マジシャンズマジョリティ 魔法使いの掟

ボウガ

プロローグ

―― 私はいずれこの町を脱出する――


 東のウェール大陸、南沿岸部ウィーカ特別区。その一角のここAG街は魔女の魔力を制限する結界に守られている。この地域では魔女がらみの犯罪が昔から多く、人間界からも魔女界からも問題視されているため、結界ともうひとつ、魔女が警備をしている。希星魔女院という魔法使いの教育機関から派遣された魔女だ。


 白髪で長髪、困り眉にたれ目の女性が自室の入り口からベッドへ向かう、シャワーを浴びたばかりの髪をドライヤーで乾かし、タオルで拭きそれが終わるとベッドに入り座り込んだ。ベッドの脇には膝丈ほどの小さな机があり書類がひろがる、その正面にモニターとPCを乗せた大きめのデスクとワーキングチェアがある。その横に棚がありその上に大きめの鳥かごがあった。

 「寝るよ」

 だれともなく呼びかける女性。その顔はにこやかで、にへらとわらった。これは彼女のクセなのだ。話すたびに人の様子をうかがい、にへらとわらう。

 「プリダクションヘッドセットはつけた?」

 やがて女性を鳥かごをみつめる。声に反応をしてきたのは鳥籠の中のオウムだ。

 「つけたよ、リアナ」

 驚きもせず女性はオウムと言葉を交わす。オウムに示すように彼女がてにとったのは見た目はカチューシャのようだ。だが、ただのカチューシャではない。

 「リアナ、明日6時に起こして、もし目覚ましでおきなかったらね」

 「オッケー」

 会話が成立することから察するにオウムは声真似をしているのではないのだ。

女性 「じゃあおやすみ」

オウム「おやすみ、カルナ」

 やがてカルナと呼ばれた女性はベッドの上にあつい毛布と掛布団をかぶり、話し相手のオウムに背をむけ、布団の中にふかく沈み込んだ。


 プリダクションヘッドギアは、魔女の証、そう、この女性“カルナ”は魔女である。そして魔女には、こんな言葉が伝わる。

――魔女は睡眠を無駄にしない、夢の中でも、仲間のために働く――


 女性カルナは夢をみていた。景色が写真がいくつもおかれたように重なりあって、モンタージュのようになり、雑然とした景色がまじりあい、電信柱、家、信号機、道路、様々なものが異常な形でまじりあった。まさに奇妙な夢のなかといった様相。だが徐々に平衡感覚がもどり、次第に景色はおちついて一つの像を結ぶ。そこで夢はある一つの情景を描写する。廃墟と、廃棄物の山、それにいくつかの人影があらわれた。廃棄物の山の頂上に魔女らしきいでたちの見知らぬ人物がこちらを見下ろしていた。彼女の周辺にはあちこちでつむじ風がまきおっていた。

 

 女性カルナの意識は周囲を見渡す、視界のすぐ下、わずかに感覚で感じ取れる自分の体と思しきもの、そこには宙を舞う光る球体があった。

 (これは、予知夢だわ)

 カルナは確信した。魔女が見る夢のなかで、直前の記憶と無関係なことはほとんどが予知夢である。そしてそうした場合、自分は実体を持たず、光る球体となってその夢のなかをうろつくのである。


 光る球体はすぐに上をみあげてこういった。

 「魔法災害―魔女による災害の予知夢かしら?―」

 魔女は廃墟の上にたち、杖をふるって結界のようにつむじ風を起こしている。上に近づこうとするが、そのせいで中腹より上には近寄れなかった、仕方なく魔女を観察すると、彼女はその麓に目を向けているようだった、そこで球体の意識はその下の廃棄物の麓に目を移す、そこでは、二つの人物が向き合いとっくみあっている。

 (何だ?)

 そちらへの方向へ近づいていくと、二人の人物の声が聞こえ、髪型と声の太さからして男であることが判別できた。男たちは、体ははっきりと描写しているのに、顔だけはぐちゃぐちゃにペンで塗りつぶされたように乱雑に描写されていいる。顔の見えない男が、別の顔の見えない男につかみかかって叫んだ。

 「――もう一度言ってみろ!!」

  さけんだ瞬間、つかみかかった男の顔がぼんやりと浮かび上がって、彼女はそれを記憶にやきつけた。次に、つかみかかられた男が、返答する。

 「――いってやるよ!!何度でも、あいつらは、お前の祖母とリサは“嘘つきで悪女だ、魔女だった!!”」

 つかみかかる男はそこでこぶしを大きく振り上げた。次につかみかかられた男もこぶしをにぎりしめ、殴りかかる。そのこぶしとこぶしが衝突した瞬間、その間に衝撃派と白い光が生じ、お互いを吹き飛ばした。つかみかかられた男はその衝撃で、弾き飛ばされ、血だらけになり動かなくなった。夢をみる彼女は、目の前の光景に息をのんだ。

 「人間が……魔法を?……ありえない、これは何の暗示だろう」

 突き飛ばされた彼はもう死にていで、荒い呼吸に肩を揺らしている。彼は、何か自分に関係がある人物だろうか?そう考えると、何か、彼女の中で大事な何かが失われた感覚がした。

 “プツッー・ツー・ツー”

 そこで映像はとぎれとぎれ、砂嵐が流れる。


 6時間後、その後それと無関係な現実に関係する雑然とした夢を多々みた彼女は、不快な音で意識を現実と直結させる。

 《ジリジリジリジリ、リンリンリンリン》

 あさになったのだ。暗闇から光がさしこみ五感が徐々に世界を認識する。瞼をパチパチとすると、今まで眠っていた意識が体にもどり、体を動かすとやっと目がさめる。掛布団をはいで勢いよく起き上がる。やかましくなる目覚まし時計のボタンをおした。掛布団を勢いよく取り去った。

 《ガバッ》

 「プハッ」

 まるで今の今まで潜水でもしていたかのように深呼吸をして、胸に手を当てた。その様子をみて、羽をばたつかせ、オウムが尋ねる。

 「どうだった?」

 「予知夢を引さびさに見たわ!それに男の子、何か男の子がね、えーと、ちょっとまって……」

 スマホをとりだし、勢いよくメモをするカルナ。なだめるようにオウムはいった。

 「おちついて、額に汗をかいてるわよ、予知の正確さもわからないし」

 オウムはクスリとわらって、かぎ爪で籠の扉を自分でこじあけ籠からぬけだしとびたって、彼女の肩にのりその頭をなでた。

 「まずは、いつもお疲れ様、本当の体では合えないけれど、私はいつもみているわ、この“結界区”の外から」

 女性カルナはベッドの頭側の窓から外を見る。オウムの羽がひらひらとまって、まるでいま窓の外から天気の良い空に飛び立っていったような情景が広がっていた。

 「そうね、“リアナ”、私の親友、あなたの本体は、“この町の外にある”あなたののような友達がこの町でも見つかればいいのだけれど」


 その時彼女は外を見上げ、心のどこかでこう思っていた。


―― 私はいずれこの町を脱出する、この町の人を守り切った後に ――

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