ダンジョン攻略

「今さらだけど、あんた松明とか持ってないの?」


 『レイザールの岩窟迷宮』は薄暗いので、何かしらの灯りは必要になる。


「ああ、俺の場合は便利な魔術があるんだ」

「?」

「【ライト】」


 いつも使っている光属性の魔術を発動させる。

 小さな灯りを召喚するというもので、これがあれば松明は必要ない。

 遠くに撃つ必要のない魔術なので、遠距離魔術が絶望的な俺でも問題なく使うことができる。


「――ってこれ光魔術じゃない!」


 サリアが驚いたように言った。


「言ってなかったか? 俺、光属性の魔術師だったんだ。今はジョブが変わってるけど」

「聞いてない! ひ、光属性なんてレア中のレアよ? あたし初めて見たわ……」


 珍獣でも見るようにサリアが俺を眺めている。

 そういえば、ストーンウルフと戦ったときサリアは気絶寸前だった。

 俺が光属性の魔剣を使うところも見ていないのかもしれない。


「それにしてもこの灯り……本当にただ光ってるだけなの?」


 宙に浮かぶ複数の灯りを見ながらサリアが首を傾げる。


「何か変なところがあるのか?」

「そういうわけじゃないけど……うーん、気のせいかしら」


 サリアは首を捻っている。

 元超有名パーティに所属していたサリアから見て違和感がある、と言われると気になるが、正直俺にはよくわからない。

 ずっと使っていた魔術ではあるが、これで変なことが起こった記憶はない。


『ギャアッギャアッ』


 と、前方から魔物が現れた。

 ストーンゴブリンだ。


「さっそく出たわね。吹き飛ばしてやるわ」

「いや、サリアの魔術はもっと広いところで使おう。ここは狭すぎる。俺がやるよ」


 一階層の狭い通路では酸欠どころか崩落まで有り得る。

 ヴンッ、と音を立てて俺の魔剣が光を放つ。


 ズバッ!


『ギィイイイッ!?』


 ストーンゴブリンを討伐した。


「終わったぞ。よし、どんどん行こう」

「な、ななな」


 後ろにいたサリアが声を震わせている。


「なによその剣っ!? まさか魔剣じゃないでしょうね!?」

「よくわかったな。魔剣で合ってるぞ」

「なにを平然と……! あんた魔剣がどんなものか知ってるの?」


 そう言われるとよく知らない。

 魔剣なんて今俺が持っているものを見たのが初めてだしなあ。


「いい? 魔剣ってのは、刀身にマジック効果がー、なんていえば聞こえはいいけど、実際には魔力消費は激しいわ、魔力漏れがひどくて威力も低いわでろくに使える代物じゃないの。あたしが使ったときなんて、ちょっと刀身が熱くなっただけだったわ……」


 実際に魔剣を使ったことがあったのか。


「ええ……? 消費魔力が大きいとか、魔力漏れがひどいとか、あんまり実感したことないけどなあ」

「嘘言いなさいよ。あたし魔力には自信があるけど、使って三十秒でバテたわ」


 ふーむ。

 心当たりといえば……あ、もしかしてあれか?


「俺のジョブ、光魔術師から変わってるって言っただろ?」

「言ってたわね」

「実は俺のジョブ、魔剣士なんだ。それが関係してるのかもしれない」


 ぴしり。


 サリアが固まる。


「ど、どうした?」

「……魔剣士なんてジョブ、ギルドのジョブリストにも載ってないわよ? ってことは、あんたまさか……未確認の超レアジョブを持ってるってことじゃ……」


 ……ギルドのリストにも載ってない?


「そうなのか!?」

「なんであんたが知らないのよ!」


 仕方ないだろう! このジョブが発現したのは二日前のことなんだから!


「なんか色々と納得したわ……そうでなきゃ魔剣で戦うなんて芸当できるわけないものね。それにしても、あのネタ装備で戦える人間がいるなんて思わなかったわ……」


 ひどい言われようだ。


「ま、まあ、魔剣のことはともかく、他には別に変なところはないからさ」

「そ、そうよね。さすがにこれ以上おかしなことなんてないわよね」

「そうに決まってるだろ! よし、先に行こう!」

「そうしましょうか!」


 俺たちはダンジョンの先に進んだ。





「っておかしくないわけないでしょうが――――っ!」

「急にどうした!?」


 十階層まで来たところでサリアが壊れてしまった。

 やはり昨日の疲労が抜けていなかったんだろうか。


「なによこのエンカウント率! 全然魔物と出くわさないじゃない!」

「そうか?」

「違うわよ! 普通ならダンジョンを十階層下りようと思ったら何十回も魔物と戦わないといけないのよ!? それが今日はまだ五回しか戦ってないじゃない!」

「普通に魔物を見つけたら避けてるからだと思うが……」


 俺たちはダンジョンの最下層を目指している。

 最下層で強力な守護獣との戦いが待っているし、できるだけ道中の戦闘を回避するのは当然だ。


「だから、戦闘を回避しようと思っても最低数十回は戦う羽目になるって意味よ」

「今までそんなことはなかったけどなあ」

「だからおかしいって言ってるのよ! こんなに魔物と遭遇率が低いなんて有り得ないわ」


 サリアはさらに言葉を続ける。


「おまけに――【ファイアバレット】!」

『ギャアアアアアア!』


 サリアが火の弾丸を放ち、前方にいたストーンオークを撃破する。


「おお、すごい命中精度だな。やっぱりサリアはすごいな」

「あ、ありがとう。……じゃなくてっ、なによこの敵の弱さは! 【ファイアバレット】じゃ本当はストーンオークなんて倒せないはずよ!?」

「そう言われてもなあ……」


 いまいちサリアの言っていることにピンとこない。

 ストーンオークなんてもともとそんなに強くない魔物だろう。

 討伐推奨レベルは35とされているが、正直ギルドの判定が間違っていると思う。


「あたしに仮説があるわ。とりあえずこの灯りを消してくれる? あたしが松明に火を点けるから」

「わ、わかった」


 なんだかよくわからないが言われたとおり【ライト】を解除する。

 まったく、サリアは一体何がしたいんだろうか。

 灯りを消したくらいで何か変化があるはずが――

 

 ドドドドドドドドト


『『『グルォオオオオオオオアアアアアアアアアアアアア!』』』

『『『ウオオオオオオオオオオオ』』』

『『『ギィッギィッ!』』』


 馬鹿な! 急に魔物が大量に寄ってきたぞ!?


「ほら見なさい! やっぱりそうじゃない!」

「な、なんだ? どういう意味だサリア!?」

「光属性は、魔物が嫌う神聖属性と近い存在だって言われてるのよ! ……いいえ、殺傷力が高いぶん、魔物の恐怖は神聖属性以上かもしれないわね。そんな光魔術を身に纏って現れる人間がうろついてたら、魔物が寄り付かないのも当然よ!」


 【ライト】が魔物を威圧していたってことか?

 信じられない話だが、現に【ライト】を解除した途端に魔物が集まってきている。


「なら魔物が弱くなっているっていうのは!?」

「光属性は神聖属性と似てるって言ったでしょ! 魔物の体内を流れる魔力を光属性の魔力が弱めてるのよ!」


 証拠を示すようにサリアは【ファイアバレット】を手近なストーンオークにぶつける。


 ガンッ シュウウ……


 ストーンオークは多少よろめいたものの、倒れていない。

 ただ【ライト】を消しただけなのに、本当に魔物が強くなっている。


「なるほどな。サリアの言いたいことはわかったよ。俺は今まで【ライト】を使わずにダンジョンに潜ったことがなかったから、そんな効果があるなんて考えもしなかった」

「わかってもらえてよかったわ」


 うんうんと頷き合う俺たち。間違いがあってもそれをお互いに正すことができる。それはパーティのあるべき姿と言えるだろう。


「――それでこの状況をどうするつもりだ!?」

「逃げるに決まってるじゃない! 私だってこんなに集まってくるなんて思わなかったわよ!」


 叫びながら俺たちはその場を駆け出す。

 大広間というべき場所を見つけ、そこに魔物を連れ込む。

 この広さならサリアが全力で魔術を使っても問題ない!


「サリア、いけるか!?」

「任せなさい! 【ファイアストーム】!」


 ゴウッ!


『『『ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!』』』


 炎の嵐が広間に吹き荒れ、俺たちを追ってきていた魔物たちを焼き払った。


 とてつもない殲滅力だ。ここまでの広範囲を一気に攻撃できるのは、効果範囲の広い炎属性魔術ならではといえる。


「……サリアはすごいな」

「ふん、このくらい当然よ」


 そう言ってサリアは得意げな顔をした。

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