第30話 relife(アレクシオ)

 ルセウスが飛び出して行き、残された僕とイドランは互いの国の未来を語り合った。


 ラガダン王国もエワンリウム王国と同じく古代から続く歴史を持っている。

 

 違いはエワンリウム王国は現王族、僕の祖先にあたる部族が覇権を握り始まった国。

 ラガダン王国は小さな部族が集まり力を合わせて作り上げた国。

 両国は王政を取っているが違いは明らかでその違いが顕著に出るのは王族の立ち位置だ。


 エワンリウム王国の王族はその権力を今、この時まで保ち続けているがラガダン王国では国民から選ばれた者が王となりその一族が王族と呼ばれるようになる。


「それでは権力を求める者同士で争いが起きるのではないか」

「はるか昔はあったようだ。しかし、その度に国の代表者を選定する事で回避する仕組みが出来たのだと伝わっている」

「エワンリウムの聖女選定のようなものか?」

「聖女選定の仕組みは分からんが、エワンリウムは国が聖女を選ぶのだろう? ラガダンは王になりたい者が立候補する。ラガダンでは立候補者が国を背負う意思を表明し国民へ訴える。そして誰が王に相応しいかを国民が選ぶ。ただ、選ばれたとしても権力に溺れ国と国民を蔑ろにすれば王の資格なしと判断され、再び王を選ぶ選定が行われる。主権は国民に有る。それがラガダン王国だ」


 王族が絶対的な力で国を支配することで成り立つエワンリウムでは考えられない。

 しかし、ラガダンはそれで上手く回っているし、イドランの一族は彼が王位に就くことになれば歴代の中で最長の政権を歴史に刻むことになるのだと彼は笑った。


「権力に興味はないが、俺はラガダンが好きだ。国民が俺を選ぶのならそれに応えて腹を括る覚悟はしているぞ」


 真っ直ぐな瞳を僕に向けるイドランに僕は遠い昔、彼と同じ目をした男と何処かで会ったような感覚を覚えた。

 

『我が国は古より矜持を重んじる国。我が国を愚弄した者を許す事はできない!』


 静かに力強くそう言った男はラガダン王国を愚弄した僕の妹、ディーテを睨み僕にも拒絶の視線を向けた。


 それはいつだったか、それともただの妄想か。


「アレクシオ? どうかしたか?」

「いや⋯⋯君とこうして互いの話ができる事、僕は嬉しく思う。君と僕。ラガダンとエワンリウム。互いの未来の為に⋯⋯こうして話をしている⋯⋯ああ、そうか。僕は間違えない道を歩む機会を与えられたのだな」


 遠い記憶。それは未来。

 正さなくてはいけなかった未来⋯⋯もう一つの未来の記憶。

 王が、妹が禁忌を犯していたと知っていながらも僕が見ないふりという過ちを犯した未来だ。


 そう、僕は妹のディーテがその力を使い人の心を操っているのだと知っていたのに。


 だからもう同じ間違いをしてはならない。


「僕は君と友達になりたかったんだ」


 エワンリウムとラガダン。違いを尊重し、手を取り合う。争いを起こさない為に。

 僕の言葉に驚いた表情を見せたイドランだったがすぐに人懐っこい笑顔を見せてくれた。


 どちらともなく差し出した手を僕とイドランが強く握り合った手首に黒水晶が光る。

 今度こそ間違えない。この光こそが僕の進むべき道を照らすもの。



「イドラン、エワンリウムにいる間はこの水晶を決して外してはならない。特にこの王宮にいる間⋯⋯ディーテと会う可能性がある場では」


 この黒水晶のブレスレットは僕と、ルセウスとアイオリアをはじめとした騎士と近侍達にも渡し、どんな理由が出来ようとも外してはならないと厳命してある。

 これは魔封じの効果があるもので、これを付けている限り向けられた魔力を跳ね返してくれるのだ。

 このブレスレットを付けていなかったらこの僕でさえもディーテに心を操られてしまっていた。


 ⋯⋯母上は分かっていた。

 

 ディーテの魔力がどのような存在であるのかを。

 子供の頃の僕のディーテが可愛くて何でもしてあげたいという気持ちは妹への愛情からだったと思う。

 けれど、どんどんと度が過ぎてゆく僕のディーテへの愛情を母は危惧していたのだ。

 だからこそ、母はあの時⋯⋯病床で僕に黒水晶を渡した。


『アレクシオ、可愛い愛おしいと思う気持ちは素敵な気持ち。けれど、甘やかすだけが愛情ではないのよ。

悪い事をしたら窘める。道を誤りそうになったら止める。それも愛情なのよ』


 その言葉の意味を僕は理解していなかった。

 ディーテが僕を困らせるようなことをするわけがないと思っていたから。


 けれど成長するにつれてディーテの力は肥大して行き、それを制御する術を母は教え始めたが彼女は自分を甘やかさない母を毛嫌いし、制御ではなく制御したふりをして周りの人を操り始めていたのだろう。


 母の病がいよいよ⋯⋯となったその日。


 黒水晶を握り締めた僕以外、あんなに母を愛していた父王でさえ皆ディーテがようやく厳しい母親から解放されると冷めた視線を向け、その甘やかしてくれる人々の陰でディーテはほくそ笑んでいた。


 その悍ましく細められた目に僕はゾッとしたのに。このままではいけないと心の底から思ったのに。なのに僕は結局、最後まで何もしなかった。

 

 それがもう一つの未来だった。


 今回は間違えてはならない。愚かな自分を変える。

 僕にはエワンリウム王国を背負う義務がある。その為に必要ならば、僕は何だってしなくてはならないんだ。


 違う未来に向かう。


「目つきが変わったなアレクシオ」

「ああ、僕は覚悟を決めなくてはならない。イドラン。君に話したい事がある」

「なるほどな。聞かせてもらおう⋯⋯と言いたいが、その話はルセウスにも聞かせてやれ」


 涼しい顔のイドランがバルコニーを指す。


「アレクシオ殿下っこんな所から失礼します!」

「アメディア!?」


 そこにはどこから入ってきたのか重そうにルセウスを背負うアメディアが。


 アメディアにパチパチと頬を叩かれ眼鏡をズレさせたルセウスが真っ青な顔でヨロヨロと立ち上がり僕は思わず息を詰まらせた。

 

「さすがボク様だ。褒めるがいいぞルセウス」

「⋯⋯だ⋯⋯」

「ん? 褒め言葉に「だ」が入る言葉をボク様は知らないぞ」

「⋯⋯ったら⋯⋯説教、だ」

「⋯⋯もう一度飛ぶか?」

「やめなさい二人とも! アレクシオ殿下、イドラン殿下、お話が有ります」


「をう、俺たちの方もお前らに話がある。ほら、さっさと入れ」


 イドランは普段と変わらずルセウスとアメディアに話しかけているが⋯⋯僕は言葉を発せないでいた。


 だって⋯⋯彼らの背後に大きくて真っ白な毛玉があったのだから。

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