第8話とにかく宣伝も忘れない

 明けて、さらに翌日。

 洗面台で歯を磨く。

 鏡にはボサボサ頭のチビが映っている。

 俺だ。

 ぼうっと歯を磨いていると、昨日の盗賊団の件が思い起こされた。

 あの後、事務手続きやら諸々があって疲れた。

 というか、こんなに連日体を動かしたのも久しぶりなので、疲れが取れない。

 今日くらい、一日寝ていたい。

 朝のミーティングの時にでもエールに言おう。

 なんて考えつつ、歯を磨いていたら、そのエールが洗面所へ駆け込んできた。


「ウィンさん!ウィンさん!!

 見てください、これ!!」


 いまだ眠気眼な俺に、エールはずいっと手にしていた新聞を見せつけてきた。

 そこには一面に、昨日の盗賊団退治のことが載っていた。

 俺の事も書かれている。


「記事になったんですよ!

 すごいですよね?!」


「うーん、すごいけど。

 これじゃ、駄目だな」


「……ダメ?」


「クランとして、名前が出てない。

 上げたいのは俺の名前じゃなくて、このクランの名前だから」


「で、でもでも!

 一歩前進ですよ!」


「ま、たしかにそうなんだけど」


 あくまで俺個人として依頼を受けたのが原因だろう。

 どうせなら、盗賊団の首領にクラン名を名乗っておけば良かった。


「嬉しくないんですか??

 新聞に出たのに」


「いや、さすがに連日動いて疲れたから、反応鈍いんさ」


「あー、だからそんなにテンションが低いんですね」


「そーそー、だから今日は冒険者稼業は休みたい。

 そんで丸一日寝てたい」


 まぁ、まともに働いたの昨日が初めてだったけど。

 思いもよらぬところで臨時収入があったので、今日くらい休んでも大丈夫だ。

 ちなみに、臨時収入の内容は盗賊退治した謝礼である。


「お休みは別にいいんですけど。

 ウィンさん、今日中に銀行口座作りに行くって言ってませんでしたっけ?」


 あ、そういやそうだった。

 さすがに金貨千枚を持ち帰ることは出来なかったので、一時的に冒険者ギルドに預かってもらってるんだった。

 あと、冒険者ギルドだと銀行の出張所こそあるものの口座開設に時間が掛かるらしい。

 本店に言って手続きしてもらった方が早い、と出張所の人に教えてもらったのだ。


「あー、すっかり忘れてた。

 でも、めんどい。

 また今度にしよう」


「あ、それ、ズルズルとずっとやらないやつですよ!」


「バレたか」


 疲れていると、何もかもがめんどくさくなるのだ。



 身支度を整えて、朝のミーティングを始める。

 昨日の活動内容とか、そういうのを改めて確認して記録をつけた。

 そして、これからはクランとして依頼を受けることになった。

 個人として受けるのとなにが違うのか、というと、クランとして受ければ後はその依頼内容にあったランクの所属冒険者へ仕事を割り振れるというだけらしい。

 あと、個人ではなくクランとしての知名度が上がりやすくなるとか。


「あ、そういえばウィンさんの冒険者ランクが上がりますよ!」


「そうなの?」


「昨日の手続きの時に受付さんが言ってたじゃないですか!」


「そうだっけ?」


 書類のチェックとサインだけなのに、疲れからくる眠気もあって完全に聴き逃していた。


「そうなんです!」


「で、どのランクになるの?

 一気に上がってCランクとか?」


 俺が聞いた時だった。

 玄関の呼び鈴が鳴った。


「誰でしょう?」


 とくに、この時間に来客の予定がなかったからか、エールがクビを傾げて玄関に向かう。

 ミーティングをしていたのはキッチンだ。

 玄関から近い場所だったこともあって、訪問者とエールがなにやら話すのが聞こえてくる。

 そして、程なくしてエールは俺を呼んだ。


「ウィンさん、お客さんですよ!」


 玄関に向かう。

 すると、そこには昨日冒険者と一緒にボコボコにされ、それでも運良く生き残った、あの男の子がいた。

 その横には、老婆。

 どうやら男の子の祖母らしい。

 二人は、改めてお礼に来たらしい。


「怪我を治したのは、エールですよ」


 頭を下げる老婆へ、俺は言った。

 老婆は、村のことも含めて礼を言いに来たらしい。

 律儀だなぁ。

 そして、せめて受け取ってくれと野菜を一輪車に乗せて持ってきた。

 ……待て待て待て、これ持ってこの婆さん村から歩いてきたんか?!

 馬車つかうならまだしも、徒歩だと深夜に出てきたことになる。


「なんでしたらお茶でも飲んで休んでいってください。

 帰りも送りますよ」


 なんて提案してみる。

 ギルドマスターに頼んで、荷馬車を貸してもらおうと思ったのだ。

 しかし、他にも用事があるからと、お茶と送迎を断られてしまった。

 そして、よくよく話を聞いてみたら他の村人と一緒に、馬車で街まで来たらしいことがわかった。

 あ、そうだ。


「また困ったことがあったら、冒険者クラン【神龍の巣シェンロン】へ依頼してください。

 かならず力になりますから」


 宣伝も忘れない。

 こういうことも、コツコツやっていかなきゃなぁ。

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