第17話 夢の女性
夢を見ていた。
いや、それは夢と言えるのかどうかわからない。
夢の中で、陽妃は幾人もの女性に囲まれていた。
顔立ちも判別できない輪郭のぼやけた存在。
でもかろうじて見える体のラインは女性のものだとわかる。
十人、いやそれ以上?白いシルエットの彼女たちは、ただ黙って自分を取り囲んでいる。
ー何が言いたいのー
ー……………ー
聞き取れないが、何か自分に告げようとしているのがわかる。
突然、ざあっと目を覆うような突風が吹き、全てが吹き飛ばされた。
夢なのに匂いがした。
「陽妃」
そこではっと目が覚めた。
「うなされていた」
自分の髪にそっと触れる手に気付き枕から顔をあげると、すぐそばに母の顔があった。
「お母さん」
そう呟くと、母は首を傾げ、フワッと微笑んだ。
「陽妃さま、私は石榴ですよ」
ぱちぱちと瞬きをして周囲を見渡すと、そこは見慣れない寝台の上。仮眠のために用意してもらった部屋だと思い出した。
部屋の中が暗くなっていて、カツラを脱いでいたため、髪の色が薄紅色に変わっているのがわかる。
寝ている間に誰かが入ってこないように石榴を呼び出し側にいてもらったのだった。
「怖い夢でも見ましたか?」
式の契約を結んだ時に無意識に日本の母の顔に似せてしまった。
寝ぼけているせいで間違ったのだろう。
「もう、起きますか?」
「うん」
むくりと起き上がり、さっき見た夢について考えてみる。
顔ははっきりわからなかったが、どれも記憶の中にはない顔だとわかる。
なのに、懐かしいという感覚もある。
何だか矛盾した感覚だ。
黒髪のカツラを頭を被せると同時に、扉を叩く音がした。
「お食事をお持ちしました」
女官が食事の乗ったワゴンを押して入ってきた。
薄暗い部屋に気付き、彼女は小さく呟くと、壁に設置された照明が灯る。
ワゴンの上には明らかに一人分とわかる量の食事が乗っていて、どうやら夕食は一人で取るようだと、なぜかほっとする。
「今、何時くらいですか?」
「9時少し前です」
トイレの掃除を終えてここに来たのが午後5時だった。
それから四時間経っていることになる。
「結構寝ちゃった」
部屋に連れてきてもらった時に、後で王子たちが合流するようなことを聞いた。
暇なんだなぁ、それとも、月宮に関わると思われることは、すべてにおける優先事項なのか。
まだ湯気の立ち込めるワゴンに乗った料理を、おいしそうに眺めると、ふと、目の前の皿からとは違う匂いが鼻孔をくすぐった。
「………何の匂い?」
部屋の外から流れ込むその香りは、決して不快なものでなく、むしろ嗅いだことのある、どこか懐かしいものだった。
「ああ、これは月宮様の花の香りですね」
給仕の女官が教えてくれた。
「ここから近いのですか?」
これだけ匂いがきついなら、その宮もすぐそこにあるのではと思った。
「いいえ、月宮様の建物は後宮の中程ですので、かなり離れておりますわ。でもここ最近、かなり匂いの届く範囲が広がっておりまして、今日は特に強いですわね」
侍女が窓辺に寄り、閉ざされた窓の鍵にてをかけた。
「きゃあ!」
外から強い風が吹き込み、勢いよく内側に開いた窓に侍女が弾けとんだ。
風とともにたくさんの薄紅の花びらが舞い込み、視界まで遮られる。
「陽妃さま!」
風から護るように石榴が窓との間に立ち塞がる。家具やワゴンの食べ物などすべてのものが、まるで竜巻に巻き込まれるように部屋中に散らばる。
「石榴、窓を閉めて!」
風速何十メートルもの強風に立ち向かい、石榴がようやく窓を閉めた。
無重力空間からいきなり重力がかけられたように、その場にへたり込む。
「陽妃様、どこかにお怪我は?」
閉めた窓から石榴が駆け寄り、陽妃の身体中を調べる。
「大丈夫」
風で乱れている以外の外傷はなかった。
「陽妃様、髪が!」
言われて自分の髪に触れると、さっきまで被っていたカツラが脱げていた。
「ああ!」
いきなりの大声に声がした方を見ると、窓からの突風に吹き飛ばされた女官が膝立ちになって、口許を手で覆ってこちらを見ている。
「あ……」
彼女が何に驚いているのかわかって、石榴が慌てて視界を遮るように陽妃に覆い被さるが、時すでに遅し。
廊下からもバタバタと幾人もの足音が近づいてくるのが聞こえ、勢いよく扉が開かれる。
「どうした!」
「何があった」
護衛騎士とともに現れたのは、王子たちだった。
「これは………」
最初に目にしたの荒れ果てた部屋の惨状。
小物は全てひっくり返り、机や寝台すら移動している。ここだけがまるで嵐に巻き込まれたような有り様だ。
そして部屋中の床に降り無もる薄紅色の花弁の中に座り込む二人の女性。
赤い髪の女性が庇うように抱き抱える女性の腕からこぼれる薄紅の髪が見える。
「…………」
二人を凝視しマリオン王子が呆然と部屋に一歩足を踏み入れると、何か柔らかいものを踏みつけた。
下を向くと、それは黒髪のカツラだった。
彼はそれを拾い上げると、一歩後ろにいたリュシオン王子に見せる。
「兄上、これは」
「カツラだな」
カツラを持ったままマリオンは二人に近付く。
人の近付く気配に石榴の腕の隙間から、彼女が王子の方を見上げる。
その瞳は紛れもない黒。
一瞬、もしかしたらという期待に心を震わせたが、そこに求める色はなかった。
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