未来へ

第31話 毛玉の神様は飲みたがり

 毛玉に凝視したまま瞬きを忘れたかのように驚きに瞳を見開いたアレクシオ殿下が絶句している。

 そうよね、巨大毛玉のセオス様を前にしたらそうなるわよね。


「ふわふわだ! なんだこれなんだこれ! 本当にセオスなのか! あはははっなんという毛感触! なんて気持ちがいいんだ! むぐっ、 ふっすー!」

「ぐぅっ、イドランそこは⋯⋯っく、くすぐったいっ」


 イドラン殿下は夢中でセオス様に埋まっている。丸くてどこがどこだか分からないけれど多分あそこはお尻⋯⋯だと思う。

 

「アレクシオ。放心している場合では無い。早速だが単刀直入に聞く。私にまとわりついていた魔力を知っていたな?」

「⋯⋯気付いたか」


 やっぱり。アレクシオ殿下はルセウスから弾け消えた魔力の正体を、それを誰がかけているのかを知っていた。

 小さな溜息を吐いたアレクシオ殿下は表情を消して私達に手首を掲げた。


「ルセウス、何があろうと絶対に外すなとお前に渡してあるコレはディーテの魔力を跳ね返す力のあるものだ。あいつは⋯⋯人の心を操っている」

「コレが⋯⋯」


 ルセウスはアレクシオ殿下とお揃いのブレスレットに視線を落とす。彼が側近に選ばれてから手首にはいつも黒水晶のブレスレットがあった。どんな時にも外したことがなかったから私は余程気に入っているのね、と軽く思っていたけれど。


「僕はディーテの魔力が何なのかを知っていた。知っていながら見ないふりを続けて⋯⋯間違った未来を選んでしまっていた。だが、もう間違えてはならない。愚かな自分を変える。僕にはエワンリウム王国を背負う義務と責任がある。その為に必要ならば、僕は何だってしなくてはならないんだ」


 その言葉と口調には後悔が滲んで響いた。もしかしたらアレクシオ殿下もルセウスと同じく前回の記憶を朧げに覚えているのかも知れない。

 ルセウスと頷きあったアレクシオ殿下には覚悟が見える。それはきっと良い方向に変わってくれると信じられるくらいの強い意思。


「私達の話も王女の魔力のことでした。アレクシオが覚悟を決めたのなら私は臣下として⋯⋯友人としてお支えしましょう」


 二人のやり取りを見て、私は確信する。

今度こそ大丈夫だと。

 ルセウスとアレクシオ殿下の為にも私の為にも前回と同じ未来へは進まない。

 私が絶対にディーテ様の思惑通りにはさせない。


「エワンリウムは変わりそうだな」

「はい。イドラン殿下、私達はラガダン王国とも仲良くできそうですか?」

「そうだな、お前達となら⋯⋯」


 セオス様に抱きついたままイドラン殿下は一瞬表情を曇らせ、自重気味に薄い笑みを浮かべた。

 私が聖女にさせられ、神殿に入る時期と同じくして戦争が始まってしまったラガダン王国とエワンリウム王国。道を戻れたのだから。戦争をしない道があるのなら。

 イドラン殿下と争いたくはない。


「仲良くしてください。私はラガダン王国へ行ってみたいです。仲良くできたら行けますよね?」

「我が国に⋯⋯」

「豊かな自然と共に生きる国だと教えてくれたのはイドラン殿下ですよ。それに、すごく美味しいお菓子があるとも。食べてみたいなあ」

「なんと!? そんなにうまい菓子なのか? イドラン! ボク様をラガダンへ連れて行け」


 巨大な毛玉がわさわさと揺れ、一瞬目を丸くしたイドラン殿下はすぐに破顔するとセオス様をくしゃくしゃに撫でまわした。


「ああ、食わせてやる」


 セオス様に顔を埋めたイドラン殿下の耳が少し赤くなっている。

 でもやっぱりそこはお尻だと思う⋯⋯多分。


「ところで⋯⋯だ。その白い巨大な毛玉はなんだ? さっきからセオスと言っているが⋯⋯」

「アレクシオは察しが悪いのか? イドランはボク様だとすぐに分かったのに」

「いや、そもそも僕は話には聞いてもセオスと会ったことがないだろう。それを察せと⋯⋯」

「まあいい。さあ、聞いてボク様を褒めよ。ボク様はセオステオス。エワンリウムの国神様をしているんだぞ!」

「⋯⋯国、神⋯⋯? はあぁ?」

 

 アレクシオ殿下の声が裏返る。無理もないわね。

 イドラン殿下の順応力が高いだけで、ルセウスだって認めるのに一晩かかったもの。


「んむ? なあアメディア、アレクシオにも変な魔力がまとわりついてるぞ。イドランは微かに魔力の残りがある。解いてやれ」

「はい。イドラン殿下お手を」


 相変わらずセオス様に抱きつきながら差し出されたイドラン殿下の手に触れた瞬間。

 ルセウスの時と同じようにパンッと魔力が弾けた。


 不思議そうな表情を見せるイドラン殿下はセオス様から離れて腕を回し、肩を回し、身体をほぐして首を傾げた。


「をを? なんとなくスッキリしたような。身体が軽くなった感じがする」

「良かった。イドラン殿下はまだ影響が少なかったようですね」


 次はアレクシオ殿下──。

 アレクシオ殿下は手をお借りしようと差し出した私の手ではなく、顔をじっと見つめたまま動かない。

 お互いが見つめ合ったまま数秒。

 先に動いたのはアレクシオ殿下。

 無言のまま近付くアレクシオ殿下が少し怖くてに私は思わず一歩後退りしてしまった。


「ディア⋯⋯見つめ合い過ぎだよ。アレクシオも見過ぎだ。見るな。ディアが減る」


 私を背中に隠し、不機嫌を隠さない低い声のルセウスにアレクシオ殿下がハッとしたように動きを止め、視線を逸らすと小さく咳払いをした。


「アメディア、その力は──」


 立ち塞がるルセウスを押しのけたアレクシオ殿下の指先が私の手に触れる寸前にバチバチと大きな爆ぜるような音がして、アレクシオ殿下の瞳が大きく見開かれた。

 えっ? 何が起きたの!? イドラン殿下とルセウスの時よりも激しい魔力の弾け方に私は慌てて自分の身体を見回すけれど特に変わった様子はない。いつも通りの姿。

 それなのにアレクシオ殿下は顔を両手で覆い、膝から崩れ落ちた。

 どうしよう。私のせいよね、何か痛い思いをさせてしまったのかも知れない⋯⋯ええっ!? それって不敬だったりしたりする!?

 私が申し訳ない気持ちでにアレクシオ殿下の背に手を伸ばし、触れるか触れないかの距離まで近付いた時だった。


「なんて強い魔力だ⋯⋯」


 アレクシオ殿下の口から漏れたのは深い感嘆。


「まとわりついていたディーテの魔力の重さが消えたなんて。こんなにも身体が軽く感じるのは子供の頃以来だ」



 そうか⋯⋯アレクシオ殿下はこの中の誰よりも長く王女の魔力を受けていたのよね。まとわり続けた魔力はやがて重石のようにその背中に積み上がっていた。

 ゆっくりと顔を上げたアレクシオ殿下はどこか晴れやかな表情を浮かべていた。

 

 私と目が合うとアレクシオ殿下は一瞬驚いた表情を見せ、それから柔らかく微笑んだ。


「アメディアはメーティスの一族だからな! 元々の魔力は高いのだ。このボク様が目覚めさせたのだぞ、凄いだろう!」

「メーティス様⋯⋯それはこの国の初代聖女の名だ」

「そうだぞ。お前らがボク様に送って来た娘の一族だ。そう、ライ──お前が」

「ライ⋯⋯王⋯⋯それは僕の⋯⋯エワンリウムの⋯⋯初代国王⋯⋯」

「セオス様!?」


 ああっ、さっき教えたばかりだというのに。「何かをする時はちゃんと説明してください」と。


 私の時と同じように大きなセオス様の真っ白な毛並みの中に真っ黒な空洞が開く。


「ライ、いやアレクシオに思い出させてやるぞ」


 一応説明はするようになったのね。


「あっ⋯⋯!」

「アメディア達も一緒に見てこい」

「ええ、ちょっとセオス様!?」

「ほほう。面白そうだ」

「ディア! 私から離れないように!」


 私はルセウスの腕にしがみつく。

 一度経験しているけれど口を開けたセオス様はやっぱり怖い。


 セオス様は説明はしてくれたけれど了承を得る前にパクリとアレクシオ殿下と私達を飲み込んだ。

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