僕の名前は

 神託の勇者レイド・アークレイ。


 それが僕の名だ。

 数年前まではただの下級貴族の末子だったけれど、国教ウラノス教によって魔王を倒す勇者と認定された。

 今は仲間とともにダンジョンでレベル上げに励んでいる。


「「「僕たち『雷鳴の剣』の結成を祝って――乾杯!」」」


 酒場で仲間たちとジョッキを打ち鳴らす。


「いやー、ようやく俺たち四人だけになったな」

「そうね。ユークとかいう足手まといがいなくなったものね」

「希少な光魔術を使えるというから仲間にしていましたが、最後まで役に立ちませんでしたね」


 戦士ウォルド、魔術師キャシー、聖職者セシリアが口々に言う。


 ユーク・ノルド。

 あいつはザコだ。


 全属性の中で最強といわれる光属性魔術を使えるというから仲間にしておいたが、遠距離魔術が使えない欠陥品だった。

 しばらく我慢して使ってやっていたが、とうとうさっき追放してやったのだ。

 あのときのあいつの顔といったら最高だった。

 今思い出しても笑える。


「しかもあいつ……最後までレイドの【経験値操作】のスキルに気付いてなかったぜ」

「あははっ! 『みんなはすごいな』って褒めてたわよね。どんだけ馬鹿なのかしら!」


 【経験値操作】は勇者である僕の持つレアスキルだ。

 戦闘の際に得られる経験値の分配を操作できる。

 これによってユークが得ていたはずの経験値が、僕やキャシーたちに入るようにしていた。

 まあ、ユークに気付かれると面倒だから、少しはユークにも残しておいたけど。

 あいつは本当の仲間じゃないんだから当然だ。


 『雷鳴の剣』というパーティ名を今まで登録していなかったのも同じ理由。

 仲間じゃないユークなんかに神聖な僕のパーティ名を名乗られるなんて、考えただけで吐き気がする。


 その後も店で一番高い酒を飲み、高い料理ばかり食べた。

 しばらく騒いだ僕たちは店を出ようとする。


「お、お客さん! お勘定がまだですよ!」

「僕たちは勇者パーティだぞ? 魔王を倒すために頑張ってるんだから、市民が無償でもてなすのは当然だろう?」

「ゆ、勇者様でしたか。しかし私にも生活が……皆さま、高級酒ばかりお飲みになっていましたし……」


 なんだ? 口答えするつもりか?

 勇者パーティである僕たちに酒場の店主ごときが。生意気だ。


 ドガッ!


 ウォルドが店主を殴り飛ばした。


「ぎゃああ! 足が、足がああ」

「あはは、ひど~い」

「神に選ばれし私たちに盾突くからそうなるのです。これは天罰ですよ」


 あーあ。あれは骨が折れてるかもね。

 まあどうでもいいけど。

 店なんて他にいくらでも代わりはあるし。


「じゃあね。あ、酒と料理はそこそこ美味かったよ」


 僕たちはそうしていい気分で店を出た。





「……」


 しかし翌日、僕は怒りに震えていた。

 <火竜の魔女>、サリア・イングリス。

 あの女のせいだ!

 サリアは最強のSランクパーティ『銀狼旅団』に所属していた凄腕の魔術師だ。

 一人で街にいたから、僕は慌てて追いかけてパーティに誘った。

 しかし断られた。

 それだけならまだ許せた。

 信じられなかったのが、サリアはあの無能なユークとパーティを組んだことだ。


 有り得ない。

 なんで僕を蹴ってユークごときを選ぶんだ?

 あの女は頭がおかしいとしか思えない。


 ギルドでは人目があったので引いてやったが、いまだに怒りがおさまらない。

 まあ、なんでサリアがユークを選んだのかはわからないが、どうせすぐに愛想を尽かすだろう。

 【遠隔魔術】のスキルを持ってない魔術師であるユークはゴミ同然なんだからな。

 そうなればサリアは絶対こっちにすり寄ってくる。

 そのときは泣きわめくまで殴って従わせてやる。

 その光景を想像してちょっとスッキリした。

 楽しみだ。


「レイド様、大丈夫ですか?」


 聖女セシリアが話しかけてくる。

 神聖属性の回復魔術を使える、ユークと違って使える女だ。


「ああ、問題ないよ。それより気合いを入れていこう。今日は僕たち『雷鳴の剣』の記念すべき活動初日だからね」

「ああ、そうだな。腕が鳴るぜ」

「足手まといがいなくなって体が軽~い! もう無敵って感じ?」


 戦士ウォルグと魔術師キャシーも同意してくれる。

 そうだ。ユークごときに関することでなぜ僕が苛つかなきゃいけない?

 僕は選ばれし神託の勇者で、頼れる仲間もいる。


 さあ、ダンジョンへ行こう!

 今日が伝説の始まりだ!





『『『――グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』』』

「「「「うわああああああああああああああああああああああ!?」」」」


 僕たちはストーンオークの群れから逃げまどっていた。

 なんだあいつら!?

 全然攻撃がきかない。

 それだけでなく、あいつらの腕力も上がっている気がする。

 ダンジョン五階層。

 いつもなら余裕で抜けられるはずのこの場所で、僕たちは敗走していた。


「う、【ウインドアロー】!」


 ガンッ!


『グルゥ? ゲッゲッゲッ』

「キャシー! 全然効いてないじゃないか! ちゃんとやれよ!」

「やってるわよっ! いつもならこれで簡単に倒せるのに!」


 やっぱり相手に攻撃が通じない!

 なんでだ!?

 なんでこんなにうまくいかない!?


「あっ!」


 僕はうっかり松明を落としてしまい、おまけに踏みつけて火を消してしまう。

 途端に周囲が真っ暗になる。

 くそっ! 松明なんて持ち慣れてないものを持つからだ!

 ユークがいたときはあいつが灯りを出せたから、こんなもの必要なかった。

 あいつのせいだ。

 足を引っ張りやがって!


「お、おい、早く新しい松明を出せレイド!」

「わかってる! えっと、予備はこのあたりに……で、できた!」


 新しい松明をつけた時には、ストーンオークが間近に迫っていた。

 くっ、仕方ない。

 僕は聖剣エクストールを抜き、聖なる雷をまとう斬撃でストーンオークを倒す。


「はあっ、はあっ……!」


 聖剣を使うとひどく消耗するので、やりたくなかったが……

 ああ、体が重い。


「レイド様、大丈夫ですか?」

「助かったわ」


 うるさい、役立たずども。

 なんで僕がこんな目に遭わなくちゃならないんだ。


『『『ガルァアアアアア!』』』


 新しい魔物がやってきた!

 こんなに魔物に襲われたのは初めてだ。今日はおかしい。

 僕たちは慌ててその場を逃げ出した。





「ダンジョンがおかしいぞ! なんであんなに魔物が出るんだ!?」

「? そんな報告は上がっていませんが」


 冒険者ギルドにダンジョンの異常を報告すると、受付嬢に首を傾げられた。

 そんなわけないだろ!

 この僕たちがストーンオークごときに殺されかけたんだぞ!?


「魔物の数が多すぎる!」

「数、ですか? どのくらいのエンカウント率でしたか?」


 僕はありのまま伝えた。


「それは普通ですが……」

「なに!?」


 その後も受付嬢は僕たちがおかしい、と言い続けてきた。

 話にならないのでカウンターを蹴り壊し、仲間のもとに戻ってくる。

 くそ、どうかしている。僕は夢でも見ているのか?

 仲間たちはなにやら怪訝そうな顔をしている。


「どうかしたのか?」

「いや、それが……冒険者たちが妙に騒いでるから、話を聞いてみたんだよ。そしたら――」


 ウォルドが言いにくそうに告げた。


「なんか、ユークのやつがたった二人でダンジョンボスを倒したらしい。しかも一日で帰ってきて、史上最速記録だとかって……」


「……」


 ああそうか。

 これは夢なんだ。

 そうでなければユークごときが僕を追い越してダンジョンを踏破できるはずがない。

 僕は気絶した。

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