打ち解ける

 休むように言われ、ミューズとティタンは部屋に戻る。


 髪も乾かしてなかったのでチェルシーにお願いし、乾燥後は軽く編んでもらった。


 その後、別な仕事があると部屋を離れた為、再びティとミューズは二人になる。


 ベッドに横になって、ミューズはティを撫でながらも感謝を述べた。


「私の家族を守ってくれてありがとうございます」

 一緒についてきてくれた皆に怪我がなくてよかったと、ミューズは安心した。


 次また来たらと思うと不安でならないが、ティのあの剣幕を見たらおいそれと来られないだろう。


「ティ様がいなかったらと思うと、ゾッとします。あの者たちは、私をいつまでも操れると思っているのだわ」

 向こうが最初にこちらを捨てたのだ、甘い顔ばかりしてはいられない。


 通してしまった門番のせいには出来ないだろう。


 彼らとて急に来た高位貴族、そして女主人の身内なのだからと迫られ、どうすればいいのかわからなかったのだろう。


 今この屋敷でスフォリア家の言葉をはっきりと断れるのは、ミューズとマオくらいだ。


「しっかりと皆に伝えて、何らかの対応を考えなくては」

 そう言いながら、ミューズはうとうとしてしまう。


 慣れない事が続いたから、体が疲れたのだろう。


 ミューズの体にティも寄り添い、目を閉じる。


 暖かなその体に安心し、ミューズも目を閉じた。






「僕は王家に、此度の恥知らず共の行いを連絡するです。チェルシーは今後、あいつらが来たらけして対応しないようにと、全使用人に通達するです」

 殺していいなら、マオとて苦労はしないのだが、追い返すとなると厄介である。


 小さなマオは侮られてしまう事が多い。


「あの、申し訳ありませんでした!」

 通してしまった門番はマオに頭を下げ、許しを乞う。


 あまりミューズと元家族の関係をわかっていなかったのだろう。


「あの、通してはいけないとは思ったのですが、あちらの令嬢がどうしてもミューズ様に会いたいと、大事な姉が心配だと話されていて、それで……」

 絆されてしまったのだろうか。


 家族の愛情を信じたい気持ちはわかるが、それではミューズを危険に晒すだけだ。


「今後は一切通さぬように。万が一ミューズ様に何かあれば許さないからな」

 低い声でマオは忠告する。


「ミューズ様がいなくなれば王家も終わる。何とか守り抜かなければな」

 ティがいるからと置いてきた護衛騎士を呼ぼうと考える。


 それと、ティが吠えたことにより、近づいた使用人達の心が離れてしまうことを、懸念した。


 ミューズのおかげで穏やかなティの面しか見せていなかったのに、あのバカどものせいで恐ろしい姿を見せてしまったのだ。


 一緒に住むのが本当に猛獣であると、改めて認識しただろう。


「あの、マオ様」

 おずおずと声を掛け、呼び止めたのは料理長だ。


「ティ様の事で、お聞きしたいのですが……」


「何をですか?」

 人を襲う危険性があるのかとか、そういった類であろうか。


 辞めたいとか故郷に帰りたいのならば、王家が後ろ盾をしてくれるので別に構わない。


 無理矢理とどまってもらっても仕方ないからだ。


「ティ様の好物は何でしょうか? 私どもは、前の旦那様が魔法を唱えようとした時、何も出来ませんでした。しかし、ティ様はそんな私達を守るため、普段は見せない姿をあらわにしてくれた。私達のために戦ってくれたティ様に、お礼がしたいのです」

 マオは面くらってしまう。


「怖くないのですか?」


「怖くない、わけではないのですが、ティ様は私達の為に魔法を受けるかもしれないというのに、真っ向から立ちはだかってくれたのです。そんな恩人に対して、私達も何かお返しをしたいのです」

 ……あぁ本当に、ミューズという女性は素晴らしい人なのだなと感じた。


 彼女を慕う者達が、ティの為にと思ってくれている。


 この料理長の発言からわかる。


 ミューズが今まで使用人達にも分け隔てなく優しくしていたから、ティへも返そうということなのだろう。


「ありがとうなのです。ティ様はお肉が好きなのです、他には果物も好きですよ」

 優しくそう言うと、早速準備に取り掛かります、とお礼を言って走って行ってしまった。


 部屋に戻るまでも色々な人に、

「ティ様のためになにかしたい」

 という使用人に何度も呼び止められた。


「あなた達がそう思う気持ち、そしてミューズ様を大事にしてくれたら、ティ様はとても喜ぶです。何かしたいというなら、あの二人に精一杯仕えてほしい。それがティ様の為になるのですから」

 と、伝えていく。


 嫌な事もあったが、王家への報告は楽しいものになりそうだと感じた。




「んっ……」

 夕方目を覚ましたミューズは、まだ寝ているティを起こさぬようベッドから降りる。


 くっついて寝ててあたたかかったのだが、汗をかいてしまった。


 こそっとクローゼットを見ると、自分の服以外の大きなサイズの男性服を見つける。


(私の義父だというパルシファル辺境伯のものかしら? それにしてはデザインは真新しい)

 考えてもわからない。


 今のところは気にしないようにし、自分のワンピースを取って、ティが起きていないかを確認してから着替えをする。


 獣とはいえ、見られてしまうのは気恥ずかしい。


 簡単な作りの服だから、ミューズ一人でも着替えが出来る。


 衣擦れの音にティの耳がピクリと動いた。


 ゆっくりと目を開けると、ミューズが着替えをしているじゃないか。


「!!」

 声を出さぬよう歯を食いしばり、ギュッと目を瞑った。


 しばらくして、音がしなくなったのを確認してから、再び目を開ける。


「ティ様、おはようございます。よく休めましたか?」

 ミューズは全く気づいていなかったようだ。


 ティはしばらくまともにミューズを見られず、ベッドに沈んだままになっていた。






「ミューズの元家族はロクでもないな」

 通信石でエリックがマオから報告を受ける。


「ティがいるから大丈夫かと思っていたが、なかなか神経が図太い。すぐにルドとライカをそちらに送ろう。二人がいればどんな者も退けられるはずだ」

 凄腕の護衛騎士だ。


 魔物であれ人間であれ、大概の者には勝てる。


「僕は許せないのです。ミューズ様を傷つけに来るなんて……始末してもいいですか?」


「マオは優しいからすぐに始末してしまうだろ。もっと後悔させてやる方法を考えているから、待っていてくれ。遅かれ早かれあいつらは破滅の道を歩んでいるしな」

 エリックの笑い声が聞こえる。


「家督であったミューズを追い出したため、彼女の母方の親類が怒っているのだ。スフォリア家がもともと誰のものだったか、やつらは忘れているのだよ」

 ミューズの亡き母、リリュシーヌがもともとは治めていたのである。


 その血筋を持つミューズがいずれ正当な後継者としてあの領を治める事は決定していた。


「今のスフォリア公爵は代理に過ぎん。今回のミューズへの行いを知ったミューズの祖父母は、とても憤っていて、今までミューズのために行なっていた援助も、全て打ち切るようだ」

 自業自得だ、とエリックは言う。


「要であるミューズは王家の手の内に入った。やつらがこれ以上そちらに干渉しないよう、こちらも配慮する。もっとも、そちらに行く余裕ももうなくなるはずだ。仮にこれ以上手を出してきたならば、不敬罪となる。死ぬよりつらい目に遭わせよう、こちらではニコラがすでに手ぐすねを引いて待っている」

 ニコラはエリックの従者だが、尋問などを得意としている。


 少しばかり血が流れてしまう、きついものだが。


「お気遣い、いたみいります」

 あの兄が後始末をするならば大丈夫だろうと、溜飲をさげた。


「それで、二人の進捗はどうだ?」

 肝心の報告だ。


「二人はとても仲睦まじいのです。特にティ様はミューズ様にメロメロで、今も二人で同じ部屋にいるですよ」


「それは幸先が良いな」


「本日はミューズ様自らティ様を洗ったりしてるです、仲良しです」


「また随分進展したな」

 ティはともかく、ミューズも積極的に寄り添ってくれてるようだ。


「ミューズ様はもとより動物が好きなのでしょう、とても親身にお世話をして頂いてるのです。ティ様は満更でもない様子なのですが……でも、ここから異性として見るのは、無理があるのでは?」

 ミューズはとても大事にしてくれているし、好意を持って接してくれている。


 しかし、今のティを異性として見てるかは難しいのではないか。


「かといってミューズ嬢に話したところで、異性として見るのはまた別な話であろう」

 今はあのような姿だから世話をするという名目で接してくれているが、真実を知ったら避けてしまうかもしれない。





 ティは元は人間だ。




 エリックを狙った者による呪いをティ、いやティタンが庇ってしまったため、あのような猛獣の姿になってしまった。


 呪いをかけた者は捕まえたが、解く方法は愛する者を見つける事だそうだ。


「解呪も効かない強力な呪いを、まさかティタンにかけられるとは」

 かけたのはエリックへの恋心を拗らせていた魔術師だ。


 囚われたエリックを解放し、自分が王太子妃になるためこの呪いをかけた、と話していた。


 エリックは囚われてなど全くないが。


 猛獣に身を変えたエリックを救い出し、自分と暮らして元の姿に戻ったら二人で王城に帰る。


 そして二人でアドガルムを支える夫婦になるという、そんな夢物語を説かれた。




 呪いを躱せたのはティタンの野生の勘のおかげだ。


 その日ティタンは護衛としてエリックのそばに控えていた。


 王城内に蝶が迷い込んで来て、きらきらとした鱗粉を撒いていた。


 ティタンはとっさにエリックを突き飛ばし、その鱗粉をまともに浴びてしまう。


 ニコラも遅ればせながら異変に気づき、王城周辺を徹底的に探索させた。


 そこで忍び込んだ魔法使いを捕まえ、何の魔法か吐かせたのだ。


 みるみる変わっていくティタンの姿に、箝口令を敷いた。


 判断が遅れたニコラは自らを悔い、あらゆる方法で魔術師を問い詰めた。


 真実の愛を見つけなければこの呪いは解けない。


 そして、対象者が自分を選ばなければ死んでしまうという呪いだった。


 後者の呪いは対象者がティタンであったため、解いてくれた。


 しかし、前者は解けない。


 命を賭した呪いの為、撤回するには魔術師の命がもはや残っていなかったのだ。



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