番外編:猛獣になった第二王子(21)

「ティタン様、失礼致します」

ミューズを部屋に招き入れたが、ティタンは下を見、俯く。


「暫し待ってくれ、その格好でここまで来たのか?!」

部屋は近いがそれでも心配だ。


いつもよりやや大胆な夜着だ。


ガウンを羽織ってるとはいえ、誰かの目に触れるのは嫌だ。


「チェルシーが用意し、付き添いもしてくれたのですが。どこかおかしいですか?」

促されるまま着てきたらしい。


責めるつもりはないが、目の遣り場に困る。


「その、いつもより露出が多いと思ってな……心配になった」

赤らめる顔を手で覆い、目線を逸らしてしまう。


我慢をしているティタンにとっては目に毒だ。


「あの、話とは?」

ミューズに切り出され、ティタンは咳ばらいをする。


「最近何かに悩んでいないか?」

ティタンの言葉に心当たりがあるのか、目を伏せる。


「困ったようなそん表情が多くて、気になっていた。気にかかる事があるならば相談してほしい。もうすぐ夫婦になるし、何でも相談してもらえる仲になれれば嬉しいのだが」

少し戸惑って、決心する。


「ティタン様は私の事をどう思います?」


「それは勿論好きだ、愛している」

躊躇いもなく言い切る。


「触れたいとは思いませんか?」

ミューズらしからぬ大胆な言葉だが、その夜着はそういう意味合いなのか。


「……めちゃくちゃ触れたい思っている。がいまだ婚姻前だ。触れて嫌われたくなくて、正直我慢していた」

マオにも釘を差されている。


「そうなのですね。婚約後触れる事がなくなり心配でした」

最初は人に戻れ、関係に戸惑いがあるのかと思ったが、言葉で愛を囁いてくれたり愛情表現をしてくれる。


でもキスもなく、触れることもしない。


今までハグなどをしてきたミューズは物理的な距離に心の距離を感じ、少し寂しく思えたのだ。


「もしかしたら本当は嫌いになったのではないかと思って」

婚姻が近いのに、本当に自分で良かったのかと悩んでしまったのだ。


いわゆるマリッジブルーだが、ミューズはそのことを知らない。


「不安にさせてしまってすまない。愛してる、嫌いになどなってない」

あの柔肌はきっと触れたら気持ちいい。


猛獣の時とは違い、毛などで遮られる事もない。


温かな体温を直に感じられたら、それだけできっと幸せだ。


唇も柔らかかった。


もうすぐ自分だけのものになると想像するだけで歓喜してしまう。


「だから婚姻したらいっぱい触れさせてくれ。大事にしたい」


「ティタン様……」

そっとティタンの大きな手を取って、頬を寄せた。


「わかりました。その時をお待ちしていますね」

頬を染めはにかむミューズを部屋に送る。


「大切にするからな」


「ありがとうございます、お休みなさい」

額に口づけをし、ティタンはミューズが扉に鍵をかけたのを見て、すぐさま走りに出た。


気持ちが昂り過ぎて寝付くことが出来そうにない。


(あのような積極性を持ち合わせていたのか。駄目だ、このままでは耐え切れない)

惚れた人に迫られれば、流されてしまいそうだ、もう婚約中で同棲してるなら尚更。


獣姿ではあったが一緒のベッドで寝た事もある。


「俺は、婚姻の日まで正気を保てるのか?」

朝方まで体を酷使し、何とか冷静さを取り戻そうとしたが、ミューズの顔を見れば一気に気持ちが再燃され、心配をかけるようになってしまった。







挙式を終えたミューズ達は、とても幸せそうに暮らしていた。


そこから数年が経ちパルシファル辺境伯邸では賑やかな声がする。


「お嬢様、お待ち下さい!」

ルドが少女を追いかける。


庭を走るは薄紫の髪をした女の子だ。


靴も履かず、裸足のままで。


「だって、裸足の方が早く走れるもん」

可愛らしい顔立ちの女の子は見た目と違い、活動的だ。


ルドの足ならばすぐに捕まえられるのだが、小さいとはいえ女性。


何かあったらすぐに捕まえられる距離を保ちつつ追いかける。


「さて、そろそろ遊びは終わりなのです」

ヒョイッと捕まえたのはマオだ。


躊躇いもない。


「うぅ〜また逃げ切れなかった」

ルドと違い、マオには速攻で捕まるから悔しいらしい。


「ルドは手加減してるですよ。本気出せばセレーネ様なんてあっという間に捕まえます」


「そうなの?!」

手加減されてると知り、恨みがましい目をルドに向ける。


「いえ、その、少しだけですよ」

マオにバラされ困ったような笑顔になる。


「もしかして、ライカも?」

一番強面なのに、一番甘々だ。


ライカは一度とてセレーネを捕まえた事はない。


「……」

近くで様子見していたライカは無言を貫く。


セレーネのプライドを傷つけて、嫌われたくなかったのだが、その沈黙がかえって肯定の意をはっきりと表していた。


「皆酷い!」

むすっとむくれてしまったセレーネにおろおろする。


「そう言うな。皆お前を思ってるからそうしてたんだぞ」


「お父様」

大きな手はセレーネの体を軽々と持ち上げた。


「だって本気で追いかけっこしたかったんだもの」

ティタンの肩に乗せられながら、まだ唇を尖らせていた。


「本気でやったらセレーネはあっという間に掴まるぞ。皆強いんだからな」


「そうだろうけど」

三人が強いのは知ってるけど、やっぱり悔しい。


「お母様やチェルシーになら勝てるのになぁ」

その二人には負ける気はしない。


「そう、だな」

さすがにそこは反論も何も出来ない。


「早くお母様と遊びたいのに」


「もう少し待ってくれ。大事な用事があるのだから」

ミューズは今二人目を身籠っている。


このような激しい遊びは疎か、体を起こすことも辛そうだ。


「弟か妹か。どちらでもいい、元気であるならば」

そしてミューズの体も危険でないならばいいのだ。


毎日心配であるが、何も出来ることはない。


間違えてミューズを潰さないようにと気遣い、一緒に眠る事も出来ないので、悶々ともしていた。


ミューズの枕元にティの人形があるから尚更だ。


嫉妬も加速していて、自分の方に関心を寄せたくて仕方がない。


「最近よくティの頃の夢を見るんだよな」

ミューズと一緒に寝ているのを見て、羨望故かそのような事が増えていた。


懐かしい体と視点。


愛情溢れるミューズの目に、思わずこれは現実なのではと錯覚してしまう。


今の境遇に満足していないわけではないが、大きな転機のあの時を忘れることは出来なかった。


「あっ、お母様!」

セレーネが窓から顔を出しているミューズに気づいた。


「賑やかそうだったから、つい見たくて。楽しそうでいいわね」

少々痩せたミューズが目を細め、柔らかな眼差しを向けていた。


外には出られずともこうして少し体を起こせるならば、今日は調子がいいのだろう。


「楽しいよ、皆優しいの」

セレーネに促され、肩車したままミューズの部屋の側に行く。


「良かったわ。後で一緒におやつを食べましょ」


「うん!」

セレーネは母と一緒のおやつの時間が一番楽しみだ。


いつもよりもおいしく感じられる。


「俺も一緒にいいか?」

期待に満ちた声でそう言うが、マオの冷めた声が聞こえた。


「仕事、まだ終わってないですよね?」


「うっ」

痛いところを突かれる。


外で楽しそうにするセレーネを見て、思わず出てきてしまった。


一緒に取り組んでいたライカも引き止めることはしなかったから、だいぶ仕事がひっ迫している。


「……今日寝ないでするから」

何とかマオに懇願し許可は得られたが、後が大変だと内心ため息をついた。






毎日何かしらの事柄があり、怒涛の日々が過ぎていく。


あれからも変わらず兄の護衛として付き添う事はあるが、国の方でも呪いに対する知識を得、対応策も生み出されていた。


昔自分がした事が国の為に生かされているかと思うと、自分のしたことが誇らしく思える。


仕事の合間の鍛錬は変わらず続け、有事に備えていた。


「また何があるかわからないからな」

平和が続くと言う保証はどこにもないから、体を鍛えるのは苦ではない。


寧ろ自分の力で誰かを守れるのなら、もっと鍛えていきたいものだ。


おかげさまで環境にも恵まれ、その時間の確保も出来ている。


ルドもライカもマオもティタンの気持ちを尊重し、助力を惜しまない。


家族も皆ティタンを慕ってくれていた。


「これが幸せか……」

獣姿ではあり得なかった新たな生活に心も体も満たされ、充実している。


美人な妻と可愛い子ども達、優秀な部下に囲まれて不満などない。


実家族も自分の為に心を砕いてくれた、その家族愛を再確認できたのも大きい。


相変わらず夢の中では四つ足で歩くも、爪も牙もたてがみもないこの姿が自分の本来の姿なのだと心から思えるようになった。


それ程の時が流れていた。


猛獣であった王子は真実の愛と幸せと家族を得て、穏やかな生活を送っていた。


最愛の妻には見せないように爪と牙を隠して。

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