第1話
境港を出航した汽船はどことも知らない島を二回経由して目的の島に到着した。日本海の荒い波に削られた峻険な海岸線は岩をむき出していて、そこに人の手が削って勾配のきつい坂道を通し、コンクリートを流し込んで港を作っていた。
船が到着する前から、ダンボールの継ぎ接ぎされた“ウェルカムウェルカム”と書かれるやたら大きな看板が防波堤に見えていて、あれが自分の事を指していなければいいと女は思った。しかし船に乗る前の待合い所から人人の目は女を注視しており、乗船客だけでなく乗り継ぎ場の係りの者でさえもわざとらしいほど好奇と訝しげな光を宿していたので、あれは間違いなく自分のことだと女は思った。
船を降りて岸に足を着けると、どことなく距離感を保っていた他の客の目と動きは変わらないものの、ついに一歩踏み入れたという動揺が起こるのを女は感じた。船上からありありと見えていた歓迎の言葉はどこかにしまわれたらしく、派手に注目されるのは嫌だと思いつつも頼りにしていた目印が消えてしまい、陸と船で待っていた人人が交差して接したり離れたりする流れの中で、どこへ向かってよいのか探そうとすると、中年の女が斜めからやって来るのが目に入り、声をかけられた。
車に乗って宿へ向かう間に簡単に説明された。今回のツアーは事前に知らされていた通り女一人だけが選ばれ、同行は中年女一人だけになる。島に来るまでの移動を訊かれて、女は乗り継ぎの苦労を口にすると、中年女は労いの言葉をかけて笑った。車は急な坂道にエンジンを強く回して上って行き、どうにか二台すれ違える程度の細い道を進んで海の遠望を盛り上がらせていく間も、女は訊きたいことが多くあったにもかかわらず口は閉じていた。中年女は運転しながら助手席の旅行者に顔を向けては喋りかけた。年齢、職業、出身地など、このツアーの応募の際に提出した内容からすでに知っているであろう情報を照らし合わすようで、女はありきたりの質問をそのまま答えていた。中年女は特段面白くもないことを笑うようで、女もおかしさを感じずに一緒になって笑った。
車は上りきって海を曲がると、繁茂する植物を両脇に進んで行った。ぽつりぽつり家も見えて、昔からの暮らしをどことなく感じさせる古い家屋もあれば、屋根瓦を持たない新しい家もあり、日本国内ではあっても船を乗り継いでやってきた異国の情緒があったので、物珍しさと退屈さが新旧の家家に表れるようだった。滅多に旅行者の訪れない密かに有名な辺鄙な土地ではなく、最近まで女も存在さえ知らず、誰に訊いても、ネットで調べてもまったく情報のないまるで見えない場所だったせいか、予想通りでもあり、意外でもある日本の風景に妙な期待感はたちまち消えていった。
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