第4話 本屋に行く途中


 入学式からひと月が経過した。


 俺はバスケ部に所属せず、帰宅部に入っている。そのため、現段階では平穏な学校生活を送っている。大きなストレスもない。


 そんな俺は学校終了後、1度自宅に帰った。学生カバンを置き、制服なら私服に着替えた。それから、地元にある本屋に足を運んでいる。


 目的はラノベを買うためだ。


 本屋までは10分ほどの距離なので、徒歩で向かっている。


 何の気無しに歩を進めていると、本屋が見えた辺りで緑の制服を着た男女の姿があった。


 緑の制服は俺が通う中学のものと全く同じだった。


 2人をじっと凝視すると、どうやら男子の方が女子をしつこく誘っているように見えた。


 そして、その男子は俺が良く見知った人物だった。


 清水健太郎。これがその男子の名前だ。


 旭西中学校の男子バスケ部に所属しており、俺と同じ1年生だ。


 俺がバスケが下手がために、罵ったり暴力を振るったりしてきた奴の1人だ。しかも、1番俺に害を与えたのもこいつだった。


「ねぇねぇ。俺様と一緒に遊ぼうよ。1回ぐらいデートいいでしょ?」


「嫌だってさっきから言ってるでしょ!」


 無言の見つめている間に2人の掛け合いが耳に入る。


 女子はその場から立ち去ろうとするが、清水が腕を掴んで行動を制限している。女子は自由に動けない状態である。


 過去では清水に何もかもやりたい放題された。ボールで顔を殴られたり、盛大に部員の前で馬鹿にされたりました。さらに、チンパンという股間をパンチすることも何度もされた。


 思い出すだけでふつふつと怒りや殺意が生まれた。


 このまま黙っていれば、おそらく女子は清水の誘いを受けてしまうだろう。しつこさに根負けしてしまうだろう。そうすれば、彼女は嫌々、清水とデートする羽目になる。そんなことさせてたまるか。奴の思い通りには意地でもさせない。


 清水や女子の周囲には何人か学生や大人がいたが、誰も止めに入らなかった。面倒ごとに首を突っ込まない主義なのだろう。


 だが、俺は違う。もう、未来と同じ経験はしたくない。そのためには、度胸も必要なんだ。以前までの臆病さを抹消する必要があるんだ。


 俺は深呼吸をして覚悟を決めた。清水の元に歩み始めた。


「ねぇ。嫌がってるんだからやめた方がいいんじゃない?」


 俺は意図的に清水が紡ぐ言葉を遮った。


 清水と女子はほぼ同時に俺に視線を走らせた。


「あ?なんだお前?俺様は今、忙しいんだよ!」


 清水は俺の背丈を理解するなり、挑戦的な口調で苛立ちを露わにした。背丈が自身より低いことを認識したため、強気な態度が取れたのだろう。大体の人間は自分より身長が低い奴には態度がでかくなる。


 まぁ、無理もない。清水の身長は170センチなのに対し、俺は160あるかないかだからな。


「いやいや。忙しいとか関係ないでしょ。人が嫌がることやってるだから、さっさとやめた方がいいよ」


 俺は多少の恐怖を感じつつも、その感情を誤魔化すために敢えて挑発的な言葉を放った。口を動かしていると、不思議と恐怖は和らいだ。


「てめぇ!俺様を舐めてんのか?」


 清水の声が普段の甲高いものから冷淡なものへも変化した。清水は速攻で腕を伸ばし、俺のTシャツの胸ぐらを掴んだ。


 首に引っ張られる感覚が生まれた。


 きりきりっとTシャツが鳴っている。


 女子の方はどうすればいいか分からず、ぶるぶると身体を震わせている。無理もない。いきなり清水が俺の胸ぐらを掴んだのだから。


「舐めてはいない。注意をしているだけだ」


「へっ。減らず口だな。痛い目見るなよ」


 清水は口内から黄色の歯を剥き出し、右手の拳を握りしめた。


 まずいな。俺は度胸は増加したかもしれないが、筋力はついていない。つまり、ケンカは圧倒的に弱い。だから、このままケンカになれば一方的にボコられる。


 おそらく、俺のパンチやキックはこいつには通用しない。それに、胸ぐらを掴んだ奴の手も剥がすことができない。


「くらえ!」


 清水は後方から力強く拳を振り上げ、俺の顔へと目掛けてパンチを繰り出した。


 どんどん拳が接近してくる。このまま一発は確定だな。


 そう覚悟していたが、現実は予想外の方向に進んだ。


「おっと、ストップ」


 何者かが後方から清水の二の腕を掴んだ。


 清水が不機嫌な様子で後ろを振り返った。


「キ、キャプテン!」


 清水は盛大に大きな声をあげた。心底、驚いている様子だった。


 一方の俺も驚きと動揺を隠せなかった。


 なぜなら、清水のパンチを止めたのが、旭西中学バスケ部キャプテンの難波先輩だったからだ。


 難波先輩は背丈が175センチ程あり、坊主頭の黒髪の男子だ。彼も旭西中学の制服を身に付けている。


 難波先輩はバスケ部で1番実力があり、部内での信頼も厚かった記憶がある。まぁ、俺が入部して4月後には引退しちゃったけど。


「悪い。こいつが迷惑掛けたな」


 難波先輩は軽く頭を下げると、清水に手を離すように命令した。


「わ、・・・わかりましたよ」


 清水は渋々、俺の胸ぐらから手を離した。


「本当にすいませんでした。おい!行くぞ!!」


 難波先輩は俺と被害を受けた女子に頭を下げると、清水を叱りつけるような声を発した。


 数秒後、難波先輩は清水の首根っこを掴み、ずるずると引きずりながらその場から立ち去って行く。


 俺や女子、その他の周囲の人間はその光景を呆然と眺めていた。

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