SS 041_R 報道発表(3/4)
本日、起きるであろう出来事の目撃者に為るべく、そして、その内容を多くの視聴者・聴衆者に報告すべく、無事に会場入りした記者が辺りを見渡す。
「わぁーーー」「うわっ!」
顔を下げて、十字させた腕を前にした相棒が背中に突っ込んできた。
落としたペンを拾い振り向けば、当の本人も背中を向けて、抜けたばかりの円環の水盤を撮っていた。
「凄いっすよ」「お前なぁー、二度目だかんな!」
確かに表面が波打つような開口部に入るのには勇気がいるだろうし、出口に突っ立っていた記者も悪いが、なかったことにされた。
「何で出来てるんだろうな?」
「金じゃないっすよね?」
確かに外観の光沢は、
「ミスリル製ですよ。表面をニトリド・ミスリルで被膜して、耐摩耗性や耐腐食性などを向上させています」
「ミスリル、来たぁーーー。異世界定番のミスリルですって。伯爵っぽいのも良き」
それよりも、お前、興味を持つべきはコッチだろ。
転倒した俺を心配して駆けつけてくれた彼女。第一声の「大丈夫ですか」は流暢な日本語だったけどな。
紺の制服を着て、首にスカーフを巻いて、おまけにギャリソンキャップまで被って、どこの
だって、頬に薄く金色の毛が生えているし、第一、側頭部に耳がねえもん。
獣人って、奴だろ、きっと。キャップの下に秘密があるに違いないぜ。
「心配ありがとうございます。少しお話、よろしいでしょうか。私、こういう者でして……」
記者は名刺をさっと差し出すが、第一魔王国人にそっぽを向かれる。
「それよりも、急がれたほうがよろしいのでは?」
いや、視線誘導をされたのか。
リーフレットのような印刷物を覗き込みながら、キョロキョロと周りを伺う視線群と交差する。そして、帳壁に開いた
「やばい、出遅れた。俺らも急ぐぞ」
相棒の襟首を引っ張って促すと、記者もつま先を皆が進む方向に向ける。会見場にはただ入れば良い訳じゃない。質疑を受けやすかったり、良い写真が撮れたりする場所取りがある。
記者歴10年を越えて、もう新人とは呼べなくなった者がとって良い失態ではない。
「……になれば、また、会う機会もありますよ」
感謝の言葉を告げる記者の背中に声が掛けられた。
記者たちは、カードと一緒に送られてきた、この施設のフロアガイドが書かれたリーフレットを拡げながら走る。
今いるホールは、中央部で一層分の高さの帳壁に遮られ、そこには水門のような
今時は、
尤も、ウェブでもトップサイトはアップされているので、こんな情報も次第に公開されていくのかも知れない。と言うよりも、これも今日のイベントがどのようなものなのか、一切、漏らさないために徹底した結果なのかも知れないが……。
そんな姿勢もこれだけ知りたいと思わせる欲求につながっている。もし、彼らがそれを慮ってのことならば、俺たちはまんまとそれにはまっている訳だ。
こんな風に、人々の興味を引き続け、その日のニュースに何かしらの話題を提供して
日本とハワイの中間あたりに、突如、小島が出現したかと思うと、その翌週には国連会議場で、自らを魔王であると名乗り、その島の領有を表明し、次いで建国宣言と来たもんだ。
その後も、世界を相手に大立ち回りを繰り返し、いろいろと騒動を引き起こしてくれた訳だが、実際のところ、彼らが何者で何が目的で何をしようとしているのか……そんなことは、一般人の俺らには知りようがなかった。まあ、お偉方とはいろいろとやっているようだが、その結果もわずかしか知ることが出来なかったし、その過程も知るのが事が起こり終わった今でさえなかなかに難しい。
そんな中、彼らから
おっと、人の流れが一方向に集中し始めた。
周りの連中の表情は、期待と期待と期待と……いやはや、良くわからない連中の招待に応じるのだから、少しくらい不安があってもいいようなものだが、ちっ、俺も含めてだが、こいつらもいかれてやがる。まあ、俺もちょっと逸る気持ちが抑えられないと感じるから、人のことは言えないけどな。
やばい、やばい、少し、気持ちを押さえないとな。報道は、自分の感情は残しつつも、頭は常に冷静に、だ!ひぃひぃふぅ~。
送付されてきた
エスカレーターに乗り、上階を目指す。施設内の広告サインに従って進む。最上階の展望デッキに上がれば、どよめきが起こっている。
そんな参列者に混ざるべく歩みを進めれば、ガラス越しに緑が見えた。
原発事故により立ち入り等が規制されてはいたものの、そこにあったはずの街が見渡す限りの森と草原に変わっていたのである。
日本政府が、魔王を名乗る者に、原発事故による放射能物質の除去を条件に福島第一原発を中心とした半径21kmに渡る約650キロ平米(東京23区と同程度)の土地を約300年に限っての租借に応じたのだが、それ以降、その地域は隣地からはもちろん衛星などからも何か光が揺らぐ空気のドームに包まれたような姿を映すのみでその内部を把握できなかったのである。
建物は撤去できたとしても、さすがに森は有り得ないよな……どうなってんだ、これ。
人がいなくなれば、自然があっと言う間に文明を飲み込む。建材の耐久の期限だけではない。どんなに密閉していても、目に見えないカビの胞子は建物に侵入し、水は凍結融解を繰り返し壁に亀裂を作り、そこに、虫や鳥類、小型の哺乳類までもが入り込んで、崩壊を促進させる。
しかし、それでも一定の期間の猶予はあるだろう。
どよめきが収まらないなか、イベントスペースに設けられたワイドビジョンに光が入る。
その周囲には、数台の中継カメラと会見用のスタンドが設置されている。
今回の
「ボン、ボン、あー、テステス、春先ちゃん、これでいいの」
マイクをポンポンと叩く女性が傍らのアナウンサーの春先に尋ねる。
褐色の肌と背中に流した栗色の髪、すらりと伸びた四肢に紺色のスーツをまとい、ドレスシャツの胸元から溢れるのはふんわりとした
非公式ではあるが、すでに多くのファンクラブが林立する魔王様の報道官、レヴィアた……レヴィアさんだ。
勢いよくフラッシュがたかれたにも関わらず、終わるのを待って、笑顔を見せる栗色の
海外メディアでは、栗=モンブラン、または
日本のウェブサイトでは、やっぱりレヴィアたんである。
筆者注》首巻毛ではなく、胸毛と言った記者の消息がわからないらしい……
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