ひと悶着
式当日。
緊張の面持ちのまま、ミューズはティと共に入場した。
猛獣の出現に明らかなる動揺が会場中に走ったが、事前に手紙にて知らせていたからか、思った以上の騒ぎにはならずに済んだ。
ティはそんな皆の視線を我関せずとばかりに無視し、自分が正式なミューズのパートナーなのだと誇らしげであった。
王族の到着を待ちながら、ティとミューズは軽く食事を摘む。
主役であるはずの二人が、わざわざ一般客とともに入場したのは、事前にティの存在に慣れてもらうためだ。
万が一の為に近くにはチェルシーやマオ、ルドとライカも控えている。
他人がミューズ達に危害を加えないようにとの意味合いと、ティが何かしたらルド達が押さえるという安心感を生む為だ。
ティはもちろんそんな事をしないので形だけではあるが、それでも周囲の者の気持ちを少しでも落ち着かせるという意味合いで必要である。
不必要に近づくものはいないので、周囲と空間が出来、過ごしやすくはあった。
「本当に猛獣ね」
周囲と距離が開いたまま、まったりと過ごしていた中で、急に声をかけられる。
聞き覚えのある声に、ミューズは振り返った。
扇で口元を隠し、見下すようにこちらを見ているのはミューズの義妹のカレンだ。
その隣には元婚約者であるユミルもいる。
(あら? 二人だけなのかしら)
父と義母の姿はない。二人だけの参加なのだろうか、それともどこかにいるのか。
よく見たらカレンのドレスは以前見たことがあるものだ。
資金も満足ではなくなったという事か。
(パーティに出るのもお金が掛かるものね)
本当に二人だけなのかもしれない。
「そんな大きい獣を手懐けるなんて、さすがお義姉さまですわ。ここの空間だけ何故か野性味溢れてますこと」
ほほほっと蔑むように笑うカレンを見て、他人事ではあるが、肝が冷える。
「……おやめなさい。この方は王族の大切なご家族ですよ。それ以上の言葉は慎みなさい」
義妹の言葉を窘め、ユミルに目を移す。出来ればユミルからカレンを諌めて欲しい、ミューズの言葉では反発するだろうと考えたのだ。
金の髪に青い瞳。エリックには劣るものの、王子様然としたスタイルである。
何とかわかってもらいたいというアイコンタクトは通じず、やや疲れ切った瞳で、全く見当違いな言葉を返される。
「君も招待されてたんだね。猛獣のお世話係で忙しくて、こういう場にはもう来ないかと思っていたよ」
彼にとってはミューズがここにいるのが不思議なようだ。
(手紙ではティ様の事が書かれていたわよね。それならば私がここに居ることも何となく予想出来ないかしら?)
ティタンの婚約者の発表はまだされていないのもあるのか、ユミルは思っていたよりも察しの悪い男なのだと今更ながらにミューズは気がついた。
ミューズが着ているドレスの色、そしてティがいるという事で、ミューズの立場が変わるという事に気づきそうなものだが、二人の頭には欠片もそのような想像がないのだろう。
少しでも頭にあったのならば、王家の付き人がこれだけいる中で、ミューズに気軽に話しかけて来るわけ無いかと思い、二人の鈍さに呆れてしまう。
「この前は君に会いに屋敷に行ったのだけれど、会うことも出来ずに追い返されてしまった」
先触れもなく来たあの日のことを語りだす。口振りからも反省はしていなそうだ。
「実は君をあそこから助けだそうとしたんだ。本当に猛獣のお世話係になるなんて、思ってもいなかったからね。たった一人のカレンの姉だ、その後も助けようとしていたら王族に止められて……心配だったよ、監禁されて痩せたのではないか?」
(なんて勝手なことばかりを言うのかしら)
ユミルの発言に驚いてしまう。
ミューズの髪も肌も実家にいた頃より潤っている。
見ればわかりそうだが、この男はミューズの事など見ていなかったのであろう。
事実と異なることばかりを語るこの男の目は、一体何を映しているのだろうか。
「ユミル様……それ以上の発言はお止しになったほうがいいかと。不敬罪に当たる可能性があります。私は監禁などされていないし、あなた達の助けなんて必要としていません。あもう私に関わらないで下さい、あなた達とは縁を切ったのですから」
きっぱりはっきりと断るミューズだが、ユミルは困ったように眉を寄せていた。
「そうはいかない。君がいないと領地が治められないんだ」
あくまでも勝手な言葉にミューズは言葉も出ない。
「奮闘し少しは立て直したのだけれど、君がいないことで今までもらっていた援助が何故か入らなくなってしまってね。そしてお義父上から家督を譲り受けようと王室に申請しに行ったら、お義父上は公爵代理だから、僕は爵位を継げないと言われてしまった」
それはミューズも知り得ないことであった。
(お父様が代理? 公爵位を持っていなかったの?)
家長であり、爵位を持っていると思っていたのだが、実情は違ったようだ。
「代理として今はまだ領地にはいられるそうだけれど、近々別な者が領主になると言われてしまった……それもこれも君が勝手に猛獣のお世話係を志願して、スフォリア家を出ていったから」
まるでミューズの我儘のせいとばかりに、はぁとため息をつかれた。
ミューズは勝手に出て行ってないし、むしろ追い出されたようなものなのに。
「今すぐ戻ってきて僕と婚姻を結んで欲しい。大丈夫、形だけだから。援助金が入り、公爵位を一旦君が引き受けてくれれば問題ないからね。カレンと共に頑張って、スフォリア領を治めていくから」
「そのまま居るのも心苦しいでしょ、仕事も与えてあげるわ。お義姉さまが今まで勉強してきたものが、無駄なく使えるわよ」
二人の言い分に、ミューズは呆れて物も言えない。
そんな搾取されるために戻る人なんて何処にいるのだろうか。
(こんなにも自分勝手で周りが見えなくなってるなんてね……)
これまでの会話は周りも聞いている。たとえミューズが戻ったとしても信用の回復はないだろう。
それまで黙っていたティが、カレンとユミルを威嚇するように唸り、前に出てくる。
ミューズへの数々の暴言や下に見る扱いに耐えかねたのだろう。
「なによこの獣、私達に攻撃しようというの?! 誰か! 誰かすぐ来て!」
必死で人を呼ぶカレンの様子をマオは冷たい目で見ている。
そうして少しすると警護についていた副団長のキールと、騎士二人が駆けつける。
「何かありましたか?」
キールが周囲に素早く目を配り、取り敢えず騒いでいるカレンに声を掛ける。
「この獣が私達に向かって吠えて来るのよ。こわい、今すぐ追い出して!!」
カレンの指差す方を見て、目を細める。
「……ほう」
キールは臆する事なくティに近づいた。
気が立っているとひと目でわかるのにも関わらず、剣から手を離し、そっとたてがみに触れる。
「こちらの獣……実は王族が大事にされている方でしてね。特に王太子であるエリック様が、命より大事にされている…一介の、ただの貴族令嬢と、家族として大事にしている獣。果たして王家は、どちらの味方をするとお思いですか?」
唸りはするが噛みつきはしないと、キールはティは安全な獣だと触れた。
「さて、このように人に危害を加えることのない獣、ティ様が怒るとは、あなた何を言ったのですか? ティ様は人語がわかります。余程の事でない限り怒りなどしません」
「それは……」
自分が言った言葉の中に、この獣を蔑むものが含まれているのを知っているカレンは、口を噤む。
「この女は王族に対する不敬罪にあたる言葉を言ったのです。そしてミューズ様を侮辱し続け、ティ様を怒らせたのです。この二人を貴族牢へ連れて行って欲しいです」
マオは迷うことなくキールに告げ口をする。
「これから婚約の挨拶ですし、雑音は邪魔ですね。早く連れてってほしいのです」
「承知した」
キールは二人の騎士に命じて二人をすぐに拘束した。
「何て事言うのよ、このガキっ!」
カレンはマオに向けて怒りの形相を向ける。
「そもそも私が衛兵を呼んだのよ! 拘束するならあっちだわ!」
マオはもちろん、ルド達も冷めた目で二人が拘束される様子を見ていた。
「ティタン様の従者と護衛騎士、そしてこれから婚約する令嬢を拘束するなんて、この国に仕えている騎士がするはずがないだろう」
キールは抵抗するカレンとユミルを不快げに見下ろし、顔を歪めている。
二人は暴れていたがずるずると引っ張られ、消えていった。
「婚約する様を見せて悔しがらせようかと思ったのですが、思ったよりもうるさく不快だったのです。失礼したのです」
マオがミューズとティに謝罪をする。
ある意味引導を渡せたので、ミューズは特に気にしなかった。
それよりも自分のために、ティが怒ってくれたのを目の当たりに出来て、嬉しい。
「お騒がせしました。ではミューズ様、ゆっくりとそして安心してお過ごし下さい。何かあればまたすぐ駆けつけますので。正式な挨拶には後ほどお伺いします」
あとに残ったキールはミューズに一礼をし、仕事に戻っていく。
やがて、国王夫妻と王太子夫妻、そして第三王子が入場する時間となった。
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