第3話
翌朝、前野はさらに驚きの事実を知ることになった。
異世界であることに疑いはない。
魔法が存在するし、どの西洋人もペラペラと流暢な日本語を話す。
だが、彼が連れて来られたのは、まるで日本の職場のようであった。
そこは王宮の一角。
中に入れば、黒髪黒目の男女4人が机を合わせて座っていた。
もちろん人だけが日本人で、机などはこちらの世界のもの。高そうな光沢のある机、床には絨毯が敷かれていて、壁には絵画が飾られている。
しかし机の配置など日本の職場そのものであった。
「おはようございます」
ウェリントンが声をかければ、4人の日本人が一斉に顔を上げた。
どの顔もやる気に満ち溢れていて、前野は腰が引けてしまった。
「みなさん、昨日ニホンから来ていただいたマエノさんです。特殊能力は計算力です」
「わああ、助かる」
「会計の仕事は随分楽になりそうです」
召喚されると特殊能力が与えれる。けれでもそれは魔法とかそのようなものではなく、普通だった能力が異常に高まるものだった。
前野の場合、計算能力で計算式を見ただけで答えがわかる。歩く計算機みたいなものだ。
ウェリントンから他の特殊に能力を聞くと、速記能力、記憶力、視力、聴力、嗅覚などで、前野が読んでいた異世界系のラノベでは使い物になりそうもないものばかりだった。
ちなみに言語能力は読み書き共に自動的に付与されている。
ウェリントンからの紹介の後、4人の日本人男女が自己紹介した。
「田中です。特殊能力は速記で主に議事録担当です」
「鈴木です。特殊能力は記憶力です。田中さんと組んでいる場合が多いです」
田中は男性で眼鏡をかけた痩せ型の青年。鈴木はちょっとぽっちゃ目の愛嬌のある顔をした女性だ。二人が視線を合わせて頷き合い、恋人同士のようだ。
「田辺です。特殊能力は嗅覚です。騎士団の手伝いをしてます」
彼は中肉中背の眼鏡の男性で、前野より少し年上に見えた。少し自慢げに自己紹介する。
「木下です。特殊能力は聴力です。僕は近衛の手伝いをする事が多いです」
木下は田辺に競うようにそう言う。年ごろは田辺と同じくらい、背は160センチ代で低めの男性だ。
4人の紹介が終わり、ウェリントンが前野を促す。
「マエノさん、ご挨拶をしてくださいますか?」
「え、ああ」
はっきり言って戸惑いしかなかったが、マエノは咳払いをすると口を開いた。
「前野(まえの)です。よろしくお願いします」
何がよろしくかわからないが、いつもの口癖でつけてしまった。
そうしてそのまま、職場に放り込まれた。
「えっと、戻らないのですか?」
「まだ終わってないから」
「今日はここで夜を過ごすかなあ」
前野は後輩に社畜と陰口を叩かれるほど、仕事熱心な口だった。
けれども、この異世界の4人は前野よりも重傷だった。
どうも、この部屋にはシャワーや仮眠室まであるらしく、ここで寝泊まりして仕事している者もいるようだ。
皆口々に仕事は楽しいとか、やりがいがあるなど言っていたが、彼はついていけなかった。
「みんな、今日は前野さんの歓迎会をしませんか?」
「いいなあ。それ。賛成。居酒屋ハッチ行きましょうよ。田辺さん、木下さん、いいですよね?」
「うん」
「ああ」
前野の意思確認をせず話は進み、なんと王宮内にある居酒屋に行くことになった。
ちなみに日本の居酒屋を想像してはいけない。
食堂の一部を借りて、24時間体制の居酒屋にしている。どうも、ハッチさんこと鉢部さんは眠らないで済むという特殊能力を持っていて、彼がずっと店にいるらしい。
日本では居酒屋の調理人の一人に過ぎなかった彼だが、ここでは全て彼が仕切ることができる。前から店が開きたかった彼は、この世界にある食材を使って酒のつまみを作る。
ちなみに昼は食堂の調理人として働いていて、あの朝食を用意したのも彼であった。
睡眠が必要ない特殊能力、前野からすれば全然嬉しくない能力であるが、同僚たちはハッチさんのことが羨ましいとボヤいてた。
「前野さん、この世界は楽しいぞ。前野さんも日本じゃ肩身の狭い思いをしてきたんだろう?ここでは存分に仕事できるから、安心していいぞ」
ハッチさんこと鉢部さんは目を輝かせて、そう語った。
「異常すぎる」
部屋に戻り一人になると、前野はそう吐き捨てた。
今日から同僚になった4人はまだ仕事があると職場に戻って行った。
飲みながら、前野は同僚達に一時帰国はした事があるかと尋ねたが一笑された。
「日本に帰っても馬鹿にされるだけだし」
「仕事して何が悪いんだよ。残業するなとかさあ。あんな煩いところ戻れるか!」
田辺と木下は忌々しそうに言い、田中は薄く笑う。
「前野さんは帰りたいのですか?」
鈴木がそう聞いてきて、まあと答えたら酷く驚かれた。
そんなに驚く事なのかと前野は不思議にしか思えない。
異常な職場、ウェリントンが言うほど必要とされていない。
これらの事から、前野はの日本に帰ることを考え始めていた。
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