第33話 計画進行中

 あれから私達は秘密裏に行動を開始した。


 ルセウスはイドラン殿下と共にラガダン王国へと渡りニヶ月後、黒水晶の取引をまとめて来た。

 その際、先のラガダン王国の生地の件もあって独占ではないかと要らない疑惑を持たれる事を避ける意味で黒水晶の輸入は私のリシア家やルセウスのバートル伯爵家ではなく、もう一人のアレクシオ王太子の側近中の側近アイオリア様のヤリス侯爵家を統括窓口としたそう。


 アレクシオ殿下の話ではヤリス侯爵はディーテ様を溺愛する国王陛下に不信感を持ち、様子がおかしいと相談を持ちかけて来た一人で、相談を受けたアレクシオ殿下はまだディーテ様の影響を受けていない貴族達に黒水晶を「何があっても外すな」と渡していたのだけれど数が揃わず行き届けられなかったのだとか。


 アレクシオ殿下は黒水晶が隣国ラガダンで採れると知っていたけれど小競り合いが続いている現状ではラガダンと取引が出来ない。

 だから互いの王族を結びつける為にディーテ王女とイドラン殿下の婚姻を結ぼうとしたのね。


 私にとっての前回⋯⋯それは友好を結ぶどころか戦争を起こす事になってしまったけれど。


 今回は婚姻を結ばずともイドラン殿下とアレクシオ殿下は手を取り合ってくれた。

 二人がエワンリウム王国とラガダン王国の未来を変えた。


「お嬢様今回分の黒水晶です」

「⋯⋯あのぉイドラン殿下、もう執事ごっこはやめましょうと話しましたよね」

「今の私はお嬢様の執事イラドです。殿下などとお呼びなされるな」

「口調変わってますよ。執事のマネを楽しんでません?」

「分かるか? お前たちはラガダン王国を良い国だと言ってくれる。俺は嬉しかった。だから力になりたいんだよ。そうだ、アメディア、俺の妃にならないか?」

「なにが「そうだ」ですか。ディアは私の婚約者。口説くのはおやめいただきたい」

「──っぐうっ⋯⋯!? おおセオス! お前は今日もモフモフだな!」

「うぶっ! コラっルセウス! ボク様を投げるなと何度言ったら分かるんだっ」


 凄い勢いでセオス様が飛んできてイドラン殿下の顔に当たった。

 投げたのはルセウス。見事なコントロールだわ⋯⋯これはイドラン殿下との特訓が功を奏したと言うことかしら。


「やあ、賑やかだね」

「アイオリア様。侯爵家の部屋をお借りしているのに騒がしくしてしまい申し訳ありません」

「構わないさ。アメディア嬢にはこの国の為に働いてもらっているんだ。それに、俺にとっても好機だから」

「そんな言い方をするものじゃないわよリア。アメディア様、疲れたら言ってくださいね。お茶をご用意します」

「ありがとうございます。リエル様のお茶は美味しくて大好きなんです」

「をを、リエル! ボク様も好物だ。すぐ淹れるのだ」

「ありがとうございます。国神様に褒められるなんて光栄です」


 可愛らしく笑うリエル様。はー⋯⋯癒し。アイオリア様が惹かれるのが分かる。

 

 リエル様はシルニオ男爵家の令嬢。アイオリア様とリエル様は同じ貴族でも身分が違うとあまり歓迎されていなかったのだけれどリエル様の家は商会を経営していて私達の計画に欠かせないとアイオリア様はヤリス侯爵に進言したのだって。


  頑なにリエル様と会おうとしなかったヤリス侯爵だったけれどアイオリア様の為に一生懸命に尽くし、周りから嫉妬を向けられても折れないリエル様の姿勢を認め、今ではリエル様の淹れるお茶を誰よりも楽しみにしているのだそう。


「リエル様良かったですね」

「私達の事よりも何かお力になっているのであれば良いのですが」

「そんな、すごくなってます! こんなに早く広まったのはリエル様のおかげなんですよ」

 

 リエル様とアイオリア様は身に付けているペアデザインのイヤリングとイヤーカフスに触れて嬉しそうに頷きあった。

 そんな幸せそうな二人の為にも私は黒水晶一つ一つに魔力を込める。


 私が魔力を込めた黒水晶はシルニオ商会に卸され装飾品に加工される。

 高価な価格帯だけではなく、手頃な価格帯を設定した黒水晶は幅広い層に手にしてもらえ、特にリエル様が発案したペアシリーズは家族や友人、恋人、大切な人と対になるデザインを身につけられると大人気となった。


 ルセウス達は計画通りだと悪い笑みを浮かべていたわ。


 ルセウス達の計画では黒水晶はラガダン王国から購入しているのだからそこにはお金が必要になる。配るのではなく販売する事で資金を作り尚且つ自発的に黒水晶を手にする流れを作ろうとした。

 始めはリエル様が商会のアピールとして身に付け社交を行い下位貴族の間で流行り、次に彼らが付き合いのある高位貴族へと広まっていったの。


「ディア、そろそろ休憩を入れよう。魔力を使い過ぎてはいない?」

「まだ大丈夫だけれど、そうね休憩しましょう」


 解放された私の魔力量はとても多く尽きることを知らないのではないかと不安になったけれどセオス様が言うには今の私はメーティス様の魔力だけではなくセオス様の加護も影響しているのだそう。

 忘れがちだけれどセオス様は私の守護神なのよね。


「そうだ、リエル様、先日お茶会でジャンヌ様にお会いしたの。凄く喜んでいらしたわ」

「まあっそれは良かった。ジャンヌ様は可愛いものがお好きと仰っていたのだけれど少し自信が無かったの」


 リエル様がミントティーと差し入れのフルーツタルトを口にしてほっとした笑顔を見せた。

 

 ジャンヌ様はエンデ侯爵夫人。ディーテ様のお茶会に招待された時、私に作法や対応を親身に教えてくださった方。

 それから目をかけてくれるようになり、ラガダン王国の生地の時は率先して身につけてくれて社交界に広めてくれたり、今回の黒水晶は噂を聞いてすぐに話が聞きたいとわざわざ会いに来てくれたほど。

 高位貴族の間で黒水晶が流行ったのはジャンヌ様の社交力のおかげでもあるのよ。


「見せていただいたラビットが黒水晶を両手で持ったブローチ可愛かったわ」

「ジャンヌ様のブローチとエンデ侯爵のクラバットピンはペアなんです⋯⋯でも、侯爵様には可愛らし過ぎたかなと⋯⋯」

「侯爵様もお気に入りだって。今高位貴族の社交界では夫婦でシルニオ商会のペアデザインを身につける事が流行っているそうよ。夫婦円満のアピールにもなるのですって」


 ジャンヌ様の話では黒水晶を身に付けた貴族が増え、王宮の空気が変わりつつあるのだとか。

 黒水晶を身につけるようになった男性は揃って「霧が晴れたように頭がスッキリした」と口にしたと言う。

 恐らく直接ではなくともディーテ様の魅了の魔力に当てられていたからだろうとルセウスは言っていた。


 ディーテ様と国王陛下は相変わらずの様子だけれどアレクシオ殿下が黒水晶によりディーテ様の魔力から解放された者達と共に対策と対応を進めている。


「なあ、俺とリエルのはイヤリングとイヤーカフスだけどルセウスのはどんなペアなんだ?」

「私とディアのはペアではない」

「えっ、うっそ? マジで? お前が?」

「私とディア、セオス君とイドラン殿下⋯⋯コンビネーションだ」


 元々ルセウスもアイオリア様もイドラン殿下もアレクシオ殿下から黒水晶のブレスレットを持たされているけれどそれとは別に作ったのは四つ揃えて一つの花、ローダンセが浮かぶペンダント。

 これはルセウスがデザインしたの。


「俺は別に良いと言ったのだがな」

「私がディアと共にいられるのはセオス君とイドラン殿下がいてくれたおかげだ」

「そうだぞっボク様は凄いのだようやくルセウスも分かったか」


 ルセウスは二回目だと言った私を信じてくれた大切な人。

 そしてセオス様やイドラン殿下も私の力ではどうしようも出来ない事を一緒に考えて守ってくれている大切な存在。

 ルセウスだけを大切だと言えない私を受け入れてくれたルセウスの気持ちが何よりも嬉しかった。


「ルースありがとう⋯⋯」

「ディアはローダンセの花言葉を覚えてる?」

「終わりのない友情。ルースが教えてくれたのよ」

「もう一つ、変わらない思い──だよ」

 

 私の手を握り微笑みを向けてくれるルセウス。

 ああ、私、ルースが大好き。

 

 だから私は祈りながら黒水晶に魔力を込める。

 私達を守ってください。どうか、穏やかに幸せに過ごせますようにと。


「私も⋯⋯変わらない、わ。ルースを信じる」


 ぎゅと握り返して笑い合う。きっと私はずっとこの手を振り払えない。振り払いたくないもの。


 ⋯⋯でも、私は前回と変わった流れに夢中で見落としてしまっていた。


 私とリシア家が狙われている。そう思っていた。

 

 本当に狙われていたのは⋯⋯ルセウスだったのに。

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