番外編:猛獣になった第二王子(20)

その後恙無く婚約を交わし、ティタンは正式にパルシファル辺境伯領の領主となった。


「こんなに幸せでいいのかしら……」

ティタンの肩に凭れながらミューズは呟いた。


「こんなきれいで可愛くて優しい婚約者が出来るなんて俺は幸せだ」

手と手を重ね、自然と唇を重ねる。


「一緒に幸せになろうな」


「はい」

二人はとても仲睦まじく、幸せであった。


婚約パーティも終わり、二人揃ってパルシファル領へと戻る。


人の姿となったティタンを初めてみた、リンドールから来た使用人達は驚いていた。


「お話は伺っていたのですが、ティタン様はとても体格が良いのですね」

小柄なミューズが並ぶと更に小さく見える。


「今までの事は全て覚えているよ。言葉も話せない獣姿の俺に、優しくしてくれた君達には感謝している。本当にありがとう」

見た目に反した穏やかな表情と声音に安心した。


元々のティタンを知っている使用人達も嬉しそうだ。


「元の姿に戻ることが出来た事、私達も嬉しく思います。改めて誠心誠意、お二人に尽くしていきたいと思いますので、よろしくお願いします」

ティタンが獣になった事情を聞いてもついてきてくれた者達に、ティタンは感謝をする。


「お前達もありがとな、この感謝は忘れない。これからはミューズと共に手を取り合って、より良い生活を送れるように頑張るつもりだ。皆信じてついてきてくれ」


「はい!」

ティタンの思いに応えるよう、明るく元気な返事が帰ってきた。








獣姿のティが居なくなって少々寂しい思いもあったが、ティタンは優しく働き者であった。


明確に仕えるべき主がいることで屋敷内もパリッとした雰囲気となり、張りが出る。


見た目が変わっても中身は優しく、皆への気遣いを忘れない。


それどころか、会話が出来るようになったので、ミューズへ愛の言葉を表立って伝えることが多くなり、嬉しいやら恥ずかしいやら。


当のミューズも聞いている使用人達も頬を赤らめてしまう。


「今日もとても綺麗だ。そのドレスもよく似合っている」

絶えず褒められ、ミューズも照れてしまう。


過度なスキンシップもなく、清い交際が続いていた。


「式前に手を出しては駄目ですよ、絶対に嫌われるですからね」

とマオに釘を刺されている事をミューズはしらない。


「そんな事はしない。しないが、キスも駄目か?」

婚約直後にして以来、触れられていない。


あの柔らかな感触が忘れられないのだが、マオからの許可は下りない。


「駄目です。そこで止まらなくなったら困りますので」

ミューズからの信頼も厚い従者の言葉に逆らえる程、ティタンは理性は捨てられない。


「くぅ……」

ティの姿でなら触れられていたのにと、今の状況はかなり辛く感じていた。


あの可愛い手で撫でて貰いたいし、良い匂いのする髪に顔を埋めたい、でもそんな事を言って嫌われたくない。


今だけちょっと獣姿に戻りたいティタンであった。








一緒に過ごす時間も増え、皆とかなり打ち解ける事が出来た。


ミューズも元々ティタンの事が好きなので、特に問題もなく過ごせている。


「どのような式にしよう」

日に日に近づいてくるその日が楽しみ過ぎて、ニヤケが止まらない。


名実ともに妻となるミューズはいつ見ても可愛らしい。


元々屋敷内での評判もいいし、慰問活動も進んで行なっているので、領主夫人としての働きに心配などもない。


ただ、式が近づくにつれ、少しだけ戸惑っているのも見て取れた。


(まさか、婚姻が嫌になったのか? 俺の事が嫌いに?!)

時々見せる憂いを帯びた表情にティタンは悩み始める。


普段鈍感なのに、変なところで妙に鋭い勘が働いた。


本人に聞くべきか、マオに聞くべきか。


悩んだ末に、ミューズに直接ため息の原因を聞こうと思った。


憶測ではなくはっきりと本人に聞かねば、これから夫婦として過ごすにあたり失礼だと思ったからだ。


変に気後れしてはならない。


「ミューズ、今夜少し話す時間はあるか?」


「大丈夫ですが、何の話でしょう?」

今ではなく夜にという改まった提案に小首を傾げる。


普通の話ではないと察したようだ。


そんな真剣に考える表情や一つ一つの仕草も可愛くて、ついニヤけてしまう。


「いや、ちょっと気になった事があってな」

ニヤける口元を抑え、真面目にしなくてはと表情を引き締めて真顔でそう言う。


その様子を見て、ミューズは更に心配そうだ。


こんなに真剣な顔になる程、真面目な話なのかと。


「分かりました、今夜伺いますわ」

夜に話すことを確約し、その後は平時の話へと戻る。


こうやってずっと見ていたい。


そんな事を思っているとティタンはお茶を飲むのも忘れてしまい、指摘されるまで放置してしまった。



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