第17話
シャワーの音が鳴り続ける煌びやかな暗闇の中で、突如としてピアニストが頭に浮かんだ。それに付随して休日というゆとりが誘いかける自慰行為への欲も呼び起こされた。意識しない理性を外された状況は頭よりも先に肉欲に容赦を示したらしく、だるさが水に緩和されて素肌は快楽を求めるように毛羽立った。あの音楽を初めて耳にした時は、なんら欲情するような官能を覚えることはなく、恍惚とするのみだった。それから後に聴いた時は、そこに至るまでの共有が変質させていたのか。わからないが興奮こそ先にあり、その狂おしい熱情は次第に硬化して元にない形に固まるようで、自然の欲気よりも、記憶にしがみついて無理矢理欲情を口に開ける次第になっていた。そもそもこの肉体のうずきはどこから来るのだろうか。酔い後の朝と水分か、それとも自動ピアノに再生をすがるようにやって来たこの島の風土か、理由を探さずに反応を動きにしようとした。すると瞬時に中年女の自慰行為が頭をかすめて、女ははっと目を開いた。髪の毛が単細胞生物のように数本壁に張り付いている。中年女はこの浴室でそのような行為をしたことがあっただろうか。人間で中年だ。反発心に飛んで悟性が行為を止めたから、シャンプーを手に取っておもいきり頭をかいた。香りが放散して泡立つと呆然とした。パッケージは別のくせに使っている物が同じだ。奇怪だ。偶然にしてはおかしい。しかしたまたま以外に何の縁があって同一の商品にあたるのか。ネットショッピングで買ったそのシャンプーは何百という評価がついていた。そのせいだと思って力任せに髪の毛から泡立てるとやたらむしゃくしゃして、赤い顔をとろつかせて杯に酒を注ぐだらしない面が鮮やかに浮かんだ。あの中年女がすべての元凶に違いない。島に来てから一夜しか明けていないのに、多くの意識はあの中年女に奪われている。島に到着する前から大大的な顔で視線を奪い、この家に送るまでの車内を経て、整理された一人住まいに奇妙な物を見させられている。これがツアーに金を払った客に対するサービスだろうか。言葉の通じない外国の文化ならまだしも、同じ日本でありながら信じ難いアマチュアの内容だ。高い金を払っているのに。と思いながら、女はそれほど高い金額のツアーではなかったと自覚していた。単なる金の量ではなく、このツアーに参加するまでの選別と手間が時間以上の金銭を感じさせていた。痴呆かと思われるほど同じ事柄を確認させて煩わしくさせた。あの懈怠なシステムは大多数の見えない背景によって作られたと思っていたが、今こうしてシャワーを浴びていると、あの酒にたるんだ中年女が全部仕組んでいたと結びつけることができる。何一つ種明かしされていないとしても、同じ宿主から出たばつの悪さで一致できる。そう考えるとやはり悔しい気持ちになる。なんだあの知ったかぶった昨晩の態度は、自動ピアノをすでに知っているからって、そもそもどこまで詳しくわかっているのだ。たいてい何かを企画する者は商売を目的としているから、その対象の本質を見極めずに軽はずみな言葉とやり口で売り込み、やりたくない事をわざわざ好き好んでやらせたりする。間違いなくそんな手合いだろう、中年女は。ぬるぬるしたコンディショナーを洗い流しながら光が透過する瞼の闇に意識を混ぜていると、急にぼろぼろに裂いたボール紙が思い起こされた。いい気味だと言葉が浮かんで、それから、まずい事をしたと自覚された。あれはあのままだ。いくら考えても別段悪い事態にはならないとしても、あからさまな敵意とフラストレーションを爆発させた残骸は、このツアーに悪い出来事を誘因するかもしれない。嫌な事を思い出して、つい気がそぞろに手を出してしまった……、などの適当な言い訳で取り繕うことは簡単だが、どんな理由にしろ良い気を絶対に起こさせない。物は少なくないが秩序良くまとめられた部屋のなかで、ボール紙の散らばった光景は異質な感情を起こす。中年女は昼には戻るはず。どのくらいシャワーを浴びているのか。早く片づけなければならない。女は急いで体を流した。
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