打ち解ける

「僕は王家に、此度の恥知らず共の行いを報告するです。チェルシーは今後、あいつらが来たらけして対応しないようにと、全使用人に通達するです」


 殺していいのなら、マオとて苦労はしないのだが、追い返すとなると厄介だ。


 体格が小さなマオは侮られてしまう事が多い為、威圧には不向きなのである。


「あの、申し訳ありませんでした!」


 あのバカ共を通してしまった門番はマオに頭を下げ、必死に許しを乞う。

 あまりミューズと元家族の関係をわかっていなかったのだろう。


「あの、通してはいけないとは思ったのですが、あちらの令嬢がどうしてもミューズ様に会いたいと、大事な姉が心配だと話されていて、それで……」


 絆されてしまったのだろうか。

 家族の愛情を信じたい気持ちはわかるが、それではミューズを危険に晒すだけだ。


「今後は一切通さぬように。万が一ミューズ様に何かあれば許さないからな」


 許すのは今回だけだと、低い声で忠告をする。

 

「ミューズ様がいなくなれば王家も終わる。何とか守り抜かなければな」


 ティがいるから大丈夫だろうと置いてきた護衛騎士を、改めて呼ぼうと考える。


 今回は追い払う事が出来たが、また似たような事がないとも限らない。

 それにティが吠えたことによって、近づいた使用人達の心が再び離れてしまうことも懸念する。


 ミューズのおかげで穏やかなティの面しか見せていなかったのに、あのバカどものせいで、皆に恐ろしい姿を見せてしまった。


 一緒に住まうのが恐ろしい猛獣なのだと、改めて認識をしただろう。


(どう挽回するか……)


「あの、マオ様」

 おずおずとマオを呼び止めたのは料理長だ。


「ティ様の事で、お聞きしたい事があるのですが……」


「何を、ですか?」

 人を襲う危険性があるのかとか、そういった類のものであろうか。


 辞めたいとか故郷に帰りたいという話ならば、残念ながら受け入れるつもりだ。


 代わりの人員補充も、辞めた者の保障も王家が後ろ盾をして何とかしてくれるので、別に構わない。


 嫌がるものを無理矢理留めても、仕方ないというのもある。


「ティ様の好物を教えて頂きたいのです」


 予想と違った言葉に首を傾げる。


「私どもは、前の旦那様が魔法を唱えようとした時、何も出来ませんでした。しかし、ティ様はそんな私達を守るため、普段は見せない姿を顕にしてまで守ってくれた。私達のために戦ってくれたティ様に、お礼がしたいのです。私には料理を作るくらいしか出来ませんから」


 マオは面くらってしまう。


「あのような姿を見て、怖いとは思わないのですか?」


「怖くないわけではないですが、ティ様は私達の為に魔法を受けるかもしれないというのに、真っ向から立ちはだかってくれたのです。そんな恩人に対して、私達も何かお返しをしたいのです」


 本当に、ミューズという女性は素晴らしい人だと感じた。


 彼女を慕う者達が、ティの為にとも思ってくれているのだ。


 この料理長の発言からわかる。


 ミューズが今まで使用人達にも分け隔てなく優しくしていたから、ティへも返そうということなのだろう。


「ありがとうなのです。ティ様はお肉が好きですが、他にも果物なども好きですよ」


 それを聞いた料理長は、早速準備に取り掛かりますとお礼を言って、走リ去っていった。


 部屋に戻るまでも色々な人に、

「ティ様のためになにかしたい」

 という使用人達に何度も呼び止められる。


「あなた達がそう思う気持ち、そしてミューズ様を大事にしてくれたら、ティ様はとても喜ぶです。何かしたいというなら、あの二人に精一杯仕えてほしい。それがティ様の為になるのですから」

 と、伝えていく。


 マオはすっかり胸が温かくなった。


 嫌な事もあったが、王家への報告は楽しいものになりそうだと嬉しい気持ちだ。






「んっ……」

 暫し眠り、日が傾いた頃にミューズは目を覚ました。


 隣でまだ寝ているティを起こさぬよう、静かにベッドから降りる。


(体がベタベタ。着替えないと)


 くっついて眠ってしまった為に、温かかったが、汗だらけになってしまった。


(着替えはあるかしら)


 こそっとクローゼットを開けて見ると、自分の服以外の大きなサイズの男性服を見つける。


(私の義父というパルシファル辺境伯のものかしら? それにしてはデザインは真新しい)

 考えてもわからない。


 今のところは気にしないようにし、自分一人で着替えられそうなワンピースを見つけて手に取る。

 ティが起きていないかを確認してから着替えを始めた。


 獣とはいえ、見られてしまうのは気恥ずかしいからだ。


 しかし静かな部屋に衣擦れの音は思ったよりも響き、ティの耳がピクリと動いた。


(何の音だろう)


 ティがゆっくりと目を開けると、ミューズが着替えをしているじゃないか。


「!!」


 声を出さぬよう歯を食いしばり、見ないようにとギュッと目を瞑った。


 しばらくして、音がしなくなったのを確認してから、恐る恐る目を開ける。


「ティ様、おはようございます。よく休めましたか?」


 ミューズはティが起きたことに全く気づいていなかったようだ。


 しかしティはまともにミューズを見る事が出来ず、しばらくベッドに沈んだままとなっていた。

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