第19話 決着


「はぁはぁ」


 俺は地面にぐったりと横たわる。身体全体には鈍い痛みがあり、それが大きな熱を生んでいる。


「は!?まぁまぁ頑張ったんじゃねぇの」


 時岡はぺっと唾を吐き出した。空き地の地面にぴちゃっと液体が付着した。


 俺は精一杯時岡と戦おうとした。隙あれば、何発も攻撃をするつもりだった。だが、空手黒帯は伊達ではなかった。時岡は攻撃をする隙を与えてくれず、何度も強烈な拳や蹴りを繰り出してきた。俺はそれらの応酬に防戦一方になり、最終的に身体に限界が達した。その結果、俺は地面に横たわる状態になってしまった。


「まぁ、今日はこの辺にしといてやるわ。明日も同じ目に合わせてやるから。覚悟しとけよ」


 時岡は心底、見下した目で笑みを浮かべた。不気味な笑みだった。それは少なからず俺に恐怖と怒りを植え付けた。


 明日も同じ目に合わせてやる。


 この言葉を聞いて、奴にいじめられた記憶が明瞭に復活した。


 廊下で遭遇すれば肩を殴られ、トイレで遭遇すれば蹴りを喰らわされた。


 他にも腹パンや髪を掴まれたりもした。


 当時の俺は時岡に出会わないために、違う学年のトイレを使ったり、図書館へと逃げたりもした。


 しかし、時岡は俺を探し出し、そのトイレや図書館の入り口の前で待機していた。


 その結果、俺は奴に捕まり、幾度となく暴力を振るわれた。


 もうあんなひどく痛い思いをしたくない。


 そんな内から湧き出る強い思いが不思議と身体を起こした。


「あ?まだやんのか?」


 時岡は地面に放り投げた学生カバンを取ろうとする真っ只中だった。


「う、うぉぉぉーー!」


 俺は重い身体に叱咤激励するように大きな雄叫びをあげ、時岡へと突っ込んだ。


「な!?って。ガッ」


 虚をつかれたのか。時岡は俺の突進に反応できなかった。俺の勢いある突進が時岡の腹にヒットした。


「うぉぉぉーーー!!いっけーーー!」


 俺は時岡にぶつかるだけに留まらず、そのままトラックみたいに突き進んだ。


「ぉぉお。ちょ、まっ」


 時岡はどんどん後ろに歩を進めていく。奴は腹へのダメージから俺の突進に対応できていない様子だった。


「ガッ。ああ〜〜」


 俺の突進のおかげで時岡の背中が空き地を囲む壁にぶち当たった。奴はあからさまに顔を歪めた。


「いてぇ!ちくしょう。いてぇよーー!!」


 時岡は俺をなんとか払い退け、背中を押さえながら地面でのたうち回った。


 はぁはぁ。ダメージはあるみたいだな。でも、油断はできない。空手を習っていたからにはいささか痛みの経験はあるだろうから。


 10数秒後、ようやく時岡は背中を押さえながら立ち上がった。まだ、ダメージは抱える顔を示している。


 俺と奴の目が交差する。俺は真っ直ぐ奴を見据える。鋭い目つきで。


「っ。きょ、今日はこの辺にしといてやる!逃げたわけじゃないからな。ちょ、調子に乗るなよ〜〜!」


 時岡は痛みに耐えるような顔をしながら、学生カバンを手に取ると、そそくさと空き地から去ってしまった。


 俺は逃げてゆく光景を奴の背中が消えるまでじっと見つめていた。本当に消えてしまうまで。


「はぁはぁ。もう無理だわ。きつー」


 時岡の姿が完全に消えると、力が抜けてガックリと地面に倒れ込んだ。うつ伏せになり、顔や服が汚れたが、それらを払うことはなかった。


 周囲には誰1人通行人は通らず、俺に声を掛ける人間は現れない。唯一、俺をじっと観察するのは空き地の周りを囲む壁しかいないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る