招かれざる客
「ティ様、大丈夫ですか?!」
駆けつけたミューズはティの変わり様に驚いてしまった。
眉間には皺を寄せ、牙を剥き出しにし、低い唸り声をあげている。
それはまるで誰かに向けて威嚇をしているようで、視線は屋敷の外に向かっていた。
毛はブワリと逆立ち、力がこもった前足からは大きな爪が見えていた。
明らかに怒っている。
「マオ、何があったの?」
皆ティから一定の距離を保っている。
いつも穏やかなティがこんな状態になるなんて、只事ではない。
皆どうしたらいいのかわからず、遠巻きになっているようだ。
「呼んでもない客が来たから、怒ったティ様が追い返したのです。その為まだ興奮が解けないようなのです」
更に他の者が口を開く。
「ミューズさまの元ご家族様と、そしてユミル様が現れたのです。何やら話があると言っておりました」
それを聞いて首を傾げる。
訪問する旨の手紙など、受け取ってはいない、つまり許可なくここまで来たのだ。
「会う予定も、話をする予定もなかったわ」
「そうなのです。なのでそのような無作法者、本来追い返されて当然ですが……何故かあの者たちは自信たっぷりに屋敷に入ろうとしたのです」
ミューズはもう別な家の養子となり、スフォリア家とは縁を切った。
もうあの家の者とは関係ない人間である。
にも関わらずここに来るという事は、余程ミューズを、そして養父となってくれたパルシファル辺境伯を舐めているのだろう。
でなければ先触れもなく訪れるなんてしない。
「マオ様はもちろん断り、追い返そうとしました。でも簡単には諦めず、話も平行線が続いていて。とうとう怒った元旦那様が、魔法を使おうとしたのです」
父の非常識が信じられない。約束もないならば、追い返されてもおかしくないのに、欠片も思わなかったのか。
そして魔法を使おうとするなんて、誰も怪我をしていないか心配になる。
「我々は無事です。魔法を放つ前に、ティ様が大きな声で吠えて下さって攻撃は止まりましたので」
それまで人に向かいそのような事をしたことはなかった。
空気はビリビリと震え、爪を剥き出しにし、凄まじい迫力を醸し出しながら、不埒者達の方へとズンズンと近づいていったそうだ。
「ティ様に恐れをなしたのでしょう、すぐに彼奴らは逃げ帰りました。でもティ様の怒りが収まらず、どうしたものかと思いまして」
迂闊に行動すれば、気が立ったティに手を出されるかもしれないと、遠巻きになっていたそうだ。
ミューズは臆することなく、ティの視界に入る。
「ティ様」
声をかけ、ティがこちらを見たのを確認してからゆっくり歩み寄る。
「皆が怖がっております。どうか落ち着いてください」
ミューズの言葉にハッとして周りを見る。
皆の視線にようやく気づいたティはしおしおと座り込んでしまった。
「皆を助けてくださり、ありがとうございます。あのような姿や声は初めてでしたが、きっと皆を守るために必死だったのですよね」
そっと撫でるとティはすり寄ってくる。だが若干遠慮の入ったその仕草は、まるで叱られた子どものようであった。
(皆に嫌われたと思ったのかもしれないわね)
おどおどしたその態度は人間らしいものである。
「勇敢なティ様に皆感謝していますよ。大丈夫ですからね」
落ち着いたようでグルグルと喉を鳴らしている。
屋敷にまた穏やかな雰囲気が戻り始めていった。
皆に休むように言われ、ミューズとティは部屋に戻る。
突然の事で先程は髪も乾かさずに飛び出してしまったから改めてチェルシーにお願いし、乾燥後は軽く編んで纏めてもらった。
その後、チェルシーは仕事の為部屋を離れたので、再びティとミューズは二人きりとなる。
さすがに疲労感が強くベッドに横になる。
隣に寄り添ってくれたティを撫でながら感謝を伝えた。
「私の家族を守ってくれてありがとうございます」
一緒についてきてくれた皆に怪我がなくてよかったと、ミューズは安心した。
次また来たらと思うと不安でならないが、ティのあの剣幕を見たらおいそれとは来られないだろう。
「ティ様がいなかったらと思うと、ゾッとします。あの者たちは、私をいつまでも操れると思っているのだわ」
向こうが最初にこちらを捨てたのだ。それを許そうなんては思わない。今の自分の立場もあるのだなら、甘い顔はしていられない。
本来ならばああいう招かれざる客を追い返すのは門番の役割なのだが、彼のせいばかりには出来ないだろう。
急に来た高位貴族、そして女主人の身内なのだと迫られて、どうすればいいのかわからなくなったのだろう。
そもそも高位貴族は体面もある為、あのような無作法な事は普通はしない。
今この屋敷でスフォリア家の言葉をはっきりと断れるのは、ミューズとマオくらいだ。
(しっかりと皆に伝えて、何らかの対応を考えなくては)
そう思いながら、ミューズはうとうとしてくる。
慣れない事が続いた為に、疲れがピークに達したのだろう。
ミューズの体にティも寄り添う。暖かなその感触に安心し、ミューズもティも共に目を閉じた。
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