解呪の前に

「これはめでたい!」


 国王は感嘆の声をあげ、王妃は泣いていた。


 呪いにかかり数ヶ月。


 ティタンの婚約が決まり、呪いが間もなく解けるのだ。


「一時はどうなるかと思ったが、本当に安心だ。レナンの言うとおりミューズ嬢はとても素晴らしい」


 エリックに褒められたが、レナンは首を横に振る。


「わたくしではなく、二人が努力したからですわ。優しい二人ならきっとお似合いでしょうし、早く会いたいわ」


「何かお膳立てが必要だな。華やかな、そして生涯の思い出として残るような」


 エリックは自分を庇った弟が呪いを受けるなんてと、深く落ち込んだ。


 それを支えてくれた家族には感謝している。


 ティタンもけして怒ることはなかったし、今でも兄を尊敬してくれている。


 第二王子が療養で伏せっているのは多くの者が知っているが、猛獣になったのを知るのはごく一部の者だけ。


 騎士団長でもあるティタンが不在の中、副団長であるキールが懸命に支えている。


 彼にも早く伝えて安心させたい。






 倒れてしまったティを、ルドとライカが部屋に運んでくれた。


 やや熱っぽい気がして心配になる。


「大丈夫ですか?」


 ミューズが心配そうに覗き込むが、ティは困っているような素振りだ。


『少し休めば大丈夫』


 ティはそれだけ言うと、深呼吸してベッドに横になった。


 (ここまで元気がないなんて、初めてだわ)


 心配になり、ミューズは気が気でない。


「何か飲み物をもらってきます。ゆっくりしていてくださいね」


 ドアの外にはルドとライカがいたので、ルドに一緒に来て貰うようお願いし、連れ立って厨房へ向かう。


 ライカは少しだけドアを開け、主の様子を窺った。


「いかなる姿でもお仕えしようと思っていましたが、ティタン様が幸せそうで何よりです。ずっとお側に仕えさせてくださいね」


 主の幸せを思い、こみ上げてくる涙を拭っていると、マオが現れた。


「マオ! 貴様よくもティタン様で遊んでくれたな!」


 ミューズにティタンが猛獣となっている事を知らせることなく、あのような場で告白めいた本心を聞かせるなんて。


 ティタンが元の姿に戻った時に、ミューズもティタンもどんな思いをすると思っているのか。


(純な二人の事だ、気まずくなるに決まってる)


 ライカは繊細な主達をとても心配していた。


「初心なティタン様の心を弄ぶ女狐め。貴様も貴様の兄と同類で、人の心がないのか」


「ふふ、そんな僕らを重宝してくださっているのはエリック様やティタン様です。これでも二人にはとても感謝してるですよ」


 大きな声を出すとミューズ様に聞かれるですよと、ライカは諌められる。


 渋々怒りを収め、ミューズがいない内に、廊下でこそこそと話を始めた。


 このような喧嘩をしに、マオが来のではない、大事な話があるからだ。


(先程エリック様より、婚約の手筈は整ったとの話がきたです。ティタン様の快気祝いと婚約パーティを近日中にするとの話です。ここを発つ準備をするです)


(では急いでミューズ様に真実を伝えないと、間に合わないな。それにしても本当に解呪の方法はあっているのか? たかが口づけで元の姿に戻るのかも怪しい……)


(それについては大丈夫なのです。兄の拷問はとても恐ろしいので、普通の者が耐えられるはずないのです。壊しては治し壊しては治し、そんな苦痛の中嘘などつけません)


 兄の尋問、もとい拷問を受ける中で嘘をつく余裕などないと自信たっぷりにマオは話す。


(相変わらずおっかない兄貴だな……で、いつ呪いの話やティタン様の事をミューズ様に伝えるのだ)


(式の最中です)


「はっ?!」


 思わず大声が出てしまった。


 つまりは猛獣の姿のまま祝いの席に行くのだという話なのだから、仕方ないところである。


 マオが静かに! と言わんばかりに眉間に皺を寄せる。


(事前に姿を見た令嬢は欠席するかもですが、第二王子の婚約パーティとなれば多くの者が参加するです。そこでミューズ様の愛の力で、呪いを解くのです)


 その様を思い描いてか、マオはうっとりと言うが、ライカにはやや心配な事がある。


(いや待て。そこで呪いを解いたらティタン様の服は……)


(ありません)


「却下だ!」


 はっきりと言うマオの言葉に、やはり大声が出てしまった。


 何故、そんな大勢の前で主の醜聞を晒そうというのか、理解出来ない。


(嘘です。幻惑魔法で時間を稼ぎ、侍女総出で早着替えさせます。ライカはその練習台になってもらうです)


(……全裸で?)


(もちろん)


「!!!」


 怒りで頭が沸騰しそうだが、主が恥をかくよりはと、怒鳴りつけたいのを我慢する。


(発案はエリック様です。早着替えの練習台は僕が決めました。ルドよりライカの方が、ちょっとだけティタン様に体型が近いです)


「くそが……」


 思わず天を仰ぐ。


 主の役には立ちたいが、この屈辱は受け入れ難い。しかし兄にそれをさせるのも嫌だ。


 ライカの葛藤は続く。


「そういう事でティタン様もよろしくお願いなのです。ではでは、ミューズ様が戻ってきそうなので、僕はここで失礼するです」


 有無を言わさずマオはその場を風のように去った。


 今までの会話はマオの拡声魔法によって、部屋の中にいるティタンにも届けられていた。


 話す術を持たないティタンはじっとその内容を聞くしかなかったが、申し訳無さしか今はない。


(ライカ、ごめんな)


 あとでしっかり謝ろう、と心で決める。






 いよいよパーティの開催は明日に迫る。


 ミューズもティタンに会えるのが間もなくということで、緊張している。


 婚約を了承したが、いまだ顔も見られず声も聞けていない。


 明日のパーティまでには体調を整えるという話だが。


(本当に大丈夫なのかしら……)


 会っていないからこそ不安が募る。



 だがそんな不安もよそに、準備はどんどんと進んでいた。

 

 数日前には王城に着いており、急ピッチでドレスやら装飾品などを拵えてもらう。


 ティタンの髪の色である薄紫色のドレスと、黄緑の宝石を用いた装飾品の数々が仕立てられる。


 ドレスには金糸の刺繍がされており、ところどころにダイヤモンドが散りばめられた、豪華なものが用意されていた。


 ティもミューズが刺繍したスカーフを着けている。どことなく誇らしげだ。


「明日はティ様も一緒なのよね。嬉しいわ」


 エリックの話だとミューズのエスコートはティがするとの事だ。



 本来であらば父親、あるいはティタン本人がするものだが、どちらも難しい為にティが一緒に入場する事に決まったらしい。


 それとは別に、何故かライカがここ数日、死んだような目をしていたのだが、いよいよ明日がパーティ当日と迫ったところで、元気を取り戻た。


(彼も色々とナーバスになっていたのかしら)


 ティタンを慕っているので、様々な思いがあるのだろうと深く考えないことにした。






「もうすぐ本当の姉妹になれるのね、嬉しい」


 王太子妃であるレナンはミューズに抱きつき、祝福をする。


「息子を、よろしくね」


 王妃には両手を握りしめられ、頭を下げられる。その双眸からはポロポロと涙が出ていた。


「うぅ〜本当に良かった」


 エリック付きの従者だというニコラは、何枚もハンカチを使い涙を拭っている。


 にも関わらず、ずっと泣き続けているので、逆に心配になってしまった。


「式の前にあまり泣くものではない」


 主であるエリックに諌められ、ニコラは何とかする泣かないように耐えている。


「煩くてすまないなミューズ嬢。皆二人の婚姻が嬉しいのだ」


 ミューズに優しい眼差しを向けた後、ティの前に跪き、その頭を撫でる。


「ミューズ嬢と共にお前も幸せになるんだよ」


 普段の噂とは違い、とても優しく温かみのある声だ。


 そこには家族の、情に溢れた気持ちが込められていて、思わずミューズは泣いてしまう。


(こんな家族に私もなりたい……)


 きっと幸せになるんだと心に誓う。


 今度こそ心から大切にしたい人達と。







 式の前に少しだけティの毛を切る事になった。


 勿体無いとは思ったが、伸ばしっぱなしで一度も切ったことがないし、威厳をもたせるためには整えた方が良いと言われたのだ。


 長くなっていたたてがみはキレイさっぱりとなり、でも威厳は残るように一部にボリュームは持たせている。


 寝る前のブラッシングはいつもよりも丁寧にしてあげて、明日に備え早めに休む事にした。


 いつもどおり二人は隣で眠りにつく。


「あしたが良い日になりますように」


 ミューズはそう呟いて目を閉じる。


 そんなミューズが寝たのを確認し、ティタンもミューズの顔を見て低く呟いた。


(絶対に幸せにしてみせるから)

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