第37話 見えるもの、見えざるもの
木々や花の育ちが悪くなった。ものによっては根腐れする。そして虫などがいなくなった。
トリビューは最近の異変についてマリオン達に語った。
「発育が悪いのは、土が合わなかったとか水を上手く吸い上げられなかったからだと、最初は思いましたが、同じように育てている庭園の木々や花は変わらず生き生きとしております。温室なので外と違い風が澱んでいるせいなのだと思いますが」
確かに外の庭園と違い、温室は時に密閉空間となる。
「風通しだけの問題じゃないと思うけど。ここは薄暗い。光が届いているはずなのに」
ガラス張りの温室は光を通す。なのにここはその光が遮られている。
「さようでございますか?」
「特に暗いとは思わないが」
マリオンとトリビューが同じように上を見上げて言う。
陽妃の目には太い幹をよじれさせた大木の周りを黒い靄が覆っているのが見える。
葉の一枚も付いていない枯れ木のような大木が。
トリビューが勤め出す前からそれはここにあったのだろう。
ボコボコとこぶのようなものがその根元に見える。
しかし彼らにはそれが見えない。
(どうして私だけに見えるのかな)
彼らは霊が見えない。声を聞くこともできない。
陽妃がそれができるが、代わりに魔法が使えない。
「陽妃、何が見えるのですか。ぼんやりとしていて、何かがあるはずなのに、それが何なのか私には見えません」
紫水はマリオン達よりもこの場所の気配に敏感に反応している。陽妃ほどはっきりは見えないが、何かがあるのはわかっているようだ。
これが見えるのは陽妃と、これに関わる者だけ。
「ここに何がある?」
ただの壁。だが、陽妃はそうは思っていない。目を凝らしてみてもマリオンには煉瓦を積み上げた壁にしか見えないというのに。
「おい、答えろ」
「兄上、こちらにいらしたのですね」
マリオンが自分に背中を向けている陽妃の肩を掴んで、自分の方へ向けさせようとした時、声が聞こえた。
「リュシオン、どうした?」
「兄上を探していたのです」
「俺を?」
「訓練場から直接ここへ来られたのですか?」
マリオンがまだ甲冑を身につけたままなので、そう訊ねるのは当然だろう。
「俺に何か用か?」
「それより、兄上はここで何を?」
「温室へ行くというので付いてきただけだ」
「ここに何かあるのですか? トリビュー久しぶりだ。元気にしたか?」
リュシオンは普段この温室と庭を管理しているトリビューに挨拶した。
「リュシオン殿下も、お久しぶりでございます」
トリビューがリュシオンにも挨拶する。
「こちらへいらっしゃるのは一年ぶりでしょうか」
「それくらいになりますか?」
「はい、ちょうど月宮の花が咲いた頃でしたから、よく憶えております」
「月宮・・そうか、あれから色々忙しかったからね。母上は今も時折来られているのか?」
「さっきその話をしたいた所だ。リュシオン、お前、母上とここによく来ていたのか」
「時々ですよ。魔道騎士の職務と公務の合間に母上と来ていました。一人では足を踏み入れたことはありません」
「そうか」
「そう言えばマリオン様はお小さい頃、温室が怖いとよく泣いていらっしゃいましたね」
「トリビュー、何を」
泣いていたとか言われ、恥ずかしがってマリオン王子は顔を赤らめる。
「それで、俺を探していたとは?」
これ以上トリビューに変なことを言われないように、マリオンは話題を逸らした。
「ああ、はい。実は母上が私と兄上、それからそちらの占い師殿とその従者の方々をお茶会に招待したいと言ってこられたのです」
「母上がか?」
リュシオンが封筒に入った手紙を渡す。その中身を先に見てからマリオンは陽妃に渡した。
それはお茶会の招待状だった。
マリオン達は王族だ。それぞれに宮があって、王妃も国王も、その息子たちも普段顔を合わせる機会は極端に少かった。
「王妃様が、我々をお茶会に? お茶を飲むのにわざわざ手紙を? それともそれが普通なの?」
王妃にお茶に誘われたことより、一緒にお茶をしようと直接言わない習慣に驚いた。
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