第37話 暴走そして⋯⋯

 溢れ出したディーテ様の魔力は四方へと広がり会場を人々を覆い尽くそうとしていた。


 叫びを上げ逃げ惑う人達の中、何人かが飲み込まれ、悲鳴が上がる。


 瞬間、ドンッという衝撃が地面を伝い届き、同時に魔力を乗せた風が私の髪を揺らした。


「うわぁ何コレ。真っ黒だ」

「セオス様!?」

「やだなあ精霊達が機嫌悪くなっちゃうじゃないか。アメディアなんとかしてよ」

「え、私!? なんとかって何をすれば⋯⋯」


 魔力の風はセオス様の力だ。ふむふむと頷いたセオス様は私に「祈れ」と言ってきた。

 祈る? この場面で? 意味が分からないと首を傾げればセオス様はくるりと振り返り会場にいる人々に向かって叫んだ。


≪人の子らよ。祈りを捧げよ≫

 

 セオス様の声は会場にいる人々の耳に届き、人々は動きを止め、そして言葉の意味を理解すると手を組んで祈りのポーズを取った。


「アメディア、みんなに魔力を送れ。黒水晶を持っている人間ならアメディアの魔力を受け取れるぞ。ボク様はアレクシオとイドランの所へ行ってくる」

「待ってセオス様! 黒水晶を持っていない方は⋯⋯」

「どうだろう? 強い魔力をモロに受けるから魔力酔いするか、気を失うかだろうけど多分大丈夫じゃないか? 少なくとも黒水晶を持っている人間はアメディアの魔力に耐えられるはずだしな」


 セオス様はそう言い残し、風に乗ってアレクシオ殿下とイドラン殿下の所へ向かって行ってしまった。


 そうね⋯⋯黒水晶を持っていないのはディーテ様の魔力に操られた人。

 魔力酔いにしろ気を失うにしろ大人しくなるのなら都合が良いの⋯⋯かな。


 既にディーテ様の魔力は暴走状態になって会場にいる人達の半数近くが飲み込まれてしまっている。

 その人達を光で包み込むように魔力の広がりをイメージして。私は指を絡ませ祈った。


「気に入らない! 私は王女よ! なんで思い通りにならないの! なんで思い通りにしないのよ!」


 髪を振り乱し表情を歪めたディーテ様に妖精姫の可愛らしさは皆無だ。


「許せない! 私は妖精姫! 私を好きにならないなんて許さない!」


 ディーテ様の叫びと共に魔力の嵐が吹き荒れる。

 私は咄嗟に自身の魔力を放出して対抗した。それに呼応した黒水晶が光を放ちその持ち主達を包んでゆく。

 その中にお互いを支え合っているジャンヌ様とエンデ侯爵様を見つけた。目が合うと不安が浮かんでいた二人の表情が驚きに変わると大きく頷く。

 アレクシオ殿下とイドラン殿下も黒水晶の光に包まれディーテ様の魔力に対抗をしている。


「なんで! なんで! 忌々しい! 黒水晶!」


 ディーテ様の絶叫が魔力の嵐と共に響き渡った。

 私の魔力が押し戻される。

 こんな力どこに溜め込んでいたというのだろうか。このままでは押し負けてしまうかも知れない。私はぐっと力を込めた。今ここで私が倒れてしまったらみんな無事では済まなくなってしまうから。


「ルースっお願いがあるの。私を⋯⋯支えて」


 寒くて仕方がなかった身体。

 神殿で終わるはずだった私の凍えた想い。

 それを温めてくれたセオス様。

 今はルセウスが温めてくれる。


「私は何があってもディアと共にあり続ける」


 背中から抱きしめてくれたルセウスの体温。それ以上にその言葉がルセウスの想いが私を温めてくれた。


「っ! なんなの! 魔力がほとんどない落ちこぼれのアメディアのくせに! 貴女が居なければ! 目障りなのよ! ルースは私のものなのに! 全て私のもの! 私は選ばれた存在なの! ルース! 貴方も! 何故私の魅了に落ちないのよ! 奪ったのに! 忌々しい黒水晶を!」


「私は何も奪われていない。ディアへの想いも⋯⋯黒水晶も」


 ルセウスはベルトを緩め金具の後ろから黒水晶を取り出した。

 一瞬、誰かの「えっ?」と言う声が転がった。


 ⋯⋯こんな時に申し訳ないけれど隠す場所、違うところが良かったんじゃないかな⋯⋯。


「セオス君! イドラン殿下!」


 ルセウスがそう叫ぶと私とルセウスの身体が風に包まれ浮き上がる。

 そのままセオス様とイドラン殿下の元へ運ばれ、アレクシオ殿下に黒水晶を合わせろと促された。

 私とルセウスそしてセオス様とイドラン殿下は黒水晶を取り出しお互いに頷き合った。


 国神のセオス様。隣国のイドラン殿下。二人と出会う事によって私の未来が変わった。

 婚約者のルセウス。その気持ちは前回も今回も同じだった。何一つルセウスは変わっていない。

 

 私達は知った──私達は一人では何も出来ない。だからこそ手を取り合い、支え合い、信じ合う。そしてそれが大切なものなのだとこうして形にしたの。

 

 完全したローダンセの花。


 私は強く祈る。大切な人をものを護るのだと。


「全員居なくなれ! 要らない! もう要らない!」


 ディーテ様の悪意が私達に向けられる。

 その悪意の矢がディーテ様から放たれた瞬間、ローダンセの花が輝き光の壁が出現した。


「アレクシオ、イドラン。今だぞ、魔晶石にお前らの力を流し込め」


 セオス様が現れた時の衝撃は魔晶石だったのね。

 アレクシオ殿下とイドラン殿下が両手を付けると魔晶石が七色、ううん、それ以上の色を発した。


「これはエワンリウム建国の際、一つになった部族の色だ」

「そして我が国ラガダン王国とエワンリウム王国の夜明けの色だ」


「僕とイドランは想いを受け入れ王になる⋯⋯ライ王の後悔と意思を受け継ぐ」


 声を揃えた二人に呼応した魔晶石が鮮やかな光を放ちディーテ様の魔力を渦を巻きながら吸い込んでゆく。

 負けじと魔力の放出を続けるディーテ様が少しずつその姿勢を崩し力を失ってゆく。


「認めない! 私はこの国の王女! 思い通りに⋯⋯ならない⋯⋯な⋯⋯ん⋯⋯て」

「ディーテ、この期に及んでお前は何もわかろうとしないのだな⋯⋯兄として僕がわからせてやらなくてはならなかった──ごめんなディーテ」


 アレクシオ殿下が寂しそうに悲しそうに眉を寄せた。


「終わりだ。ディーテ」

「いやっ! やめてお兄様!」


 アレクシオ殿下とイドラン殿下がより強く魔晶石へ魔力を流し込む。


 それと共に魔晶石は光り輝き、ディーテ様の魔力を吸収するに連れて色が黒へと変わっていった。


「いっや! いっ⋯⋯ぎっ! いやあぁあ!」


──キィン⋯⋯──


 ディーテ様の魔力を吸い尽くした魔晶石は甲高い音を立てて粉々に砕け、その欠片は輝きとなって四散してしまった。


 その瞬間、ディーテ様の身体がガクリと膝を付き倒れ込んだ。

 うつ伏せに倒れたディーテ様の身体から残っていた最後の魔力なのだろう黒い靄が立ち昇り消えていく。

 

 その靄が消えていくのを見届けて、私は自分を支えてくれていたルセウスに身体を預けた。


「ディア!」


 ルセウスが焦ったように私を抱き留めてくれる。

 もう目を開けている事も辛い。魔力は無限ではないと教わっていたけど、私も底なしだと思い込みすぎていたのね。

 魔力を極限まで使うとこんなにも身体が重いなんて。

 

「ルー⋯⋯ス、ディーテ様は⋯⋯」


 静まり返った空気がディーテ様に「何か」が起きている事を知らせているけれど私は確かめる力が残っていないみたい。


「大丈夫だ。気を失っている。彼女の魔力は魔晶石に吸い取られ⋯⋯魅了は二度と使えなくなった」


 ルセウスが私の私の手を優しく握ってくれた。その後ろからセオス様も顔を覗かせて微笑んだ。


「魔晶石はな、魔力を測る事が本来の使い方じゃないんだ。ボク様すっかり忘れていたよ。アレは魅了の力を吸い取る石。メーティスが魅了によって不幸になる人が出ないようにと創り出したものだ。まったくメーティスもうっかりしてる。自分で創り出しておきながら使い方を忘れて魔力を測らせていたなんて」


 セオス様の周りをキラキラとしたものが纏わり付いている。

 そのキラキラに私の身体が反応して少し楽になった気がする。

 あ⋯⋯これはメーティス様ね。


『ごめんなさい』


 これはセオス様の中で聞いたメーティス様の声。

 同じく謝る声だけれど照れたような少しお茶目な可愛らしい声だった。

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