第60話 仮面の男ドージェ

【これまでのあらすじ】

 白田と黒崎は、勤務地であるクリスタルタワーが突如隆起する事件に巻き込まれる。

 第一会議室で現状説明をするとの館内放送を聞き、部下と共に向かう。

 仮面を被った男による説明会は終わったが、内容に合点がいかない2人は、再度確認のため第一会議室に戻るのであった。



 第一会議室の引き戸のドアの把手に手をかけた白田は、室内から微かな言い争うような声を聞き、手を止め、黒崎を見た。

 黒崎も、気配を察し頷く。

 2人は、微かに静かにドアをスライドし、隙間から中を見る。


 一人の男が、両手で拳銃のようなものを構え、10m先に立つ仮面を被った男に銃口を向けていた。

 ただならぬ状況に顔を見合わせる白田と黒崎。

 だが、2人が戸惑いで動きを止めたのは一瞬であった。

 直後アイコンタクトで、白田はその場に残り室内を凝視し、黒崎はもう一つの後方のドアに向かって静かに移動した。


 黒崎が後方ドアに到着したのを確認した白田は、大きく一つ息を吸い把手を握る。


「おたもんもうす!」

 ドアを勢いよく開くと同時に、白田の胆力に満ちた声が響き渡る。

 と同時に、後方のドアが開き、

「おい!何をしている!」

 黒崎の鋭い声があがった。


 拳銃を構える男が、前後のドアに意識を捕られた瞬間、仮面の男の上半身が動き、”パンッ”という空気を切り裂く音と”パスッ”という鈍い破裂音が交錯。

 直後、拳銃の男と仮面の男が同時に後方に吹っ飛んだ。


 白田が走り寄ると、膝立ちとなった仮面の男が、左手で鞭を持った右手の肩辺りを押さえていた。

「おはん、撃たれもしたか。

 傷を見せてみぃ」


「心配無用。

 傷は無い」

 仮面の男は、落ち着いた声で、纏っているポンチョのようなマントのような上着を捲って、下に装着している仮面と同じ金属製の鎧を白田に見せる。


 白田は大きな目を見開き

「なんちゅうもんを着こんどんじゃあ。

 そいは、鎧かあ?」


 白田の問いかけに、頷く仮面の男

「あなたたちのおかげで、助かったようです。

 礼を言わせていただきます」


 後方から、黒崎の鋭い声が響く

「こっちは、完全に意識が飛んでいるが、命に別状は無さそうだ。

 もっとも、あごの骨が砕けているがな」


 言いながら、黒崎はスーツの内ポケットから結束バンドを取り出し、倒れた男の両腕を背中に回し、親指同士を結ぶことで拘束した。

 男の右後方にあったサプレッサー(消音器)付きの拳銃を拾って、白田と仮面の男の方に歩み寄り、

「白田さん。

 この拳銃の男、うちのオフィスの上のフロアで働いているのを見かけたことがある。

 なんで、いきなりこんなことをしたんだろうな?

 仮面のあんた、一体何があったんだ?

 こっちの男は、暫く目を覚まさんし、覚ましてもこの顎ではしゃべるのも難儀そうなんで、あんたに聞くしかない」


 仮面の男は、白田と黒崎を交互に見やり、

「お二人は、説明会にいらっしゃいましたね。

 この事態は、先刻の説明に関連します。


 そのことを話す前に、名乗らせていただきます。

 私の名はドージェ」


「ドージェだと。

 ハリー・トンプソンの鉄仮面※1に出てくる、ユスターシュ・ドージェか?

 あんた、面白い男だな。

 俺は、黒崎だ」


 白田は、頭をかきながら、

「こいは、いかん。失礼しもした。名乗るが遅れもした。

 おいの名は白田でごわ。黒崎さぁは、おいの同胞(はらから)でごわ。

 ドージェどん、改めておはんの話を聞かせてほしかあ」



 ※1.ハリー・トンプソンの鉄仮面:フランスの太陽王と呼ばれたルイ14世が、34年間バスティーユ牢獄に投獄した仮面の男の正体を明かすことを目的とした書。

 ルイ14世の異母兄ユスターシュ・ドージェがその正体であると結論付けている。これは現在主流とされている説である。

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