男の手形

@gonzaresusatou

男の手形

春がもうすぐ終わる少しじめっと蒸し暑さに眉を寄せる五月の中旬。

私は高校二年生を迎え、少しだけ変わった環境と進路への不安とで普段より気疲れをしていたのです。そのためか、私は眠る毎に枕が悪いのか気疲れが元か悪夢を見ることが増えました。高校二年生となればスマートフォンは使いこなすのも上手くなるもので、悪夢ばかり見る理由を自分なりに調べて原因を探り改善を目指そうとしました。

ですが調べても思うような結果が得られず、ただただ気が滅入るような夢を見続ける日々を送っていました。ですがたかが夢。数刻経てば忘れてしまうぐらいの小さな小さな悩みにしかすぎませんでした。それよりも勉強や将来の方が頭の中を埋め尽くしていたのです。

 そんな悪夢も日常となればほんとうに何も感じなくなっていくもので、小さな悩みだと思っていたのにその悩みは泡の様に消えていっていきました。それよりも前の年より早くきそうな夏への苛立ち、あと少しの高校生活を自分なりに楽しむことに勤しんでいました。つい先日も幼馴染と水族館やカラオケボックスに行ったり、勉強面でも躓くところもあるものの楽しく順風満帆な日々を過ごして悪夢もだんだんと憂鬱なものから、話題の種として扱うほどになっていったのです。

そんなある夜のことです。いつも私は高校生にしては早めの二十二時半を目安に就寝するのを日課としているのですが、その日はあまりにも寝付けませんでした。体感で二、三十分程暗い部屋の中で目を閉じていました。なかなか寝付けないのに苛立ちを覚え始めていましたが、私はいつのまにか海に沈むように眠っていました。

ですがその日見た夢はいつもより鮮明に、はっきりと今でも覚えています。

 私の家族はあまり家の鍵をかけないところがありました。

マンション住まいというのもあり、この家には誰にも入って来ないだろうという謎の自信があったのです。夜中になっても鍵が空いたままというのもしばしばあり、私はそれがとても嫌だったのです。マンション住まいだからとて、もしものことがあったらと心配性の私はいつも確認しては閉めてを繰り返していました。

 その不安と心配とが夢に出てきてしまったのでしょうか。

鮮明に覚えている夢の中では、昼間の時間帯に私はゆったりとあぐらをかいてドラマを見ていました。私の家は扉を開けると、廊下が真っ直ぐあり曲がり角もなく玄関の戸があるため、リビングの扉を開けておくとリビングからでも玄関から誰が入って来たのか見えるようになっています。その夢の中で私はドラマを見ながらふと視線を感じて玄関の戸を見たのです。そこにはスーツ姿の黒縁メガネをかけた男がニッコリと微笑みを浮かべ覗いていたのです。夢の中の私は、血の気が引いてすぐに玄関まで走って扉を閉めようとドアノブに手を伸ばそうとするのです。そこで私は目が覚めてしまいました。

久しぶりにこんな現実的な夢を見たなと冷や汗をかきながら、あんなに慣れていた夢に憂鬱感を感じその日は学校に登校しませんでした。


 その後も色々な夢を見続けました。ある日は自分が死んでしまう夢、ある日は人を殺めてしまう夢、ある日はただ暗い空間で逃げるだけの夢など多種多様で。でも、玄関が開けられている夢だけはいつまでも脳内で居座り続けていました。

そして悪夢を見る日々は日常生活にじくじくと影響を与えていきました。

授業中の眠気、立ちくらみなど流石に毎日朝居眠りだとこの年齢でも限界はくるもので。ある日の下校中、私は電車で最寄り駅につき自転車で自宅まで戻ろうとしている間。

今日もまた悪夢をみるのかと寝ることに対して嫌気がさしながらも、生暖かい風を受けてペダルを漕いでいました。

いつも通る道は大体老人か親子しか見ないのですが、その日は奥の方から多分スーツを着た人が歩いていました。

その時はこんな時間に珍しい。ぐらいしか気に留めておらず、ボーっとペダルを動かして徐々にそのスーツを着た人の容姿が見えて来ました。

その人は男性でメガネをかけていて、まるで、まるで夢の中で玄関の戸を開けていたあの人物に見えました。

肩が強張り目を見張りました。それでも進んでいく自転車はその人の真横にまで進んで行きました。

 その人は、夢で見た人ではありませんでした。通り過ぎる一瞬で見た顔は全くの別の人で。ホッと力が抜けました。夢の中で出てきた人間が現実世界にいるわけがない、非現実的だなと自分の驚き様に鼻で笑い、落ちていた自転車の速度をまたあげようと足に力を入れそのまま何事もなく帰宅しました。

 次の日、わたしは寝坊をし急いで駅へと自転車を漕いでいきました。

汗をかきながらも間にあった電車に乗り、風が涼しく吹く中ハンカチで額からたれる汗を拭い、外を眺めていました。

外を眺めるといってもわたしは酔いやすい体質なため、時々車内を見渡してちょっとした人間観察を嗜んでいました。

学生らしき人、疲れが溜まってるのか寝てる人。毎日色んな人を見るのがちょっとした楽しみで、でもそこまでじっと見ないようにとその繰り返しで暇な移動時間を過ごしていました。

ですが、その日だけ。否、その日から、夢に出てきたスーツの男らしき人間を見かけるようになりました。その日も、自分がいる列の少し奥の方に。

その次の日もその次の次の日も。

ただ自分の恐怖心が見えるようにさせているのかは、その時の自分では分かりませんでした。

まるで夢から出てきたようなアレに対して不気味な感覚が付きまとい、家から出るのも億劫になっていきました。

どこで出くわすか分からない、いつ接触するかわからない、夢なのか現実なのかわからない。分からないことだらけで疲弊していく一方で、でもそんなこと気にもとめないとでもいうように湧き出る悪夢。

 そんなある日、わたしは学校には行かず家で過ごしていました。アレに会わないようにするには外に出ないでおこうと思ったのです。

オンライン授業を終えて、昼食を食べてドラマを見て。そう普通に過ごしていました。

そのままドラマをずっと見続けていると夕方十七時頃兄が帰ってきました。

兄は部屋に入りゴロゴロとして、各自違うことをして過ごしていたのですが、わたしはドラマを見るのも飽きたので最近買ったゲームをしようと兄を誘いに廊下にでました。

あのさぁ〜と声をかけながら、玄関の横にある兄の部屋へ歩いていき開いている兄の部屋を覗く一瞬、わたしは玄関から視線を感じて目を向けたのです。

そこには開いたドアと誰かが立っていました。

その誰かは私を認識したらすぐドアから手を離したのでしょう、ドアがゆっくりと閉まっていくのがスローモーションで見えました。

いつから開いていたのか。誰なのか、そんなこと気にする暇もなくただただその時は鍵をかけないとと玄関へ裸足で降りて鍵を閉めました。

念の為にロックもかけて、兄に今起きたことをそのまま話しました。

ですが見たのは自分だけだったので、父親が帰ってきたのではと言われました。

ですが一向に鍵を回される気配もなく。

兄はまだ呑気に部屋の中でゴロゴロとしていて、自分だけ玄関に視線を貼り付けにしていました。

 しばらく経った頃、鍵が回され父親が帰ってきました。

安堵した私は、先程帰ってきたかと父へ確認しましたが、父は否と答えました。

確かに、先程顔は見えませんでしたが今の父と先程見た誰かの格好は異なっており完全に赤の他人が開けたのだと確信できました。

今の父はラフな格好をしており、先程の誰かは、スーツを着ていました。

わたしはあの夢を思い出し寒気が止まりませんでした。でもたまたま、隣の人が開けたのかも、とも思い立ちましたが右のお隣さんはまだ帰っておらず、左の部屋は空き部屋なのでこの部屋を開けられる事はとても不自然なのです。

一応父親が帰ってきたものの、またロックをかけて母の帰りを待ちました。

その間に先程あった出来事を話しましたが、やはり兄と同じ反応の半信半疑で全く気にも留めてない様子で。わたしだけがいつまたくるかわからない存在に警戒していました。

父が帰って来て一時間ほどで母も帰宅し、父親と同じよう説明をして。その間にもずっと気を張っていました。

ですが結局怖いね。鍵閉めないとね。で話は終わってしまいました。

初めて接触してきたことへ私は何もできず、ただただその後もわたしはいつまた接触してくるかわからないアレに対して警戒して、閉まっていない鍵を閉めることだけ必死に取り組んでいました。

 そんなことを繰り返ししているある土曜日。母と買い物をしに近くのショッピングセンターを訪れていました。

その日はアレも見えず、母と買い物をし、なんとなく枕を変えたいと伝えると承諾をもらえ新しい枕にできることになりました。

悪夢から解放される!もしかしたらアレももう見ることはなくなるんだと胸躍らせ、枕を変えました。その日からの夜はずっと熟睡で夢を見ることも、夢を見るとしても悪夢を見ることも、そこから生まれる憂鬱感も、体の不調も無くなりました。

悪夢と離れても鍵を閉めることは怠らず過ごす毎日。それだけでもわたしにとってはとてつもないことで、嬉しくて仕方がありませんでした。

しかも電車や道であの夢の人物らしきモノも見ることがなくなり、万々歳で充実した毎日をまた取り戻すことができました。

一ヶ月ぐらい経った頃。その嬉しさも日常になって夢の事さえ忘れて来た夏真っ只中のある日。

わたしはエレベーターに乗り自宅の玄関を開けようと、リュックの中から鍵を出そうとした時。ふと違和感を感じて、外の廊下に面している自室の窓の柵を見ました。

窓には外から覗かれないように簾がかかっているのですが、そこがずれていたのです。

風で動いたのだろうと思いましたが、気になってしまったので直そうと近寄った時私はソレに気づき、夏なのに冷や汗が止まりませんでした。

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