ピピピ沼レベル2ピピ
ピピ沼レベル3ピピ
目の前の残忍な光景はあっという間に終わった。
そして、いきなり沼のレベルが3まで上昇。
私自身が冒険者を3年やってレベル4。空間収納もやっと、お弁当入れ程度に育った。
なにかに負けた気分だ。
なんて、呑気なことばかり考えていられない。
脱出だ。
この国の上層部は召喚者に嘘をついた。
この世の先端をいく善政国家・魔国の魔王様を敵と言った。
悪どい奴らだ。
私もうっかり、拠点と本名を名乗った。
同じ世界から召喚されてしまった上、神器をもらえなかったイレギュラーな存在。
生き残るためには、ただ逃げるだけではいけない。
それくらい、私にだって分かる。
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