一年

第11話 あれから半年

 バスケットには白パン二つと甘い卵焼き。こんがり焼いたお肉と朝採りレタス菜。そして潰したイチゴを漬けたミルク瓶。

 豪華なものでは無いけれど私とセオス様と二人でお昼に食べるには丁度良い。


 今日は図書館の帰りに公園でランチを取る事にしていた。

 日差しは強くなってきているけれど日陰は冷えた風が通って気持ち良い。


 ベンチに腰掛けてバスケットから取り出した昼食を広げ、私は白パンに卵焼きを挟んでセオス様に渡す。


「ををっ卵焼きだ。ボク様の好物だ」

「甘い卵焼きお好きですものね、私の分も全部セオス様が食べて良いですよ」

「そうかそうか。全部か。そうだ! 聖女ではなく卵焼きをボク様の所へ献上するようにすれば良いのではないか? 聖女選定の六角柱に美味い卵焼きを選定させてだな」

「そんな事言ったら五十年に一度しか卵焼きを食べられませんよ」


 「むう⋯⋯それは困る」と白パンにかぶりつき頬を膨らませたセオス様が可愛らしくて笑顔になる。


「しかし、王宮の図書室にあるものと図書館にあるものでこうも違いがあるとはな。都合の悪い事は隠したいという事か」


 セオス様は時々王宮の図書室へ行き、着々と聖女についての情報を集めている。

 私は何を知り得たのかセオス様に何度か聞いてはいるのだけれど「もう少し調べてからだ」と教えてもらえていない。

 なんでもセオス様は国神様の中では細かい性格なんだとか。セオス様は気になった事は突き詰め、自分が納得してからでないと話を進められないらしく、国神会議では他の神様をアレコレ質問攻めにしているらしい。

 

 私からしたら神様に失礼だけれどセオス様は大分大雑把に感じるし、私が前回一年放置されたのは国神会議が長引いたからだと言っていたけど原因はセオス様だったのではないかと私の中に疑惑が生まれた。


 そんな私とセオス様の間に小さな疑惑を生みつつも早いもので時を戻ってから半年が過ぎた。

 前回の記憶と同じ穏やかに時間は過ぎている。そう、前回と同じ。何もしなければ未来は同じになってしまうって事。


 同じになんかなりたく無い私はディーテ様と初めて会ったあの日の夜からこの半年、前回とは違う行動を選択して来た。


 夜会以降前回と同様ディーテ様は私をお茶会や夜会に招待して来るようになった。

 前回の時、招待された時間三十分前に行ったのに「あら、大分ごゆっくりにいらしたわね」と言われたあるお茶会。これは嫌味でわざと私だけ遅い時間を指定した嫌がらせだったのよね。

 馬鹿正直に自分が時間を間違えたのだと反省していたけど⋯⋯お馬鹿すぎるでしょう私。

 だから今回は誰が招待されているのかを知っている私は、招待された他家の令嬢達に「初めての招待で緊張してしまい……ご教授願えませんか」なんて言ってみたのだ。

 そしたら皆「仕方ないですわねぇ」「私が教えて差し上げますわ」って感じで色々親切にして貰えた。彼女達と仲良くなったりも出来たし、情報交換も出来たわ。

 当日はその方達と一緒にお茶会へ行く事で乗り切った。


 ⋯⋯まあね、ディーテ様は少し不服そうだったけれど立場上あからさまな事は不利になるくらいは分かっているようで少々の嫌味程度で済んでいる。


 夜会の時も。

 ルセウスもエスコートは必ずしてくれている。けれど会場では大抵ディーテ様はルセウスを連れて行く。

 前回それを私はただ笑って見ていただけだったけれど今回は違う。

 アレクシオ王太子の目に留まるように彼の近くでお茶会で友人になった方達と話をする様にしてみた。

 アレクシオ王太子は私に気付くと目を瞬かせ、ルセウスと踊るディーテ様と私を見交互に見た後ルセウスから引き剥がすようにディーテ様を回収してくれている。


 ⋯⋯王太子殿下。畏れ多い方を利用してしまっている罪悪感はある。

 けれど今回こそ身内の管理はしっかりお願いしたい。


 ルセウスも私が違う選択をしているからかディーテ様に惹かれている様子はない。


 前回と変わらずアレクシオ王太子の側近として忙しくなっても私に優しくしてくれる。ただ、元々誰に対してもにこやかで紳士的な態度ではあるけれど、ディーテ様にだけは距離を作りつつ躱している様子だった。


「少しは変えられているのかな⋯⋯」


 聖女選定まで約一年半。それまでに何かを変えなければ。


「どうした。アメディア」


 考え込んでいた私の顔を覗き込むようにして聞いてくるセオス様の口元にパンが付いている。

 私はそれを取りながら「何でもありません」と微笑んだ。


「今日はここなんだね」


 心地よい低音の声。顔を見なくても誰だか分かる。


「おお、ルセウス。お前になら卵焼きを分けてやるぞ」

「やあ、セオス君。卵焼きは君の好きなものだろう? 気持ちだけいただくよ」


 図書館で初めて出会ってから顔を合わせる様になったルセウスとセオス様はこの半年で仲良くなった。

 セオス様はルセウスを気に入ったようで一見すると親子の様な懐き方で微笑ましい。


「これからリシア家へ行くところだった」

「何かありました?」

「ああ⋯⋯うん。少し物騒な話があって」

「物騒? なんでしょうか」

「うん、いや⋯⋯リシア子爵にも伝えなくてはならないからね」


 ふと険しい表情を見せたルセウスは「一緒に帰ろう」と言った時には優しい笑みを見せた。


「ボク様とアメディアはこれからフルーツタルトを食べに行くのだぞ。あれもボク様の好物だ」

「それならほら、買って来てあるよ」

「おおっ! ルセウスお前は良いやつだ。アメディア帰るぞ」

「セオス様⋯⋯」


 セオス様が人間に馴染んで来ている気がする。

 時々忘れそうになるけれどセオス様は私を救ってくれたエワンリウム王国の国神様なのよね。


「──急ごう」


 一瞬遠い目をしたルセウスがバスケットを手にして私達を促し、何を見たのかその視線を追おうとした私をルセウスは「このまま振り返らず歩いて」と耳元で囁いた。

 

 そのまま早足で歩き出したルセウスの表情は眉間を寄せどこか苦々しそうで。


 そして私は、この後知らされた話に愕然としたのだった。

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