もう逃げない

クロノヒョウ

第1話



「君、早く逃げろ!」


「でも……」


「いいから早く!」


「ごめんなさいっ」


 私は通りすがりの男の人に助けられ、なんとかその場から逃げ出した。


「ウォッ……」


 男の人の叫び声を背に。


 (ごめんなさい、ごめんなさい)


 どうしてこんな世の中になってしまったのだろう。


 いったいどれくらい逃げ続けているだろうか。


 (お腹すいた……)


 理由を考えても、もう私には何も理解することが出来なかった。


 ただただ空腹で仕方なかった。



 気が付くと私はひとりぼっちだった。


 家の中でひとり、突然おとずれた静かな世界。


 何が起こったのか訳もわからず、私はふらふらと外へ出た。


 すでにお腹が空いていた私は近くのスーパーに向かった。


 スーパーのまわりには私と同じようにお腹を空かせた人たちが大勢いた。


 みんなでスーパーのドアや壁をドンドンッと叩いていた。


「何があったんですか」


 私が聞くとある人が教えてくれた。


「中にいる人たちが鍵をかけて入れてくれないんだ」


「そんな……どうして」


「わからない。クソッ。こっちはこんなに腹がへってんのに」


「ひどいわ」


 私も負けじとスーパーの透明な壁を叩いた。


 中にいる人たちは怖い表情で外の私たちをにらんでいた。


 同じようにお腹を空かせた人たちがどんどん集まって来た。


 それでも中の人たちは開けてくれない。


 その時だった。


 背後から銃声が聞こえた。


 ――バンバンバンバンッ


「キャアッ」

「ワアッ」


 恐ろしいことに、通りすがりのトラックの荷台に乗っている人たちが私たちめがけて銃を撃ってきた。


「逃げろっ」


 何人かはその銃で撃たれバタバタと倒れていった。


 また何人かはそのトラックを追いかけた。


 私は怖くなってその場から逃げ出した。


 (どうして……どうして?)


 訳もわからぬまま私は歩き続けた。


 私と同じような人がたくさんいた。


 みんなで何も話さずにひたすら歩き続けた。


 食べ物を探しながら歩いた。


 途中で何度も見知らぬ人に襲われた。


 その度に私は逃げ続けた。


 私たちは助け合いながら、人に襲われ傷付きながら逃げながら、ただ空腹を満たすためだけに歩くしかなかった。


 もうどれくらい歩いただろうか。


「俺たちも戦おう」


 誰かが言った。


「俺たちは何もしていない。なのにどうして逃げなきゃいけないんだ。もううんざりだ。戦おう」


 私たちは黙って頷いた。


「しっ。音がする。きっと奴らだ。旨そうな匂いもするぞ」


 私たちはみんなで音のする方へと向かった。


 その建物はずいぶん荒れた様子ではあるものの、かつてのファミリーレストランであることはすぐにわかった。


「よし、みんなでドアを壊すんだ」


 誰かがそう言うと、みんながレストランのドアを押したり叩いたりした。


 私たち大勢の結束によりドアは見事に壊れ、私たちはお店の中へとなだれ込んだ。


「キャアッ」

「来るなっ」

「みんな逃げろっ」


 中にいたたくさんの人たちが逃げ回っていた。


 (どうして逃げるの?)


 私にはわからなかった。


 お願い逃げないで。


 私たちはお腹が空いているだけなの。


 だからお願い。


 その美味しそうな体を食べさせて。


 頭からつま先まで、全部食べてあげるから。


「来ないでよゾンビッ」


 ひとりの女が泣きながらそう叫んでいた。


 (ゾンビ? ゾンビって何?)


 私はようやくその女を捕まえることが出来た。


 みんなで仲良く食べた。


 あっという間に誰もいなくなり、私たちはまた歩き出した。


 まだお腹は満たされていなかった。


 でも私はやっとわかった気がした。


 逃げるのは私たちの方ではなく、あなたたちの方だったのね。


 さあ、早く逃げなさい。


 私たちはどこまでもあなたたちを追いかけてあげるわ。



           完





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もう逃げない クロノヒョウ @kurono-hyo

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