第34話 竜騎士マリオン
「あ」
「どこへ行く?」
温室へ向かう途中で、マリオン王子と出くわした。
甲冑を身に着け、背中に大きな槍を背負い、兜を小脇に抱えている。
額にはうっすらと汗を滲ませている。
「王子殿下にはご機嫌」
「そのような挨拶はいらない。質問に答えろ」
陽妃に全部言わせず、マリオンは重ねて尋ねた。
厳つい鎧姿は竜騎士の正装なのだろう。
「別に遊んでいるわけではありませんよ。きちんと頼まれたことはやっています」
「そのようなことは思っていない。どうしてそういちいち突っかかる言い方をするのだ」
「そのようなことはありません」
「まあいい、それで、どうなのだ?」
既に陽妃と紫水、白銀、石榴の一段は周りから注目を集めていて、そこにマリオン王子が対峙することで、更に人々の関心を集めている。
マリオン王子の存在に対しては遠慮して、近寄る人はいない。
(これは、人避けにちょうどいいかも)
ここへ来るまでに何度か呼び止められていた陽妃は、そんなことを思った。
実際ぞろぞろと付いてきていた人々が王子が現れたと同時に、さっさと散ってしまった。
彼らにしてみれば、仕事を放り出してついてきているのだから、王子に咎められるのを恐れてのことだろう。
「温室へ向かうところでした」
「温室?」
「はい」
「そこに何かあるのだな」
花を愛でるためでないことは彼もわかっているようだ。だが、遠巻きにされているとは言え、人の多い廊下では敢えて核心には触れなかった。
「もちろん、温室ですから」
「では、俺も一緒に行こう」
話の流れで彼がそう言うだろうとは思っていた。思った通りの展開に陽妃は笑いが洩れるのを我慢した。
彼に見られたら、また何か言われるのはわかっていたからだ。
代わりに少し眉を寄せて、嫌そうな顔をして見せた。
そうすれば、何となくだが陽妃が嫌がるのを楽しんでいるように見えた。
「ここは王宮ですから、殿下のお好きなように」
「うむ、悪いがこれを俺の部屋に」
槍と兜を側にいた侍従に預け、彼は陽妃たちに加わった。
「訓練か何かですか?」
彼が何をしていたのか気になって温室に向かいながら尋ねた。
「今日は空中での模擬戦だ。定期的に訓練しないと、体が訛ってしまうからな」
「怖くないんですか? 空中戦なんて落ちたら終わりでしょ?」
「竜騎士がそれを恐れてはそもそも竜騎士にはなれない。竜騎士と竜は一心同体だ。落ちるのは竜騎士の恥だ」
竜騎士の落下とは、河童の川流れ、猿も木から落ちる、弘法も筆の誤り。みたいなものだろうか。ちょっとそんなことを思った。
温室。と言ってもそこは王宮の施設。陽妃はビニールハウスのようなものを想像していたが、実際はちょっとした家並に大きいガラス張りの建物だった。
「人がいませんね」
もうひとつ陽妃の想像と違っていたのは、まるで人がいないこと。
「王宮の温室は一年に何回かは王宮で催される園遊会の折に開放されるが、基本は王族のためだけのものだ。庭師以外が普段足を踏み入れることはない」
「すごい特権だね」
「ここには国内だけでなく、この大陸で発見された殆どの植物が植えられている」
嫌味で言ったのだが、入り口にある大木を見上げているマリオンは気づかなかったようだ。
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