第39話 辿り着いた未来を繋ぐ

 王宮での夜会の翌日にはエワンリウム王国全土と近隣諸国にアレクシオ新王の即位宣言がなされた。


 アレクシオ陛下は夜会までに水面下で王位交代と即位の準備を行っていたそうで宣言から三日で戴冠式を行ったのだ。

 

 同時に王宮組織の大改正が行われ、エンデ侯爵が宰相に、アイオリア様は護衛騎士から近衛隊隊長に。

 ゴウト辺境伯は元の軍事をまとめる職の他、必要な事態に国王代理として諸外国との外務交渉権を持たされた。

 ルセウスはアレクシオ陛下主席補佐の職と⋯⋯もう一つこのエワンリウム王国にとっての要職に就いた。

 

 私が出来るだけ出歩かないようにしてひたすら黒水晶に祈りを込めていただけだった間、みんなかなり忙しかったのだろうな⋯⋯。

 

 急足の出来事に国民に動揺は見られたものの、人々からのアレクシオ陛下に対する評価はおおむね好意的で、混乱もなくすんなりと受け入れられ、戴冠式からこの一週間は国中がお祭り騒ぎだった。歓楽街や屋台などは、店を閉めているところを探すほうが難しかったし、なにより新国王誕生の祭りなのだから街の人たちも楽しんで然るべきよね。


 そんな新国王即位から十日間が経過し、ようやく落ち着きを取り戻してきた街へ私とルセウスはやっと眼鏡を買いに出たの。

 あっちが似合う、こっちが似合うと並ぶフレームを全部試す勢いで選んで決めたのは銀色の眼鏡。


「着け心地はどう?」


 セオス様へのお土産にフルーツタルトを買って乗り込んだ帰りの馬車の中で早速新しい眼鏡をかけたルセウスが何度も手鏡を覗いて装着感を確認する姿が可愛らしい。なんて言ったら拗ねてしまうかも知れない。


「うん、大丈夫そうだ」

「ふふ、良かった」


 新調した眼鏡はつるが細くて、銀の飾りが品良くついているもの。ルセウスの綺麗な瞳が今までより見える気がする。


「⋯⋯ルース、これまでお疲れ様。ありがとう」


 ルセウスの瞳を見つめていたら私の口から自然と出た言葉。

 ルセウスは私をずっと守ってくれていた。ディーテ様に近付いたのも私の為だった。


「⋯⋯あの悪夢はディアを守れなかった私自身の後悔だったんだ。やっと私はディアを守れた。信じてくれてありがとうディア。私は何度でもありがとうをディアに伝えて行くよ」


 時を戻る前の世界の私達。

 私は神殿にたった一人だった。

 ルセウスも私を想っていてくれていたけれどあの世界の王座交代劇に巻き込まれて後悔に染まっていた。

 アレクシオ陛下はディーテ様の事、ラガダン王国との戦争の事を悔やんでいた。

 イドラン殿下は自国を侮辱されエワンリウム王国を憎んでいた。


 私もルセウスも。アレクシオ陛下もイドラン殿下も絶望と後悔の中に落ちていた。

 でも、私はもう神殿に閉じ込められる事はなくなり、ルセウスの後悔も起きない。アレクシオ陛下もイドラン殿下も国を平和に導くことが出来た。


「ルースは私を守って⋯⋯救ってくれた。私はルースを信じ続けるわ」

「っ⋯⋯!! ディア!!」


 感極まったルセウスに抱きしめられるのは何回目かしら? これからはずっと⋯⋯ずっとずっとルセウスと一緒に居られる。


 それもこれもセオス様の加護のおかげ。

 

 ⋯⋯うん、決心がついた。


「ねえルース。聞いて欲しい事があるの」


 私は少し前から考えていた事がある。

 絶対「聖女」にはならない。その気持ちに変わりはない。けれど、あの時砕けてしまったあの人の気持ち。それを私は戻さなくてはならないのだ。


 ルースはじっと私を見つめ、私の言葉を待ってくれている。

 馬車の中、御者がいない事をいい事にルセウスは私の隣に腰掛けたまま私の手を握ってくれる。

 大丈夫⋯⋯私は一人じゃない。

 一度目を閉じ、再び開いた時にはもう迷いはなかった。



 ルセウスのもう一つの要職。

 それはセオス様の保護者だ。つまり、神殿の司祭。

 

 保護者と呼ぶのは私達だけなのだけれど。


「ボク様は「聖女」も「司祭」も要らないぞ」


 当然、セオス様は必要ないとその真っ白でふわふわな毛を揺らしたけれどルセウスが「私達の間では家族と呼べば良い」と真面目な顔で言ったので「家族⋯⋯」とセオス様も小さく呟いていた。


「セオス君、それで神殿を広く開放しようと私は思うのだけど、どうかな?」

「ふむ、ボク様はいいぞ。精霊達も喜んでる」


 セオス様の神殿は聖域であり、人の出入りが殆どなかった。

 私はそんな神殿が寂しかったし、「聖女」達が悲しんだ思いの場のままであって欲しくない。

 身分に関係なく、人々が気兼ねなく訪れられる場所。そんな神殿になって欲しい。


「それから⋯⋯壊れてしまった「魔晶石」を今度は私が作りたいんです」

「んん? また聖女選定するのか? ボク様は要らないと何度も何度も言っている」

「聖女選定なんてしません。だって本来は魅了の魔力を抑える為に、魅了によって不幸になる人が出ないように、エワンリウムを想ってメーティス様が創られたのですよね。私はメーティス様の想いを残したいのです」


 メーティス様はエワンリウムを強く想われている。その想いを繋いで行きたい。


「そういう事か」


 セオス様はやれやれ、と一つ溜息をついた。


「メーティスの魔晶石は黒水晶の原石を使ったんだ。ボク様の力もほんの少し加えたような⋯⋯うーん、昔の事すぎて覚えていないことがあるなあ。まあいっか」

「黒水晶の原石であればラガダン王国のイドラン殿下に頼める⋯⋯か」

「すぐに伺いの連絡を入れましょう」


 アレクシオ陛下の戴冠式後、イドラン殿下は迎えに来たラガダン王国の騎士と共に自国へと戻って行った。

 そのイドラン殿下もエワンリウム王国との友好条約を結んだことで正式にラガダン王国の国民から次期王と認められた。

 即位すればエワンリウム王国に単独で来ることは無くなると寂しそうにイドラン殿下が話してくださったのよね。


「イドランに用があるのか? ちょっと待て──」


 セオス様がわさわさと毛を揺らしてぽっかりとした漆黒の口を開いた。

 まさかっまた飲み込まれるの!?

 

「イドラン、そこにいるか?」

「ん? をを、セオスか」


 セオス様の口に映し出されたのは質の良さそうな家具が並んだ豪華などこかの部屋。

 そこからイドラン殿下の声が聞こえた。


「イドランはまたボク様を抱えているのか。ちょっとボク様の口を見てくれ」

「口? ああ、ここか。をを、ルセウスにアメディア。お前たちは相変わらず熱々だな。元気か」


 ぐるりと部屋が回りイドラン殿下の顔が現れた。

 

「イドランがな、ボク様と離れるのが寂しいと言うから、ボク様の一部をイドランにやったのだ」


 ええぇ⋯⋯一部ってどう言うこと⋯⋯。


「イドランはボク様の尻が好きなようだから尻の一部をやったぞ」

「ああ、セオスはどの部分でも良い毛玉だ。俺はこの毛玉をラガダンの宝にすると決めた」


 幸せそうなイドラン殿下の顔がセオス様の口の中いっぱいになって私は少し引いてしまった。

 ここにいるセオス様とイドラン殿下のところにあるセオス様の一部は繋がっている。セオス様の口の中のイドラン殿下が手にしているセオス様のお尻の一部に頬擦りしたから大きく映し出されたのね⋯⋯お尻に頬擦りしてるんだ⋯⋯イドラン殿下。


「⋯⋯イドラン殿下、お忙しいところ申し訳ありません。この度、ディア⋯⋯アメディアが新たに魔晶石を創ることになりました。ラガダンで取れる黒水晶の原石をお譲りいただきたく、交渉の場を──」

「をうっ、いいぞ。相変わらずルセウスは堅苦しいやつだな。すぐに手配しよう。他でもない⋯⋯ゆ、友人の頼みだからな」


 照れたイドラン殿下が首元から黒水晶のペンダントを取り出した。

 それは、私とルセウス、セオス様とイドラン殿下揃いのデザインのもの。

 私達の友情がこの世界で結ばれた証だった。



 それから数日後。


「イドラン殿下ありがとうございます」

「俺の戴冠式にはアメディアとルセウスの席を用意するからな。セオスはアレクシオと同等の特等席だ。菓子も沢山用意しよう」


 セオス様のお尻の一部からセオス様の口へと届けられたイドラン殿下からの原石はとても立派なものだった。


 私は原石に両手を付けて集中する。

 一度目の私へ、二度目を与えてもらえた私へ。


 これから創る魔晶石はメーティス様の願い、魅了を抑えるだけではなく私達の友情とエワンリウム王国とラガダン王国の友好が続くように。


 願いが込められた魔晶石が──想いの力が人々を救う力を持つように。


 それが私が込める願いであり、自分の為の祈りなのだ。

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