第6話 図書館で

 時を戻り、セオス様が図書館に行きたいと言った日からニ週間。今日も図書館へ来ている。

 毎日来てもやっぱり図書館は良い! 静かだけれど音がある。私はこの静かな騒めきが好き。

 

 今日も図書館に着くなりセオス様は歴史書の棚に向かい、私は時を戻る前、荷物が届かなくなって続きが読めなかった本を抱えて窓際のテーブルに陣取った。


 どれくらい夢中になっていたのだろうか。

 ふと、視線を感じセオス様が戻って来たのかと顔を上げて悲鳴を上げなかった自分を私は褒めてあげたい。


「ルセウス、様」


 対面の席に優しく目を細めたルセウスがじっと私を見ていたのだ。


「王宮に呼ばれてね。その帰りにここへ寄ったらディアを見つけたんだ。熱中していたから気が付くのを待っていた」

「申し訳ありません」

「いいや、構わないさ。ただ⋯⋯また「様」なんだなって、ねえディア⋯⋯私は何かしてしまったのかな?」


 ルセウスの言葉に思わず俯く。この時点のルセウスは私を大切にしてくれていると分かってはいる。けれど、どうしても捨てられる恐怖が拭えない。


「……なにも⋯⋯まだ」

「まだ?」


「アメディア! これはなんだ?」


 声のした方に振り返るとセオス様が歴史書を片手に興奮気味に駆けて来た。

 テーブルに置いた本を開いて指差す先には先端を尖らせた六角柱の水晶。


「この柱は一体なんだ?」

「これは聖女選定に使われている「魔晶石」です。この石に手をかざして魔力の質と保有量を調べるのです」


 私の魔力は基準より下。聖女選定時、生活に支障は無いが聖女の器ではないと結果が出た。

 ⋯⋯けれど私は聖女にさせられた。


 今では理解している。私はルセウスの婚約者だからとディーテ様に嫌われていたのね。それにディーテ様だけではなく⋯⋯ルセウスにも疎まれていたのだろうと。

 彼らは似合わない贈り物に愚かにも喜び、二人のあからさまな揃いのドレスとコートを見せ付けられてもヘラヘラと笑う私が邪魔だったのだろう。だから私に聖女を押し付け神殿へと閉じ込めてしまえと計画した。

 神殿も王女ディーテ様の命令に背くことは出来なかったのか、賄賂を王女から受け取ったのか。ディーテ様の結果と私の結果が交換されていると知りながらも私を聖女に仕立て上げた。


 欲と権力には敵わない⋯⋯もの。

 

「ディア、この子は?」


 ルセウスの声にドキリとする。どう説明しようかとセオス様を見れば難しい表情で魔晶石を見ていた。


「ええと⋯⋯」

「ん? お前はアメディアの婚約者だな。へえ⋯⋯ふむ。なるほど⋯⋯裏切られたと思う理由はそれか⋯⋯ボク様がいない間に少々お痛が過ぎるな」

「裏切られた? 君は何を言って──」


「セオス様! ルセウス様申し訳ありませんっこの子は遠縁にあたる者で、ええっと、その、そうっ、貴族ではないのでっ、ちょっと、少し、人間⋯⋯あ、き⋯⋯そうっ貴族の礼儀を知らず⋯⋯本当に失礼を申しましたっ」


 セオス様は貴族どころか人間ですらないのだから嘘半分本当半分。

 私はルセウスが呆気に取られている間にセオス様の袖を引っ張ってその場を離れることにした。


「ディアっ、君と話がしたいんだ」

「申し訳ありません、今日は、この、子が居ますので⋯⋯その⋯⋯」


 ルセウスの困惑とも悲痛とも言える曖昧な表情に胸が痛むけれどこれ以上詮索されたら私が何を言ってしまうか分からないもの。

 

「そうだ、ね。では明日⋯⋯午後二時にリシア家を訪ねる。逃げないで欲しい」

「分かりました。お迎えの準備をいたします⋯⋯では」


「ディア、君には何が⋯⋯」


 ルセウスのつぶやきが聞こえたけれど私は振り返らずにセオス様の手を引いて足早に図書館を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る