第34話 囚われた婚約者

 黒水晶がエワンリウムの王都で流行すれば当然ディーテ様の耳にも入ることになるわけで。

 だからリエル様の家、シルニオ商会に最高級の黒水晶を献上するようにと示達が出されたのは、いずれは来るだろうなと予想はしていたの。

 ただ予想していなかったのは黒水晶を「ルセウス・バートルが届けるように」と言う一文が添えられていたこと。


 アイオリア様の執務室でリエル様が持って来た示達を読んだルセウスは苦虫を噛み潰したような顔をしていて、私もそんな表情を浮かべてしまっていたと思うわ。


「……堪えてくれ」

「分かっている。ああ、分かっているさ」

「私は大丈夫よ? ルセウスが贈ったものじゃないって分かってるもの」

「当然だ。私が贈るわけがない」


 そう。ルセウスが届けた品物としなければ私達の計画に力を貸してくれているシルニオ商会に害が及ぶ。それは絶対に避けなければならないことだもの。


「⋯⋯ルセウス様、お名前だけお借りして私が届けますわ」

「いや、リエル嬢を危険な目には合わせられない。アイオリアに何をされるか」

「分かってるじゃないか。リエルに手を出したら殺すぞ?」

「⋯⋯私の事を散々自分の気持ちに素直すぎると言っていたがお前も大概だ」


 リエル様の事となったら⋯⋯アイオリア様は⋯⋯本気だわ。本当にやりそう。

 ルセウスの気持ちも時々重いけど。まあでも私はその重いルセウスが好きだけど、リエル様も大変そうね。


「でも、ルセウス様がお届けになったらディーテ様はルセウス様からの贈り物だと自ら広められるのではないですか」

「それが王女の目的なんだ。あの王女様は自分が好かれていないなどあり得ないと思っているからな」

「その自信がいっそ羨ましいですね……」


 リエル様がほうっと溜め息を吐いた。

 ディーテ様は妖精姫と呼ばれるほど美しくて可愛い。その上全てを肯定されて来た王族。そして彼女の魔力は魅了の力。

 自信が付くのも当然でもその振る舞いを傲慢にしているのはディーテ様自身。


「それで? どうするんだ。この示達を無視することは出来んぞ」

「あぁ。だから仕方が無い。不本意だが……私が行く」


 ルセウスは諦めを滲ませた声で告げる。

 アイオリア様の言う通り示達には逆らうことは出来ない。それにルセウスが届けなければ私とリシア家だけではなくシルニオ商会、リエル様にもディーテ様は敵意を抱くかも知れない。


「リエル嬢、黒水晶の用意をお願いする。ディアには頼みがある」

「私に出来る事なら何でもするわ」

「うん。ディアにしか出来ない事だよ」


 リエル様とアイオリア様が品物を取りに行く間二人きりになる。

 イドラン殿下とセオス様はやりたい事があるとアレクシオ殿下の元へ行っているし、こうしてルセウスと二人だけになるのは久しぶりかも知れない。


「私は何をすれば良い?」

「ディア⋯⋯私の目を見て」


 言われた通りに視線を合わせると頭を撫でられた。それはとても優しい手つきで心臓が大きく跳ね上がる。顔が熱くなるのを感じながら見つめ返すけれど彼は何も言わずただ黙ったままゆっくりと手を動かし続けていた。


「ちょ、ちょっとルース? 恥ずかしいのだけれど」

「もう少しこのまま」


 そう言って今度は両手で私の頬に触れる。

 どうしてこんなことをしているのか分からないしドキドキして来た。


「──っ! 待って! ダメ!」

「うわ!?」


 これ以上されたらおかしくなりそうな気がして彼の胸を押し返した。

 もう、はずかしさが限界よ。


「嫌だったかい?」

「ち、違うわよ。そういう訳じゃなくて、ほ、ほら。ここはヤリス侯爵家なのよっ」


 気付いてはいたけれど、どんどんルセウスは積極的になって来ているの。

 今までもルセウスは優しかったし、ちゃんと向き合ってくれていた。

 けれど⋯⋯最近はそれだけじゃないような気がする。


「ごめん。ディアが私を信用してくれているのが嬉しくてつい調子に乗ってしまったよ」


 ルセウスが嬉しそうに微笑む。

 そんな表情をされると⋯⋯別に嫌ではなかった。むしろ私だって嬉しい

 でもここで受け入れてしまうとルセウスは止まらないような気もするし。


「私はディアを愛している」

「~~~っ!!」


 だからそんな風に真っ直ぐ言われると困ってしまう。


「わ、私も好き、よ」


 何とか言葉を絞り出すとまた頭を優しく撫でてくれた。

 でもやっぱり少しだけ悔しくて、私から手を伸ばしてルセウスの腕を取った。


「ねえ、ルース。危ない事はしないで」

「うん」

「私、ディーテ様の魅了が⋯⋯怖くて」

「私には何をされてもディアしかいない。それに黒水晶が守ってくれる」


 ルセウスの手首にあるブレスレット。

 アレクシオ殿下に「何があっても外すな」と言われていた理由はディーテ様の魅了を跳ね返す力があるから。だから私達は黒水晶を広める為に動いている。

 

「ディア、頼みたいのは⋯⋯このペンダントにもう一度、君の魔力を込めて欲しいんだ」


 ルセウスが襟元から取り出したペンダントはルセウスとイドラン殿下、私とセオス様で一つの絵柄が浮かぶコンビネーション。

 これは赤ちゃんのこぶし大の黒水晶を四つにカットして加工したもの。


 私はそれを受け取って魔力を込めた。


  ただ届け物をするだけなのに。それでも私は不安があるの。

 だから、ルセウスを護りたい。どうか無事に戻って来て。

 何度も強く願いながら込めた想いはきっとルセウスに伝わる筈。


「はい、ルース。付けさせて」

「あ、待って。首じゃなくて⋯⋯ここにお願いしたい」

「えっ!? えええぇぇぇ!?」

 

 待って、待って、待って! 何してるのよ!?

 おもむろにルースはスラックスのベルトを外したから私は叫んでしまった。


「いや⋯⋯ディア、そういう事じゃなくて、ベルトの内側に挟んで貰おうと思って」

「あ、そ、そう⋯⋯なの、ちゃんと先に言って」


 良かった。一瞬だけど変な想像をしてしまった自分が恥ずかしいじゃないの。


「どうしてベルトに?」

「万が一、見つかって欲しがられても嫌だからね」


 確かにそれはあるかも。

 私は言われた通りチェーンを外してペンダントトップをベルトの裏側、金具の縫い目の間に挟み込んだ。


「ディア⋯⋯私を信じて欲しい」

「私はルースを信じてるわよ?」

「うん。私もディアを信じている。けれど⋯⋯」


 ルセウスは私を引き寄せると額に口づけを落とした。


「私に何があろうと信じてくれ。私はディアに全てを捧げている。信じていて。お願いだ」

「⋯⋯どうしたのルース。私は何があってもルースを信じる。誓うわ」


 ルースが何故こんなにも切実に願うのかをこの時の私はよく理解していなかったのね。

 

 ルセウスは何かを予感していたのに。



 あの日、しばらくしてリエル様が戻り、ルセウスは王宮へアイオリア様と登城した。


 帰ってきたルセウスは様子がどこかよそよそしくなり、私を避けるようになってしまったの。

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