特別ということ
俺が神託の勇者? まさかあ。
「父が前に話したはず。今回の神託の際、今の勇者が映る前に別の誰かが映ったと。私はそれがユークだったと考えている」
「……いや、ないだろ。俺は普通の冒険者だぞ」
「「「それはない(のです)(ですな)」」」
サリアはともかくリットやミブロさんにまで即答されるとは。
まあ、今のは冗談だ。
さすがに俺も自分が少し変なのは自覚し始めている。
今回のことや、スザクを聖獣にしたときのことを考えればさすがにな。
「私が最初に疑ったのは、ユークがリオレス山地の頂上で転移の扉を見たと言ったとき。転移の扉は、人間の中では神託の勇者にしか見えないし使えない」
そうか、転移の扉のこともあった。
あれを見えると言ったときにリットがなんか騒いでたな。
王蛾がいきなり獣人族の里を襲っていたからすっかりそっちに意識を持っていかれていた。
「まあ、ユークが普通じゃないのは納得だけど……それでも神託の勇者はレイドじゃないの? だってあいつ、聖剣使えるんでしょ?」
「そうだな」
聖剣エクストール。
あれは初代勇者が使っていたもので、以降の勇者は例外なくあれを使っていたんだとか。
ルルは頷く。
「だから確信が持てず、なかなか話せなかった」
「なら……」
「私の仮説はこう。本来、勇者に選ばれるのはユークのはずだった。けれどなんらかの事情でそれができなかった。ゆえに神ウラノスは代役として、仕方なくレイド・アークレイを指定した」
レイドが俺の代役ねえ。
「けど、あいつはちゃんと強かったぞ? レベルだって高かったし」
「神託の勇者には必ず経験値操作系のスキルがつく。それを使えば周りの人間から経験値を吸い取って自分や仲間のレベルアップを早められる」
「は?」
初耳なんだが?
「……ルル。なんか俺、レイドとパーティを組んでいた頃レベルアップが妙に遅かったんだけど」
「どのくらい?」
「俺が5上がる間にレイドは30上がるみたいな」
「アウト」
「嘘だろ!? 俺あいつに経験値を吸われてたのか!?」
「っていうかそこは気付きなさいよ」
許せん! 俺がどれだけ低いレベルで苦労したと思ってるんだ!
なんかルルとサリアが呆れたような目で見てくる。
いや、だって勇者なら特別かもしれないとか思うだろ……
キャシーたちもレベル上がるのが早かった気もするけど。
あれ、まさかあいつら四人とも俺の経験値を奪ってたのか?
「どうりで俺のレベルアップやスキル獲得が早くなったわけだな」
それまでが低過ぎたというわけだ。
「たぶん、それだけじゃない」
「どういう意味だ、ルル?」
「何度かユークのギルドカードを見たけど、毎回色々上がり過ぎ。おかしい」
「それはその通りね」
うんうん頷くサリア。
そういえばダンジョン攻略のときからずっとそれも言われてたな。
「これも予想だけど、たぶんユークは勇者としての力に少しずつ目覚め始めてる。成長が早いのは勇者の特徴だから」
つまり、俺が本物の神託の勇者という説がさらに補強されたわけか。
「リットはユーク様が勇者にふさわしいと思います!」
「儂も同感ですぞ。聖神殿を開けられたのがなによりの証拠です」
獣人族の二人もそう言ってくる。
そんなことを急に言われてもな。
「話は終わり。……ユーク、力を封印する。手を出して」
ルルが小さな手をこっちに向けてくる。
……力を封印、か。
「ルル。確認だが、この聖神殿の力って、俺が持っている限りレイドや他の神託の勇者は使えなくなるのか?」
「そんなことはない、けど……」
「なら、悪い。しばらくこのスキルを借りさせてくれ」
「どうして?」
「俺はファラを治したい。そのためには力がいる。……お前らも知ってるだろ、あらゆる病や呪いを治す究極のポーションの存在や、その素材がどこで手に入るのか」
サリアがはっとした顔で言った。
「『世界樹の箱庭』。……Sランク冒険者みたいな特別な存在しか入ることが許されない、最高難易度のダンジョンね」
『世界樹の箱庭』に行けばきっとファラを治す何かが手に入る。
そのためには俺は強くならなくてはならない。
どんなことをしてでも。
「ゆ、ユークが、ファラを大切にしていることは知っている。でも、賛成できない。勇者のスキルを使えば世界中に勇者として認知される。それは避けるべき」
「ルル……?」
ルルが珍しく焦ったように言葉を発する。
どうしたんだ?
なにか事情があるのかもしれないが、俺の意見は変わらない。
「……悪い、ルル。どんなリスクがあったとしても、俺には力が必要だ」
「……わかった」
ルルは手を引っ込めた。
その表情は、どこか暗いように思えた。
夜、なんだか寝苦しかったので外に出る。
獣人の里はツリーハウスが多いので、落ちないように注意が必要だ。
しかし高い位置にあるので眺めがいい。
見晴らしの良さそうな場所に向かうと、そこには先客がいた。
ルルだ。
「……ルル、眠れないのか?」
「……ん」
「隣いいか」
「いい」
ルルが横にずれてくれたので、ありがたく隣に座らせてもらう。
「聖神殿でのことで、なにか考えてるのか?」
「……違う。昔のことを思い出してた」
「昔のこと?」
「私が『神の愛し子』と呼ばれるようになったときのこと。昔、国の東で病気が流行った。魔物の吐いた毒が水場に流れて、そこの水を使った周辺一帯の人が山ほど死んだ」
「……っ」
息をのむ。
ルルの口調は淡々としている。
「対処のために教会の人間が派遣された。私も行った。患者を治すのは他の人でもできたけど、水源の浄化は私しかできなかったから。私は苦しんでいた人々に感謝されて――」
そこから悪夢が始まった。
ルルはそう吐き捨てた。
「あ、悪夢……?」
「私は神聖魔術が得意だから、色んなところに行かされた。行けば苦しんでいる人を救える。けど私は一人しかいないから、どうしても間に合わないこともある。するとひどく糾弾された。私や、私を派遣しないよう決めた教会も」
――お前が来れば救えたのに、お前が来ないから大勢死んだ。
――お前のせいだ。
――責任をとってお前も死ね。
かつて言われたのだろう暴言を、ルルは静かに連ねた。
「私は代わりがきかない。だから私がやるしかない。でも全部はできない。責められて、責められて――私は一時期動けないくらいに精神的に追い詰められた。あのときは、人に会うことすら怖かった」
ルルの手が硬く握られる。まるで寒さに震えるように。
その手は真っ白になるほどこわばっている。
「神託の勇者もそれと同じ」
「……代わりがきかないからか?」
「そう。レイド・アークレイもいつか思い知ることになる。聖神殿に力を預けた勇者も、きっと同じ。特別な力なんて捨ててしまいたかったんだと思う」
特別な力。
俺は魔剣士として希少な存在だと言われたことがある。
けれど新しい力にわくわくするばかりで、その先のことなんて考えなかった。
ルルはそれをすでに感じている。
嫌と言うほどに。
「私はユークのことを気に入っている。サリアも、ファラも……あの家にみんなでいる時間が好き。だから、ユークには私みたいになってほしくない」
「だから、俺が勇者のスキルを再封印しなかったときに暗い顔をしていたのか」
「……うん」
こくり、とルルが頷いた。
ルルは俺を心配してくれていたのだ。
俺はルルのほうをまっすぐに見た。
「ルル。それでも俺は、勇者のスキルを返却するつもりはない。ファラのためならなんだってする、というのは本心だ」
「……」
「――けど、絶対に潰れたりしない」
ルルがはっと俺を見上げる。
「どれだけ周りに理不尽に責められても、絶対にへこたれない。それでファラを救って、スキルも返す。それで解決だ」
「そ、そんな簡単にはいかない」
「わかってる。ルルでもきついって言ってたもんな。だから助けてくれ。俺もルルがしんどいときはそばにいるから。そうやって支え合っていこう」
「……」
ルルは沈黙し、ぎゅ、と俺の腕を抱きしめた。
「ユークはあったかい」
「あったかい……? 光属性だからって話か?」
「言わない」
「ええ……」
困惑する俺に、ルルは小さな笑みを浮かべた。
……というやり取りを、物陰から見ているのが二人。
「……なによあれ、声かけようと思ったのに出て行けないじゃないの」
「サリア様サリア様、ユーク様とルル様はツガイなのです?」
「つが……っ!? し、知らないわよ。っていうかなんであんたまでここにいるのよリット」
「リットの耳は地獄耳なのです」
「ユークとルルの会話が聞こえて気になった、と。盗み聞きは感心しないわね」
「今のサリア様だけはそれ言っちゃだめだと思うのです」
なんかシリアス過ぎて出ていけなかったサリアとリットは、物陰でそんな会話を交わすのだった。
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