第2話

「え?和食?」


 前野は出された食事に驚くしかなかった。

 彼が召喚されたのは日本時間で午後2時、このラマラークで目が覚めたのは午後5時ごろだった。この世界にも時計があるのかは不明だが、彼は腕時計で時間を確認している。

 宰相のウェリントンに説明を受けた後、お腹が空いているだろうと食事を持ってこられた。

 メニューはなんと和食。

 器は和食器ではなく、白い陶器であったが、盛り付けられているものは完全な和食。

 ご飯に味噌汁、焼き魚に、野菜の煮物、茶碗蒸し。

 前野は思わず、ここはもしかして日本ではないかと疑いを持つ。

 誰かが騙そうとしているのか、と可能性を探るが、自身は普通のサラリーマンだ。騙して得するようなものはない。それなら、一般人を対象としているモニ◯リングの撮影かと、ぐるりと部屋を見渡す。


「あの、マエノ様。何か問題でもありますか?」


 控えていたメイドが顔色を変えて近づいてきた。

 宰相のウェリントンは用事があるとかで、すでに部屋にはいない。

 部屋にいるのはこのメイド一人だ。

 前野は茶色の髪に緑色の瞳をしているメイドをじっと観察する。

 どうみても外国人だが、日本語がネイティブレベルだ。

 前野は異世界召喚なのだから、言葉が通じてるのは普通だと勝手に思い込んでいたが、もしモニ○リングであれば、このメイドは日本で生まれた外国人かもしれない。そしてここは日本で、この部屋は撮影のセットである。


「あの、マエノ様?」


 メイドに答えず、前野は立ち上がると部屋の中に隠しカメラがないか確認する。


「ぱっと見た目はないが、今はカメラは小さいものが多いからな」

「あの、マエノ様?」

「えっと、あんた。演技はもう必要ない。これ、撮影なんだろう?」

「撮影?何をおっしゃてるのでしょうか?」


メイドはその緑色の瞳を曇らせて、尋ねる。

 前野の身長は175センチで、メイドも同じくらいの背丈なので、見つめ合う形になる。

 吸い込まれそうな瞳、日本人にはない瞳の色。

 惚けてしまいそうになり、前野は慌てて首を横に振る。


「だからあ、俺はもう知ってるんだよ。ここは日本で、これモニ○リングかなんかの撮影なんだろう?」

「あの、ここはラマラーク王宮でして、ニホンではありません。モニ○リング?撮影というのは何のことなのでしょうか?」

「ああ、だからあ」

「マエノ様」


 扉が急に開いて、宰相が現れた。

 戸惑うメイドの横に立ち、少しばかり胡散臭く見える微笑みを浮かべている。


「あ、親玉が来たな。なあ、俺、馬鹿みたいに騙されそうになって、ちょっと恥ずかしいんだが。これテレビ番組の撮影だろう?流すのはやめてくれよな」

「テレビ番組?撮影?流す?何をおっしゃてるのでしょうか?マエノ様」

「もう、あんたまで。しつこいなあ。だから、俺はわかってるの。ここは日本のどっかで、俺はモニ◯リングかなんかの対象者なんだろう?」

「マエノ様、勘違いしてらっしゃいます。ここは紛れもない異世界、ラマラークです。私が召喚したのですから」

「しつこいなあ。あんたも」


 宰相のウェリントンの言葉など信じられるはずがなかった。

 あんな完璧な和食に、日本語が流暢な外国人。部屋はセットでなんとでもできる。


「マエノ様」


 ウェリントンは一段低い声で彼に呼びかけると、前野の腕を掴んだ。


「おい、おい。暴力かよ」


 前野は振り払おうとしたが無理で、急に周りの光景が変わる。


「うわああ」


 部屋にいたはずなのに、前野の周りの景色は一変していた。

 しかも足元から風が吹いてきて、宙に浮かんでいることに気が付く。

 恐怖心のあまりウェリントンにしがみついた。


「どうです?異世界です。信じてもらえますか?」

「あ、ああ。信じる。だからおろしてくれ!」


 どういう原理で浮いているのかわからない。

 落ちるかもしれないと恐怖が心を支配していた。


「わかっていただけて嬉しいです」


 宰相は微笑むと、風は止み、再び周りの景色は室内に戻っていた。

 足元を確認して安堵したところで、前野は自身がウェリントンにしがみついていたことに気がつき、慌てて離れた。


「わ、悪かったな。だが急に転移?するのが悪いんだ」

「すみませんでしたね。こうでもしないと信じていただけないようだったので」

「……悪かった。本当に。だが、なんで食事が和食なんだ?米とかあるのか?」

「ありますよ。調理人はニホンの方ですから」

「は?」

「王をはじめ、私どもはワショクが大好きです。流石に生魚はだめですけど。オムライスなども美味しいですよね。ヨウショクというのですよね?」

「ど、どういうことだ?召喚したのは俺だけじゃないのか?」

「今回はマエノ様お一人でした。ニホンという場所は優秀な人材が多く、見つけては召喚しているのですよ。おかげで色々助かっております」


 前野は軽くショックを受けていた。

 自分だけが選ばれ、召喚されたかもしれないと思っていたのだ。

 何人もいるうちの一人だと言われ、愕然とする。


「マエノ様。あなたは選ばれた民の一人です。ラマラークに必要な方なのです。どうかこの国に力をお貸しください」

 

 ウェリントンに熱心に口説かれるが、前野の心には響かなかった。




 


 

 

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