姉と弟
転がった小刀はカルナの傍におちつき、カルナはそれを拾い上げる。グルトはカルナのすぐそばで、倒れこみ、立ち上がろうとしている。
「ううぐう」
グルトはうめき声をあげ、重たそうにゆっくりと上体を起こした。腹部からその“弟”の声がする。
【死にたくない、死にたくないよ、姉ちゃん、それにあの人はなぜ僕の事を……】
「うるさい!!うるさい、どいつもこいつも!!」
カルナはその様子をみて、落ち着いて相手に問う。
「あなたを倒すまえに聞いておきたいことがある、あなた、なんで私を、デザ君を襲ったの?なぜ、こんな事を?」
「復讐だ!!お前も調べているのだろう、私の弟がどんな目にあって死んだか、そしてその後の私の人生がどんなものだったか、親への、魔女世界とこの世界への復讐だ、お前を襲ったのは、この区画の魔女は最弱という噂だったからだ、それにお前を守ろうとする人間、お前が大切にするであろう人間は、彼のような奴だと思ったからだ、この区画でもっとも“魔女に偏見をもたぬもの”デザ・ロア」
「……」
「お前にはわからなかろう“祈る”事でしか自分の境遇を変える事が出来ない人間の苦痛が、その子供時代のトラウマというものが!!」
そういいながら、グルトはやがてひざをまげながらゆっくりおきあがると、右手で腹部の弟の額をつかんで叫んだ。
「戦え!!私の名誉のためにタタカエ!!」
カルナはそれをみて、また焚きつけるようなことをいった。
「本性がでたわね、“憎悪”はしばしば自己目的化した魔法を形成する、あなたは最初は弟のために世界を恨んでいたはずなのに、今やあんたの“恨み”に弟を巻き込んだのはあんたの方よ!!」
「御託をいうなああ」
グルトは叫びながら、右手に魔法剣を生成する、
「今度こそお望み通りの決闘だ、クソ魔女カルナ!!」
「チ、狂気ね、弟のための復讐とは聞いてあきれる」
カルナも小刀をもち、応戦する。
《ガキィン・ガキィン》
カルナは、予想以上に相手の魔力がタフな事に疑問をもった。その勢いにおされて、カルナは、どんどんと先ほどまで結界を形成していた当たりまでおされる。
「くっ、どんだけ魔力があるのよ」
そのすぐ後方には、ロズ刑事やデザ、リーヌ、それから今駆け付けたであろうパトカーの集団がいた。
(なぜ、いまだにこんなに“魔力”があふれてくるの?まさか)
カルナは相手の異様な腹部に目をやった。
(まさか、二人分の魔力が!?)
カルナはつきとばされまるまり、逆向きに転がされて、何とか勢いをころし、ひざをついた。後ろをみると、デザがそこにいた。
(デザ、なんでこんな近くに)
それを狙っていたかのように、高笑いをあげるグルト。
「カハハハ!!!カルナ!!お前は巻き込んだんだ、人間の子供を!、お前も同類だよ!!」
「くっ!!……汚い」
背後をみると、デザがたちつくしていた。
「デザ、何を……」
「カルナさん!」
グルトは、その様子をみて、カルナに叫んで、ガッツポーズをした。
「僕は気にしなくていいです、勉強台ですから、もう多少の痛みじゃどうにもなりませんよ」
そういってデザは皆をふりかえり、その場所から距離をとるように命じた。ロズ刑事もリーヌもそれに応じて、人々を避難させる。
カルナはそれをみて、フッとわらい、一呼吸をおいて、おちついてグルトに睨みを利かせるのだった。グルトは、その隙をつき、魔法剣でカルナの左手に斬撃をあてた。しかし、その斬撃はわずかな切り傷をのこしたが、跳ね返された。
《バチィン》
その隙にカルナは思考を巡らせる。
(古い本で一度しかみたことないから、わからないけれど、けれど、“いちかばちか”“今の私ならできる気がする”)
そしてカルナは、小刀を右手に抱え、小刀に残されたわずかな魔力をたどった。彼女の頭の中に、芸術の回廊が広がる、一瞬夢のなかにはいったように、意識が“落ちた”。
真っ白な空間に、彼女が一人たっていて、前にも右にもせまい道がある。左をみると白い階段があり、それを上ると、何者かの“記憶”と思えるものにであった。それはアトリエの中の絵画であったり、音楽であったりした。カルナにはこれに覚えがある気がした。“この暖かさ、覚えがある”彼女が遭難し、生死の境をさまよっていたころ、人に手を差し伸べられた時に感じた感覚。
次の瞬間、瞬時に目を見開いた。
「“死者に救いを(タナトス・アナクフィスィ)”」
「こいつ!!まさか、土壇場で光の魔術まで?」
《ピィン》
カルナが剣を薙ぎ払うと、それに遅れてグルトの腹部に白い光が走る、やがて、黒い影がきりはなされ、腹部の“コブ”状のものがおちた。
《ゴトリ》
それは腹部から切り離されると、ドロドロとしたヘドロ状になり、地面にころがった。カルナは下をみてつぶやく。
「これが、本体……クレイ、なんてあわれなの」
その口がひらかれ“クレイ”がささやく。
【グルトお姉ちゃん、もう魔力は貸せない……】
それでもグルトはかまわず、単身っこんでくる。頭に血が上ったようだった。グルトが余裕しゃくしゃくでへらへらとわらう、まさに普段とは別人のように。
《ガキィン、ザン!!!!ガキィン》
斬撃が音をならす。
「まるであんた自身が“WIW”魔女の兵器、魔獣のようね、そんな様子だと本当にそうなるわよ」
「黙れ!!」
そこでグルトは詠唱し突風をカルナのほうに放った。
「マア・エール」
つきとばされ、一瞬後ろ向きにひるむカルナ。カルナが叫んだ。
「お前の魔力がわずかなのを感じる、それ以上使うと、自滅する、死ぬぞ!!」
グルトはその間にも長い魔法陣を地面にかき、そして正面にまた一回り大きなつむじ風、小さな竜巻といえるほどのすさまじい風を起こす呪文を放つ。
「マア・エール・ディーネー!!」
やがてカルナのほうにおしつけていく。だがその竜巻がカルナの直ぐ傍にちかづくと、カルナを瞬間的によけ、その背後の、避難誘導をしているデザにせまった。
「しまっ……」
カルナはデザに手を伸ばした。そして人影がひとつ、竜巻の上に巻き上げられていった。竜巻が、ロズ刑事とリーヌ達と、グルトを隔てて勢いよく音をたてる。
《グオオオ》
しばらくしてそれは竜巻がおちつくと、人影は静かに落下して、砂埃がまった。
《ドスウウン》
静かに駆け寄るグルト。
「……死んだか、デザ・ロア、ククク、クハハハハ!!」
笑うグルト、しかし次の瞬間、砂埃の中から手がのびて、グルトの喉元をつかんだ。
「グ・ル・ト!!!!」
砂埃がきえ、体と顔があらわになる、そこには激怒したカルナがいた。グルトは急いでまた同じ魔法陣と呪文を唱える。
「マア・エール・ディーネー!!」
《ゴオオオオ》
凄まじい音を立てながら、竜巻は広がり続ける。
「……」
カルナは危険を察知し腕を離し、後方に目を配る。そこには先ほどカルナに突き飛ばされたデザが尻もちをついてこちらをみていた。
ホッとした彼女もまた正面をむきなおり、グルトと同じ魔術を詠唱した。地面に魔法陣をかいた。
「マア・エール・ディーネ!!!!」
「!!?」
(バカか、こいつ!!)
だがその竜巻は、グルトの側に生成され、グルトの竜巻より大きく双方を吸収してより大きくなり、やがてグルトとカルナを巻き上げていくのだった。
《グオオオオ》
グルト「うあああ!!」
カルナ「くっ!!」
グルト「心情する気か、気狂いの魔女め!!」
《ブワアアアッ》
またもやカルナは、竜巻の中でグルトの首と、腰をつかんだ。そして徐々に竜巻を操作し、上昇し続けるのだった。カルナの腕の中でもがき、グルトは魔法剣でカルナの手をひきさいた。
《シュッ》
やがて竜巻の最上部へと上がると、二人はにらみ合いながら距離をとった。
「お前の“魔法”はいくら優秀でも、弱点があるだろう」
そしてグルトは魔法剣をでたらめに振り回しながらカルナと距離をとる。カルナは、ため息をついた。
「はあ、めんどくさい」
「!!!チッ」
そのカルナの様子にいら立ち、カルナに接近するグルト、そしてグルトは勢いよくカルナのもっていたグルトの小刀を弾き飛ばした。その勢いにのせグルトはカルナの腹部をまっすぐに突き刺したのだった。小刀は落下したがカルナは小刀に意識をむけて、竜巻を操作し、自分とグルトの間、自分の直ぐ傍に小刀を引き寄せるのだった。
「マオペ!」
そのとき、はるか下方、何かを悟ったかのようなリーヌが巨大な竜巻の頂上に向けて叫び呼びかける。
「カルナ!!落ち着いて!!やめなさい!!魔女の罪は、希星魔女院の裁きを受けさせるべきよ!!私的制裁はやめるのよ!!」
リーヌは気づいていた。すでにカルナが別人のようになっていること、いつものように、人に怯えニヘラニヘラとわらうのではなく、ニヤニヤと笑うカルナが、カルナの別人格ともいうべき別の面であることを。
カルナは、腹部にささったグルトの魔法剣を左手でつかんでいた。腹部と左手に痛みが走っているはずが、魔法剣を伝ってグルトの左手にぐっとつかみかかる。血が噴き出す掌。
「コノヤロウ、私に近づくな!!」
グルトはカルナの腹部を右足で蹴とばし距離をとる。
(距離を詰められたら終わりだ!!)
グルトは慌てて呪文を詠唱し、右手でも魔法剣を生成する、その剣はこれまでの倍近くあり、それを天にかかげた。カルナの腹部をつきさそうとした。
「終わりだ!!」
その時だった。
《リーーンッ》
カルナとグルトの間に落下したグルトの魔術小刀が光った。そしてグルトの足を衝撃がはしり、上方にふきとばされ彼女は尻もちをついた。
「魔術小剣は、近場の魔法を吸収して、保存、模倣する」
カルナはすぐにグルトに近づき、左手でグルトの肩をつかみ、次に右手でグルトの腹部にむけて掌打をうち、一瞬ひるませると先程と同じく、衝撃波を放った。
《ズドン!!!》
「うぐっ」
腹部の衝撃にうろたえ嘔吐し、たおれこみ、動けなくなるグルト。カルナが腹部を確認する、だが傷は浅く、掌の傷も浅かった。
「教えてあげる、私は“衝撃のオリジン”を持って生まれてきた、あなたと同じ“優秀な能力者”、オリジンは“詠唱”なく使用できる……」
次に、竜巻の頂上で横たわるグルトを抱きかかえた。リーヌは相変わらず叫んでいる。
「その魔女を下ろしなさい!!カルナ!!」
カルナはリーヌの話などまるできいていないようにニヤニヤとわらっている。
「死ね!!!」
カルナは一瞬頂上で突風を形成し一層高く跳ね上がると、その7メートルほどの高さから、グルトを一瞬もちあげ、力をこめふりかぶった。リーヌが叫んだ。
「カルナ!!!」
やがてカルナはグルトをを下にたたきつけるようにして、頭から落下していった。落下の中、竜巻がまきあげた様々なゴミ、廃棄物がカルナとグルトにぶつかり、そのたびにカルナの体から白い光がたち、ゴミをはねのけた。竜巻が重苦しい音を立てる。
《バチバチッ》
《ゴオオオ》
グルトがすでに敗北をさとったように、全身の力をぬいた。
(そうか、どうりで、何度つむじ風で高所から突き落としても無事だったわけだ)
「私の負けだ、カルナ、やはり詠唱なく何らかの魔術を使っているお前は“オリジン使い”、私の数桁上の存在“ハイ・マスター”クラスの魔女」
「彼のいたみはこんなものじゃなかったわね」
「く……」
グルトはうすら笑いをうかべた。わざとカルナの腕の中で翻り、正面で地面をみつめた。ぐんぐんと落下し、グルトの体に風やモノが当たるたびに彼女は激痛を覚えた。
「ぐあああ!!」
ゴウゴウとなる竜巻の中、グルトは痛みと死の直感だけが、全身を駆け巡り背筋が冷たくなり、体と意識が空中に置き去りにされたような錯覚に入った。
(弟が体から切り離されていることが救いだ、このクソだった人生を早くおわらせてくれ)
しかし、グルトの体が地面にもう数10センチまで迫ったころに、カルナは耳の奥に聞こえないはずの声をきいた。瞬間、カルナに“迷い”が生じた。
【おねえ……ちゃん、やめて】
その声は、黒いヘドロとなったグルトの弟から発せられた声だった。
「!!!」
カルナは体をひねった。そしてグルトを抱え込み、地面にむけて、両手を伸ばした。
《ズドーーーーッン!!!》
「カルナ―!!!!」
リーヌはそう叫びながら、カルナが落下し、砂埃が舞うクレーターあとに走っていった。
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